映画・ドラマに映る韓国女性のリアル (18)「ケンチャナ」の肯定力　映画『ケンチャナ ケンチャナ ケンチャナ！』

韓国語の「ケンチャナ」は大丈夫という意味だが、大丈夫以上によく使う。
例えば「この映画、ケンチャナ」と言えば、「かなりいい」という意味だ。
８月に開かれたソウル国際女性映画祭で『ケンチャナ ケンチャナ ケンチャナ！』（キム・ヘヨン監督）というタイトルの映画を見た。逆境の中でもニコニコ笑顔をふりまく主人公の肯定力に圧倒された。

主人公イニョン（イ・レ）は芸術団に所属し、韓国舞踊を学ぶ高校生だ。母と二人暮らしだったが、舞踊の公演中に母が交通事故で亡くなり、頼る親戚もいないのか、家賃の支払いが滞って家主に家を追い出されてしまう。と、ここまでのストーリーからは重い映画を想像しがちだが、イニョンは底抜けに明るい性格で、たくましい。

家なき子になってどうするのかと思ったら、芸術団の稽古場でこっそり寝泊まりする。それが芸術監督のソラ（チン・ソヨン）に見つかり、行く先が見つかるまで一時的にソラの家に居候することに。
潔癖症で完璧主義のソラは、イニョンとは真逆の性格だ。容赦ない厳しさで、芸術団の団員たちは密かに「魔女」と呼んでいる。水と油のような二人だが、ソラはだんだんイニョンに刺激を受け、人間らしく変化していく。

イニョンは芸術団の中では浮いた存在だ。経済的に裕福な家庭の子が多いなか、団費も払えず、特別舞踊がうまいわけでもないが、「ケンチャナ」という余裕の表情のイニョン。
親の期待を一身に背負ってストイックに練習する団員にとっては目障りな存在で、イニョンは団員たちから嫌がらせを受ける。さすがに耐え難かったのは、個人ロッカーに貼っていた母の写真が破られたことだった。

そんなイニョンの心のよりどころは、近所の薬局だ。
この薬局の薬剤師は、スター俳優のソン・ソックが演じた。友情出演にしてはかなり重要な役だった。
イニョンは何か落ち込むことがあると薬局に行き、
「こんな薬ないですか？ 気分が沈んだ時にその日一日の記憶を消してくれる薬」
などと、あるわけのない薬を求める。
薬剤師は「ない」とは言わず、お菓子なり、何なり、もっともらしく差し出す。
二人のコミカルなやりとりも見どころの一つだ。

キム・ヘヨン監督は本作が映画デビュー作だが、ドラマ「恋愛体質～30歳になれば大丈夫」（2019）の演出を務めた経験があり、ソン・ソックがこのドラマに出ていた縁で友情出演をお願いしたという。「恋愛体質」でも憎まれ口をたたきながら実は優しいキャラクターだったが、本作もそれに近い役で、魅力を存分に発揮していた。

何よりイニョンの明るさにパワーをもらった。貧しくても舞踊をあきらめず、誰よりも楽しそうに踊る。ソラはそんなイニョンを見て、自分が忘れていた踊ることの楽しさを思い出す。
イ・レはまだ10代だが、演技経験は10年を超す。特に印象的だったのはドラマ「無人島のディーバ」（2023）で主人公モクハの中学時代を演じ、ここでも父の虐待にめげず、大好きな歌を歌う姿が光っていた。歌といい、舞踊といい、努力の賜物だと思うが、多彩な才能に脱帽する。

「ケンチャナ ケンチャナ ケンチャナ！」はベルリン国際映画祭でクリスタル・ベア賞を受賞し、ソウル国際女性映画祭でも早くからチケットが完売していた。それでも劇場公開の壁は厚いようで、チン・ソヨンは「最近は刺激的な映画が好まれ、こういうヒューマンドラマの公開はなかなか難しい。美しい映画が愛される韓国になってほしい」と、劇場公開に向けた応援を呼びかけた。

キム・ヘヨン監督は「劇中の登場人物はみんなそれぞれ一生懸命生きている。だからこそ欲も出るし、嫉妬もする。そういう平凡な人たちの物語を描きたかった」と話していた。
一生懸命ゆえ衝突もするが、それも「ケンチャナ！」ということだ。ぶつかり合って切磋琢磨する清々しい成長物語だった。


写真提供©ソウル国際女性映画祭