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「日本の名誉」にも反する「歴史戦」

打越さく良2017.12.11

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大阪市長がサンフランシスコ市と姉妹都市解消する方針を表明
 サンフランシスコ市のエドウィン・リー市長は、11月22日、民間団体が現地に建てた「慰安婦」像と維持費の寄贈を受け入れる文書に署名した。これにより、像は同市の所有となった。吉村洋文大阪市長は23日、60年にわたる両市の姉妹都市関係を解消する方針を表明した。
 像は「慰安婦」を表す女性3人が背中合わせに手をつないでおり、それを老いたチマチョゴリ姿の女性が見守るという形である(日経新聞などいくつかのメディアが「少女像」として報道しているが、ソウルの日本大使館の前の像と混乱しているのか。お粗末すぎる)。地元の中国系米国人らの民間団体が9月にチャイナタウンに建てたものだという。

 サンフランシスコ市、その他の米国における「慰安婦」像設置への攻撃については、昨年6月に出版された山口智美らによる『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)中の小山エミ「アメリカ「慰安婦」碑設置への攻撃」に詳しい。私も当サイトで本著のレビューを書いたが、とても字数が多くなってしまったので、サンフランシスコ市での否定派の動きについては言及しなかった。

レビューでも書いたが、その後も、官民の歴史修正主義者らによる情報戦略を克明に論じた重要文献である本著は、まさにその情報戦略、「歴史戦」が国内では「勝利」をおさめたということだろうか、全国紙の書評に取り上げられもしなかった。取り上げない、ということだけではなく、もう学ぼうともしていないのかもしれない。だから、ほぼ各紙は、大阪市長がサンフランシスコ市と姉妹都市関係を解消ということの背景に踏み込めず、上記のように、「少女像」と勘違いしたままのごく短い記事しか書けないのかもしれない。

「日本の名誉」をかえって損なう「歴史戦」運動
 ネットは否定派も多いものの、大阪市長の発言を批判し、背景に踏み込み、影響を懸念する投稿や、論評も多く目にした。また、安倍政権を評価している立場からも(私のように徹頭徹尾批判している人からだけではなく)、大阪市の対応を問題視されている(冷泉彰彦「サンフランシスコ「従軍慰安婦像」への大阪対応は慎重に」ニューズウィークジャパン2017年11月16日)。端的に、大阪市の決定は「人権を軽視し、女性差別的な国」との印象を与え、国際的に「日本の名誉」をかえって損なうものであるとして批判した山口一男シカゴ大学教授の論稿「大阪市の決定の反国際性 サンフランシスコ市との姉妹都市解消の意味するところ」ハフィントンポスト2017年11月28日は多数シェアされた。
 「日本の名誉」こそ至上命題としているはずの「歴史戦」運動がかえって日本の名誉」を損なっているという悪循環のありさまも、『海を渡る「慰安婦」問題』に詳しい。

上記の小山エミの論稿は、「慰安婦」否定派の訴訟や集会その他の「歴史戦」運動は、かえって反発を招いていることのレポートであった。2015年9月にサンフランシスコ市で「慰安婦」像の設置について裁決を採ることになった際、今までの反対運動になかったことが起こった、と小山は書いている。日系人社会からの組織的な反対論が起こったのだ。史実自体を否定するのではないが、像の設置が日系人排斥や差別を引き起こさないかを懸念したというのである。
 彼らに働きかけたのは、否定派の日本人だけではなかった。なんと、在サンフランシスコ日本総領事館自体が、直接働きかけ、像に反対の運動を起こすように促した、というのである。それも、「碑を設置されたグレンデール市では日本人や日系人の子どもたちがいじめやヘイトクライムの被害にあっている」という説明をしたというのである。そのような「いじめ」「ヘイトクライム」など悪質なデマであることも、小山の論文に指摘されている。そんなデマをネトウヨでなく日本政府が吹き込むとは…。さらに、日系人たちの運営するさまざまな運動に対して、日本企業からの寄付の引き上げをちらつかせて圧力をかけたという複数の証言もあるというのだ…。めまいがするではないか。
 大阪市の働きかけも今年に限ったことではない。2015年の裁決の際も、橋下徹大阪市長(当時)が反対する書簡を送った。さらに、姉妹都市として築いた公式・非公式のチャンネルを使って裁決を阻止する働きかけをした。

日本政府が、裏目となる否定派の後ろ盾
 2015年9月の決議は、結果としては全会一致での成立となった。その大きな原因となったのは、公聴会での否定派の発言だったのだ。GAHT(歴史の真実を求める世界連合会)の目良浩一氏は、「慰安婦問題について言われていることはすべて嘘だ」と言ったのち、韓国から賛成派の招きで訪れ公聴会で証言した元「慰安婦」の李を名指しして、「この人の証言は信用できない」と言った。
 議長を務めたマー市議は「あなたは李氏を嘘つきだというのか」と激しく反発し、デビット・カンポス市議は、「過去の事実を否定しに来た数人のメンバーに申し上げたい。最大限の愛情と敬意を込めて言いますが、恥を知ってください。恥を知ってください。恥を知ってください。恥を知ってください。過去の事実を否定し、勇気を持って遠くから真実を語りに来た李さんに個人攻撃を行ったことに」と非難した。「恥を知ってください」を4回繰り返すカンボス市議の動画は、この大阪市長の発言を機にSNS上で盛んにシェアされ、感動を呼んだ(一方で、カンポス市議のツイートに嫌がらせも書かれるようになったようだが…)。
 カンポス市議は、「これらの否定の背後に日本政府がいないことを望む」とまで表明した。小山が指摘するように、日本政府が裏で進めていた、日系人コミュニティや市議たちへの巧妙な働きかけが、瓦解した瞬間であった、といえる。

 ようやく、東京新聞が12月9日付け「こちら特報部」で「歴史修正主義裏目に 日本政府が「後ろ盾」」(ネット上では、「日本の右派勢力 慰安婦「歴史戦」の不毛」とのタイトル)と題する大きな特集記事を発表してくれた。裏目となるスタンドプレーをした目良氏にもコメントをとっている。グレンデール市の像撤去等を求めた裁判でも敗訴。「活動の成果が出ていないのではないか」という質問に、目良氏は、反論する。
 「訴訟には勝てなかったが、慰安婦問題に対する日本政府の態度が「無関与」から「積極参加」に変化した。この変化をもたらしたことに喜びを感じている。」と。まさに。東京新聞のこの記事でしか読んでいないが、日本政府はいよいよ積極的に関与しているのだ。上記裁判には、「上告が認められるべきだ」という異例の意見書を米最高裁に提出。
 安倍首相は、11月21日の衆議院本会議で、「政府としてサンフランシスコ市長に対し、(受け入れ決議への)拒否権を行使するよう申し入れた」ことを認めた(これが大々的に報道されていないことにもうろたえる)。国際的な名誉は失墜しても、日本政府が積極的に関与すれば、喜びを感じるのか…。

 『海を渡る「慰安婦」問題』の共著者である山口智美モンタナ州立大学准教授は、東京新聞でのコメントで、「日本政府は歴史修正主義を丸出しに氏、大使館や領事館もその方向で動いている。以前は裏で何とかしようとしていたが、あからさまに動くようになった。
 ユネスコのように、右派団体が動くことが必ずしも逆効果だとは言い切れなくなってもいる。今後も同様の動きは続くのではないか」。ううう。いやしかし、上述の通り、大阪市がサンフランシスコ市との姉妹都市解消に何のメリットがある、むしろ不名誉だ、という批判もわき上がっている。「歴史戦」への関与が日本にとってむしろマイナスだ、という計算が働かないだろうか。本当は、「日本の名誉」云々よりも、被害女性の人権という観点から再考してほしいのだが…。

 河野談話を引用することを考えたが、それはレビューでも引用したので、そちらで確認していただきたい。
 カズオ・イシグロ氏が12月7日、スウェーデンのストックホルムで行ったノーベル文学賞受賞記念講演で、貧富の格差の拡大や人種差別主義の台頭を踏まえ、なお、「引き続き努力せねばならないし、最善を尽くさねばならない」、「分断が危険なほど深まる時代において、私たちは耳を澄まさなければならない」。作家として、若い世代の書き手にも期待し、「良い作品を書き、読むことで壁は打ち壊される」。「世界全体を正しい場所に据えることは難しいことだが、私たち自身の小さな持ち場にどうやって準備できるかを考えさせてほしい」。
 作家ではない多くの私たちにも、小さな持ち場から何かしようと励まされるメッセージではないか。

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打越さく良

打越さく良(うちこし・さくら)

弁護士・第二東京弁護士会所属・日弁連両性の平等委員会委員日弁連家事法制委員会委

得意分野は離婚、DV、親子など家族の問題、セクシュアルハラスメント、少年事件、子どもの虐待など、女性、子どもの人権にかかわる分野。DV等の被害を受け苦しんできた方たちの痛みに共感しつつ、前向きな一歩を踏み出せるようにお役に立ちたい!と熱い。
趣味は、読書、ヨガ、食べ歩き。嵐では櫻井君担当と言いながら、にのと大野くんもいいと悩み……今はにの担当とカミングアウト(笑)。

著書 「Q&A DV事件の実務 相談から保護命令・離婚事件まで」日本加除出版、「よくわかる民法改正―選択的夫婦別姓&婚外子差別撤廃を求めて」共著 朝陽会、「今こそ変えよう!家族法~婚外子差別・選択的夫婦別姓を考える」共著 日本加除出版

さかきばら法律事務所 http://sakakibara-law.com/index.html 
GALGender and Law(GAL) http://genderlaw.jp/index.html 
WAN(http://wan.or.jp/)で「離婚ガイド」連載中。

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