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見つかったら死ねばいい

牧野雅子2017.05.25

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痴漢を「疑われた人」が線路に逃げたというニュースに端を発した痴漢冤罪問題が喧しい。ツイッター上に、「痴漢冤罪にあったら人生終わる」のだから相手の女性をボッコボコにするとかいう内容のツイートがずらずら流れてくるのを見たときには、痴漢冤罪問題は冤罪問題とはまったく違うものだと思うに至った。まるで、自分たちの暴力や差別を正当化するために、自分たちが暴力を振るい差別をしたいがために、冤罪被害を持ち出しているみたいだったからだ。

わたしがこれまでに話を聞いてきた性暴力加害者にも、「人生が終わる」というような言い方をする人がいたのを思い出す。彼らに言わせると、性犯罪は悪いことで捕まったら重い刑罰が科されること、被害者に多大な苦痛を与え、家族にも大きな影響があることも分かっているのだという。事件が明るみに出て新聞に載ったりしたならば、まわりの人にも迷惑がかかるし、仕事だって失うだろう。その上、良心が咎めもするのだという。だったらなぜ、という気持ちをぐっと飲み込んで話を聞いていくと、良心や、逮捕される不安を追いやってでも、加害行為を続けたかったのだという。

ある加害者は、自分の葛藤をなだめるために、「見つかったら死ねばいい」と思うことにしたのだと言った。死んだら、自分の世界はそこで終わる。将来を悲嘆することも、刑罰を受けることも、家族の泣き顔を見ることもない。でもこれ、死ぬ覚悟でやっているってわけじゃない。死と比較すれば、たいていのことはそれより小さい。死を持ち出してみれば、たいていのことは自分の中でOKになる。犯罪なんて小さいことだ。法律だって、死んだら関係ない。そうして、気持ちの落としどころをつければ、更なる犯罪を行うことができる。どうせ、見つかったら死ぬのだから、人生終わるのだから、やりたいことをしよう、みたいな感じか。いや、むしろ、自分を鼓舞して、犯行に仕向けていく感じだ。

一度、自分で自分に許しを与えたら、その解釈はどんどん拡大していく。死ぬか、犯行を続けるかの二択になるのは、すぐのことだ。もちろん、犯行を続けるという自分の欲望を肯定するためにこの二択が準備される。

死ねばいい、そう思いついた時には、死ぬのも自分なら、死なせるのも自分のはずだった。が、犯行を重ねるうち、見つかったら殺されるというように、自分を死に追いやる人が自分以外の人に変わっていく。「被害者が通報する」は、「被害者に殺される」に。「誰かに見つかる」は「目撃者に殺される」に。彼の中では、被害者は通報した途端、被害者ではなくなるみたいだった。被害者が加害者を突き出したら、そこから、立場が逆転し、被害者が加害者に、加害者が被害者になる、のだという。それは、見つかれば、自分の加害行為が白紙に戻るということでもあるらしかった。

殺されるから、見つかってはいけない。見つかったら、全力で逃げなければいけない。だって、殺されるのだから。はじめの頃は、「見つかったら死ねばいい」と、自ら死を望んでいたような言いぶりだったのが、いつの間にか、死にたくないってことになっている。

さらには、殺されるくらいなら、犯行を繰り返してでも自分を守るべき、自分を守る為には必要だといった「理屈」まで捻り出される。敵を想定し、それから守る自分をイメージすることで、性暴力が正当防衛であるかのような位置づけがされる。何かから自分を守る為に、仕方なくやるのだ、とでも言うように。でも、その「何か」は示されない。だって、ない、んだから。それでも、自分を守る大義名分ができた。彼の中では、性暴力を行うことが正義になった。

死と比較すれば、たいていのことは自分の中でOKになる。いや逆だ。何をしても許される状況をつくるために死を持ち出す。たとえそれが犯罪や暴力や差別であっても。いわば、免罪符のために死を持ち出してくるのだ。そこで、誰もあなたを殺しはしない、あなたは死にはしない、そういったところで彼は聞く耳を持たない。実際に死ぬかどうかが問題ではないのだから。暴力を振るいたいがために、自分は死ぬという前提をつくる。その前提にしがみつく。

彼らは逮捕されて「人生は終わった」のだと言った。たしかに、怖れていた通りのことが起きた。逮捕され、実名報道され、職を失い、家族は多大な迷惑を被った。刑も科された。それは、はじめから分かっていたこと。それは、自身の犯行を食い止めるために使うべきだったんじゃないのか。でも聞けば、彼らの言う「人生が終わった」は、その「人生」の意味するところが違うらしい。自分のルールで、自分がやりたい放題にできる「人生」が終わったのだ、と。

もちろん、これらは、加害者本人が言った(というか、書いてきた)ことで、「真実」なのかは分からない。巧妙な作り話で、わたしを騙そうとしているのかもしれない。けれど、事件から時を経てもなお、彼らが自身の犯罪行為を正当化する理屈を、共感せよ、同情せよとばかりに書き送ってくることを、どう考えればいいのだろう。

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牧野雅子

牧野雅子(まきの・まさこ)

龍谷大学犯罪学研究センター
『刑事司法とジェンダー』の著者。若い頃に警察官だったという消せない過去もある。
週に1度は粉もんデー、醤油は薄口、うどんをおかずにご飯食べるって普通やん、という食に関していえば絵に描いたような関西人。でも、エスカレーターは左に立ちます。 

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