UK SAMBA~イギリスのお産事情~ 第6回「女性に危ない避難所」(中編)~余計な支援はしぇんでいい~
2024.04.11
前編では避難所を非難して(駄洒落2)家父長的な押し付け支援に警鐘を鳴らしかけました。適切でない支援物資をありがたがることが期待されてるとしたら被災者はほんと迷惑なわけですが、母乳代用品の物資支援はさらに注意が必要です。
第3回、第4回の「会陰切開、必須でえいんかい?」でも書きましたが、世間に出回る女性のからだの情報は出まかせデマだらけ(駄洒落3)。授乳については悪質なデマがいっぱいです。災害時はストレスでおっぱい止まっちゃう、とかね。(参照)
過去に妊娠も出産もしたことのない女性だって、授乳が出来ることをご存じでしょうか。薬(ドンペリドンという吐き気止め、ドンペリをドーンと飲んだら必要になる薬ですが乳量増加に効果がある(駄洒落4))の服用や、手や機械で搾乳をしたりという準備をして母乳量を増やすことも可能ですが、なにより大切なのは乳幼児とSkin to skin(乳幼児はおしめだけを着ていて、女性はトップレスな状態で抱っこすること)すること、乳幼児が吸う刺激と、乳房を空にすることです。おっぱいと赤ちゃんのチームワークなんですね。からだって本当に不思議。うちらがわかっていない、知られていないことばかりです。(参照)
さて、災害時などはストレスで母乳が止まるという説はなんとなく信じられていますが、それがどうして正確でないかについて説明します。
災害が起こってすぐ!のその時、緊張している女性の脳からは、母乳を押し出すために必要なオキシトシンというホルモンの量が一時少なくなることがあります。のんびりおっぱいあげている場合じゃない、逃げるべき時のからだの知恵です。母乳生産に関わるプロラクチンというホルモンは災害が起きてすぐには影響がありません。また安心して授乳できる安全な場所にいると、オキシトシンの量は戻り、普通に授乳が出来ます。
授乳回数が減ると乳房が張ります。長く張った状態が続くと、母乳を作ることを控えるように脳に指令が出ます。母乳生産ホルモン・プロラクチンも減り、それにより乳量が減ります。母乳を生産することはからだにとってカロリーが必要ですからそれを無駄にしない仕組みです。(参照)
ちなみにオキシトシンはお産のときにも必要なホルモンです。緊張するような場所では減り、それによりお産がゆっくりになったり止まったりします。からだが緊張するような場所では、のんびり産んでる場合ではない!という指令(fight or Flight)が出て止まるんですねー。素晴らしい機能です。
というわけで「避難所に来てからうちの赤ちゃんなんかずっと落ち着かないなー、おなか減ってるのかも?私もちゃんと食べれてないし、おっぱい足りてないのかな?」と心配する女性は母乳代用品を提供されればありがたく受け取るでしょうね。避難以来、まともに食べられてないと感じているとき、量だけでなく母乳の栄養が変化しているのでは、と心配しているかもしれません。
しかし母乳代用品を足すことは、飲ませる回数が減ることに繋がり、それによって母乳の作られる量は減ってしまう、つまりおっぱいの量は減らされていく、ということです。
授乳中はもちろんバランスのとれた食生活が望ましいです。そして摂取栄養に関係なく必要な栄養素や免疫抗体が乳幼児に与えられるのが母乳であることも知られる必要があります。(参照)
覗きの心配から緊張しっぱなし!覗かれるのが嫌だからできるだけ授乳したくなくて授乳の回数が減ってしまった、という場合も母乳の量が減ります。
対して、普段は母乳代用品を併用していても、代用品がないためやむなく母乳だけを求められるままにあげているとそれに応じて量が増える、ということもあります。
よって、災害の起きた場所で必要な乳幼児支援とは一律に母乳代用品を配ることではありません。「すわ、災害、乳幼児に母乳代用品を」という思考回路は家父長的なだけでなくからだの仕組みを無視した素っ頓狂なものなんです。
(参照)(参照)
大切なのは当事者が何をしたいか、です。ひとりひとりの乳幼児の栄養のニーズを見つける、母親である女性のしたいことをききとる、そのアセスメントと適切な情報こそが必要な支援。女性と乳幼児にとって必要な支援のアセスメント(参照)が保障されない場所での物資支援は逆効果になります。母乳育児を続けるための環境を整えること、たとえば雑魚寝避難所に授乳エリアを作ってプライバシーを守る、授乳服を配布する(参照)などは母乳代用品を送ることより効果的です。でも雑魚寝を何とかするんを先にしてほしいんですけどね(前編参照)。
粉の母乳代用品にはサカザキ菌という乳幼児にとって危険な菌が潜んでいる可能性があり、安全なレベルにまで下げるためには70度以上のお湯で調合する必要があります(参照)。粉の母乳代用品だけでなく液体の母乳代用品も実は等しく危険があります。粉でも液体でも、母乳代用品をあげるためには手を洗う設備や飲ませるための清潔な容器が必要で、断水されていたり、手を拭くための清潔なタオルがない場所での母乳代用品の摂取は危険が高いです。避難中は、水・煮沸設備などへのアクセスが悪くなるだけでなく、人口密度も上がりがち。トイレや手洗い設備など衛生に関わることの問題が避けられません(参照)。よって感染の危険は全般的に高くなります。母乳代用品には抗体は一つも入っていませんが、母乳は避難所などで流行しがちな感染症から乳幼児を守ることが出来ます。
一滴の母乳にも感染から身を守る抗体があり、少しの母乳育児にも大きな意味があります。乳幼児のそのときの飲み方や唾液に反応してちょうどよい抗体が作られるとか(参照)、いやほんとこんなに理に適ったうちらのからだはまあすごいわけです。
よって大半の栄養が補完食や母乳代用品である時でも母乳をあげ続けることが重要です。ちゅうか普段母乳代用品だけを飲んでいる乳幼児にも、災害のときに母乳をオファーして飲んでくれるか試してみる価値があります。
ちなみに母乳だけを飲んでいる乳幼児には上のような洗浄不足や煮沸不足のリスクはないです。女性は手を洗う必要もありません。
避難所に母乳代用品が送られることにより、それまで母乳だけを飲んでいた乳幼児が(清潔でない)母乳代用品を飲まされて具合が悪くなり、場合によっては命を落とす、ということがあります。これは低所得国の被災だけでなく、オーストラリアなど高所得国の災害(山火事など)でも明らかになっています。(参照)
ヒトの乳幼児の消化器官は未熟で、生まれてから6か月間は母乳か母乳代用品だけを飲み、6か月間以降は補完的に固形物も食べることが適切です(参照)。生後6か月に満たない乳幼児が災害にあうことはもちろんありますよね。乳幼児が母親である女性以外の大人と避難する、という可能性もゼロではないです。被災地で、女性と一緒でない乳幼児が十分に手に入れられるためにも、母乳代用品は「自由にお取りください」方式で置いておくのではなく、アセスメントをしてから渡すことが必要です。
母乳代用品を販売している会社は、イメージアップのためにも災害時に母乳代用品を寄付したりします。物資を送ろうとしている民間団体や地方自治体に寄付する、という形をとるかもしれません。しかしそのキャンペーンにより具合を悪くする乳幼児がいること、時によっては命とりになること、代用品の使用により母乳育児はより困難になることはもっと知られる必要があります。また母乳代用品には使用期限があり、多くが使われずに廃棄されたり、不適切に使用されてしまうことも注意が必要です。(参照)
次回、WHOの「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」(参照)について説明します。女性と乳幼児のからだは資本主義に利用されている、そして日本は無法地帯、というはなしです。