映画・ドラマに映る韓国女性のリアル (14) 「推し」が性犯罪者に 『成功したオタク』からの転落
2024.03.26
「推し」の歌手がある日、性犯罪の加害者として逮捕された。どう受け止めればいいのか? 3月30日に日本で公開される映画「成功したオタク」(2021)は、オ・セヨン監督が自身の体験をもとに、周りで同じような体験をしたファンたちにインタビューして作ったドキュメンタリーだ。
韓国の原題の「ソンドク」は「成功したオタク」の略語で、「推し」の芸能人と直接会って特別な関係を築いたファンなどを指す。オ監督は、ソンドクだった。歌手のチョン・ジュニョンの大ファンで、ファンサイン会に韓服(ハンボク、韓国の伝統衣装)を着ていき、特別なファンとして覚えてもらった。ジュニョンのファンとしてテレビに出演し、熱い想いを語ったこともある。ジュニョンに釣り合うファンになろうと必死で勉強して学校で一番の成績も取った。だが、2019年、ジュニョンは集団で女性に性的暴行を加えた罪と、隠し撮りしたわいせつ動画を流布した罪に問われ、2020年に懲役5年の判決が確定した。オ監督はソンドクから「失敗したオタク」に転落した。
韓国では2018年に#MeToo運動が広まって以降、多くの芸能人が性犯罪の加害者として告発された。映画「成功したオタク」に登場するファンたちは、ジュニョンのファンに限らないが、「推し」が犯罪加害者となり、幸せな推し活を汚されたファンたちだ。費やした時間もお金も愛情も戻ってこない。応援した自分も犯罪に加担したようで、罪悪感を感じる人もいた。オ監督自身もそうだ。「私たちは被害者か加害者か」と自問する。
私自身、鬼才と称えられたキム・ギドク監督(2020年にコロナで死去)にインタビューして記事を書いたことが何度かあり、後でキム監督が性犯罪の加害者だったことが明らかになり、自責の念に駆られた。記事の影響力を考えると、応援したファンよりも責任は重い。
インタビューに応じたファンたちはほとんどがオ監督と同世代の若い女性たちだったが、オ監督のお母さんも登場した。俳優チョ・ミンギのファンだったという。2018年、複数の女性がチョ・ミンギから性被害を受けたと告発したが、警察の取り調べを前に自ら命を絶った。オ監督のお母さんは、罪に向き合わず逃げたことに怒る。チョ・ミンギに対しては怒りでいっぱいだが、ジュニョンに対しては感謝の気持ちも述べる。心変わりの早い娘が一途に好きになれる相手だったからだ。「好きになった過程が重要」と、オ監督がソンドクだった過去を肯定する温かさが伝わってきた。
オ監督自身も、インタビューを受けるファンたちも、互いの痛みを分かち合い、慰め合っているようにも見えた。監督が当事者でなければ、ここまで腹を割って話してくれなかっただろう。
これまでは芸能人の犯罪に関するニュースを見て、被害者に思いをはせることはあっても、ファンの心情まではあまり考えたことがなかった。「成功したオタク」を見て、いかに芸能人の犯罪が多くの人を傷つけるのかということに気付かされた。
素材は深刻だが、オ監督の明るい性格のおかげで、ドキュメンタリー全体の雰囲気は暗くない。映画の冒頭でもう二度と芸能人を好きにならないようなことを言っていたオ監督は、新たな推し活を始める。映画やドラマでも活躍するミュージカル俳優のチョ・スンウだ。私も好きなので、オ監督に会ったらチョ・スンウの推し活は今も続いているのか聞いてみたい。
一定の期間を置いてインタビューをしていて、犯罪発覚から間もない時期は荒れていたファンが、オ監督みたいに新たな推し活を始めたり、時間を経て立ち直っていく姿にはホッとした。
今月(2024年3月)、チョン・ジュニョンは5年の刑期を終え、出所した。私は何よりこの「成功したオタク」をジュニョンに見てほしいと思った。こんなにも愛されていたこと、そして、ファンがいかに傷つき、悩んだのかを、知ってほしい。