9月最初の週末、ザクセン州とテューリンゲン州の州議会選挙が行われた。
かねてより巷では、ドイツで支持率の勢いを増す極右政党のAfDこと「ドイツのための選択肢」党が多くの票を集めるのではないか、そしてその結果は来年、2025年の連邦議会総選挙にも大きく影響するだろうと言われていた。つまり現在の政局を揺るがしかねない大事な選挙だった。さてその結果はどうなったか。恐れていたことが起きてしまったのだ。
ザクセン州でトップに立ったのは元首相のメルケル氏がかつて所属していたCDU党で獲得票率は31.9%、ほぼ並ぶ形でAfD党が30.6%、そこへ続いたのはこのコラムでも以前紹介した「姉さん」こと、ザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏が率いるBSWこと「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟」党が11.8%、そして現政権を固める与党で首相のショルツ氏率いるSPD党が7.3%、緑の党が5.1%、そこに小さな政党が数パーセントの得票率で横に並び、与党政権に加わっているFDP党は0.9%と、なんと1%にも満たない得票率だった。
隣のテューリンゲン州ではトップに立ったのはAfD党で32.8%、続く第2位はCDU党だが23.6%と大きく差がついた。そして第3位はこちらもヴァーゲンクネヒト氏のBSW党が15.8%、続いてかつてヴァーゲンクネヒト氏が所属していた左党が13.1%、与党政権はその後にSPD党が6.1%、緑の党が3.2%、FDP党は1.1%。ちなみに投票率はどちらの州も7割以上と過去20年で最高だったそうだ。与党にとっては完敗、惨敗の結果である。
この日、友だちの誕生日会に呼ばれた子どもに付き添って、親同士でおしゃべりしていた私の横で、おもむろにスマホを取り出したママ友がこのニュース速報を驚きをもって伝えると、向かいに座っていた別のママ友も「なんてこと……」と同調してため息をついていたが、そこでは議論も何も始まらなかった。すでにわかっていた結果に諦めが混じったセリフを言ってみただけ、という感じに聞こえた。
翌日、別の友人と電話をした際にも当然のようにこの話題になったが、さして深刻なトーンにもならずに私たちは「予想通りだったね」と声を揃えた。まあ、民主主義といえばそうだよね、とも。
ドイツのマスメディア、そして「良識ある」人たちはこう言い続けている。
「民主主義の危機」「ナチスの再来」「排斥主義を許すな」云々。皮肉もこめ、自虐的に言わせてもらえば、これらの言葉は聞き飽きた。何度これらの言葉が繰り返されたとしても、ではなぜこの「極右」とか「極左」と呼ばれる政治家たちが支持を集めるのか?その分析や支持者の声を拾い上げる話は出てこない。でも側から見ていれば明確である。
これはこの数年、与党が行なってきたコロナ対策、戦争政策、エネルギーや環境や経済政策や、それらについての不満や対案を取り上げてこなかった政治家たちとマスメディアへの怒りがいよいよ表に出てきただけのことだ。
ちなみにこの状況への説明理由としてよく、東と西の分断とも書く人たちがいるが、AfDやBSWは意外と西側でもそれなりに支持があり、このままでは来年の総選挙に向けてその支持率は全国で高まるだろうと思う。
このように極右だ極左だという批判ばかりが繰り返されるなか、マスメディアは「西とは違う東の人たちの考えだ」「デマを拡散するSNSのせい」「極端な情報を信じ込んでしまう安直な考えの人が多い」などと、既存の視点でしか状況を見ようとしなかった。その様子は、エリートたちが自分たちとは違う考えを持つ人々を見下しているようにすら私には感じられて、ああ、結局のところドイツも「エリート階級社会」なのだなと思ったりする。
AfDもBSWもポピュリストで極右、極左と言われている。「ウクライナへの支援をやめて、ロシアと停戦に向けて交渉せよ」「不法滞在の移民や反社会的な移民や難民の受け入れは反対」などという彼らの主張は、東西関係なく、この国ではすでにかなりの数の国民が胸に抱いていることである。
そもそも1年半前にドイツ連邦政府がウクライナへの武器供与を決めたとき、国民の反対は4割を軽く超えていた。半数近い反対があったにも関わらず「早期の戦争終結を目指すため」との理由で供与が決まった。結果、戦争は終結どころか泥沼化である。
こりゃやばいね、と私も苦笑いするくらいのバリバリの「排斥主義」を唱えるAfD党首もいるが、党全体の主張としては「不法また反社会的な移民の受け入れは反対」と述べていて、残念ながら実在する、ドイツ社会のルールを脅かし社会保障の重荷になる一部の移民への不満が高まる国民の気持ちを代弁していることは事実である。
ドイツでは選挙で投票先を決める際の参考意見が聞けるヴァール・オ・マットというアンケート形式の診断アプリがあって、結構多くの人が選挙前にこれを使うのだが、2ヶ月前の欧州議会選挙の際、投票先に迷った夫と義姉はこれをやったらなんとAfDがお勧めという結果が出て、驚愕していた。さすがに彼らはそのままAfDに投票してはいないようだが、つまりは、極右のAfDなんて!と批判をしている人たちが抱いている不満や考えを実はAfDやBSWは掬い取っているわけである。
AfDの支持者が全員極右なのか、といえば、そうともいえないのではないか。トップに立ったテューリンゲンのAfD支部代表であるビョルン・ヘッケ氏はかねてより、AfDからも追放されそうになることがたびたびあったほど、過激な思想発言を繰り返す人物なので、いったいテューリンゲン州ではどんな人たちが彼を支持しているのだろうと不思議に思うが、バリバリの極右は一部で、ここにきて増えた新たな支持者は、現与党政権への不満と不信を表している人たちだろうと単に思う。
もちろんポピュリストはコロコロと意見を変えるので、支持した政治家が実際に表明した通りの政策を行うかはわからないけれども、そんなことを言ったら、政治家なんてほぼ全て、今の与党だって同じようなものである。
AfDの支持者の世代層は実は若者が多い。20〜30代、そして50代くらいまでが多いそうで、年金生活者の世代以上になるとこの支持率はグッと下がる。ある意味では、政治も経済もインフラも、と崩壊しつつあるドイツの厳しい現実を身をもって生きている人たちの、つまり現場からの声ということではないか。
以前、防衛軍や警察の中にもAfDの支持者が居るということが話題になったことがあった。そんな排斥主義者がこうした国家組織の中にいるのはけしからん、という非難と批判をもって組織改革も議論されていた。そういえば日本の公安庁に当たる憲法擁護庁の長官が同じような思想発言をしてクビになったこともあったっけ。でも今思えば、実は彼らはまさに「現場」で、移民受け入れの難しさや厳しさを経験しているのではないだろうか。やってきた移民や難民の全てがこの社会に努力を持って馴染み、一緒に共生していくという理想がうまくいっていないという現実を。移民や難民が起こした犯罪行為に身をもって対処しているのはこの人たち、ということを考えたとき、少し支持者の顔が見える気がする。
さて、この二つの選挙が終わって1週間経ったが、両州議会でAfDに政権を取らせないようにする案が議論されている。3割以上も得票し、トップに立っている党に政権を与えないようにするには、それを超えるだけの得票率を集める連立政権しかない。そのために旧与党であるCDUはヴァーゲンクネヒト氏率いるBSWとの連立を探っているそうだが、何せBSWの親ロシアと言われる政策案がネックになるわけで、そう簡単にはまとまらなさそうだが、AfDに政権を取らせるよりはマシ、という選択になるのだろうなと思う。そして9月後半には同じく東のブランデンブルグ州の選挙があるが、ここもおそらく似たような結果になるのだろう。
ザクセンとテューリンゲンの選挙結果に(またはその直前に起きた難民による刺殺事件にかも)押されて重い腰を上げたのか、移民政策の見直しについて政権が動き出したニュースも聞いた。でもブランデンブルグの選挙には間に合わないだろう。
極右だろうが極左だろうが、どんな声であっても、政治家もマスメディアも、現地に行ってその場で支持者の話をまずは聞いてくりゃいいだろう?と思う。いくら民主主義の危機だと叫んで活動を制限させようとしたり憲法擁護庁にマークさせたりしても火に油で、かえって支持者が集まってしまう。その原因について、根本的な対策に動いてこなかったからだ。
民主主義は一種類じゃない。違う声に耳を貸し、マイノリティの声にも耳を貸す。それが民主主義であると、ところどころで教わった記憶がある。一方的に決めつける前に対話を試みるのではなかったか?前政権の連帯感は本当に幻だったんだろうか?たった数年前なのに遠い昔のように思えてしまうのは、あんまり明るい未来が見えてこないからかもしれない。
©︎ : Aki Nakazawa
ブレブレの写真ですが……、6年前、仕事の帰り、夜遅くに入ったレストランの目の前に建っていたエアフルトの大聖堂です。まさにこの出来事の中心となっている街、エアフルトはテューリンゲン州の州都。昨年も短い時間ながらも訪れる機会がありましたが、中世の街並みが残りつつも、きれいに整備された一角もあって、小さくても素敵な印象が残っていて、ナチスのようだと評される極右で排斥主義の党が支持を集めるイメージとなかなか結びつかなくて。この時に食事をしたレストランもインド料理の店。南インドを旅したことがある仲間が「この味は本場の味だ!」とご満悦だったのを覚えています。
何年か前のことですが、東ドイツの街で知人が極右のデモ隊にインタビューを試みた時、「おう、日本から来たのか!じゃあ一緒にデモしようぜ!」と誘われたと苦笑して話してくれました。実はAfDをはじめとするドイツの極右主義の人たちは、日本の保守派に憧れと敬意を持ってるんだとか。うーん、なんとも複雑な思い……。同時に、AfD党首の一人のパートナーは同性で外国人だったり、別の極右と言われた党の代表の配偶者も日本人だったり、外国人排斥者とメディアで言われている人たちのパートナーが外国人?と、マスメディアで流れていることをそのまま鵜呑みにしないで考えてみたい不思議な点もあるのですよね。注意深く考えなければならないことはいろいろとありそうです。