国際女性デーは女性の話をしよう。「胎児か、私の命か」そんな葛藤はしない映画『コール・ジェーン』から考える。
2024.03.07
映画『コール・ジェーン』は不思議な映画だった。
1960年代〜1970年代前半、中絶が違法だった時代のアメリカが舞台。主人公は弁護士の夫をもつ白人女性、ジョイ(ジェーンは主人公の名前ではありません)。中産階級の専業主婦であり、親友とけだるい午後をまったりすごすような日々・・・を送っている。ある日、ジョイは2人目の子を妊娠するが、妊娠の継続は命のリスクを高めることがわかる。ところが中絶を望むジョイに、男性医師たちが躊躇する。たとえ母親に命のリスクがあっても、中絶するには病院での倫理審議が必要な時代だった。男性医師しかいない世界で、ジョイの存在などいないものかのように扱われる。
物語はそこからはじまる。これは実際に1969年〜1973年のアメリカであった話。中絶を選択できない女性たちのために、女性たちが自ら中絶処置を学び、中絶処置を提供していくグループをつくるのだ。彼女たちのコードネームがJANE(ジェーン)だった。(このあたりのことはアジュマブックス『中絶がわかる本』に当時の資料や写真と共に詳しく紹介しているのでぜひ読んでほしいです!)
実際にあったこととは知ってはいたけれど、映像で観るとやはり迫力が違う。監督は映画『キャロル』の脚本家であり、女性どうしの関係、愛、信頼、裏切り、葛藤のリアリティは胸に迫るものがある。
その上で「不思議な映画」と私が思ったのは、『コール・ジェーン』では、中絶というテーマを選びながらも、「葛藤」が不思議なほど描かれないからだ。日本でのポスターが『胎児の命か私の身体か』という「選択」を迫られる女性たちの葛藤を前面に出していたが、”この種の葛藤”は映画では描かれない。なぜ描かれていないものを全面に押し出す広告文にしたのか意味が不明なのだけれど(そうしなければ共感が得られないとでも?)、ジョイに葛藤はゼロだ。ジョイだけでない。他の女たちも、新しい命? それとも私の命? という葛藤などしない。映画には、ただひたすら中絶を必要としている女性しか出てこない。物語の焦点は、中絶をしてもいいのかどうかという葛藤ではないのだ。
だから、この『コール・ジェーン』は、中絶を巡る物語としては、これまでにあまり(日本では・私が知る限り)表現されたことのない映画になったのだと思う。
映画鑑賞後に考えさせられたのは、中絶か? または女の人生? という葛藤があるとしたら、それは実は男たちのものだったのではないか、ということである。それを決める法律をつくった男たちの葛藤、それを決める男性医師たちの葛藤。それを決める権利があると思っている父になる側の男たちの葛藤。・・・女と新しい命のどちらを選ぶかという発想自体が、妊娠を絶対にしない身体をもつ男性的な葛藤だったのではないかと。そして「新しい命」と「私の人生」という二つの選択肢があたかもあるかのように語ってきたのは、いったい誰だったのか・・・と。
しつこいが、この映画には葛藤がない。だから『コール・ジェーン』は拍子抜けするほど軽快で、冒険的で、意欲的で、時にコミカルですらある。この映画のプロデューサーは『バービー』のプロデューサーでもあるが、はっきりいって『バービー』の方が葛藤が描かれていたよね。
もちろん映画の中の彼女たちにも葛藤はある。ただその葛藤とは、中絶か女の身体かではなく、金策に苦しむ秘密組織(違法組織なので)として、「誰を優先的に中絶させるか」だ。誰か一人を選ばなければいけないとしたら、誰なのか。たくさんの子供を育てギリギリを生きている貧しいシングルマザーの黒人女性なのか、レイプされた白人の少女なのか、、、。「誰が優先されるべきか」。これこそが、残酷でリアルな葛藤なのだと私は思った。
女の身体をもつ者から見える世界、その声がフェミニズムのはじまりだった。
女の身体をもつ者に対し、社会が葛藤を与えた。
子供なのか、女の人生なのか。仕事なのか、家庭なのか。結婚するのか、一人で暮らすのか。
そもそも私たちの選択が重要に捉えられ、私たちの声が聞かれ、私たちが一人でも安心して未来を描け、経済的不安がない社会にあり、好きな時に好きな人と好きに子供をつくり、産み、育てられたらば・・・「女の葛藤」とされているものなど、いったいどれだけ残るというのだろうか。
『コール・ジェーン』は不思議な映画だった。観たことのない種類の中絶映画だった。新しい気づきを与えてくれるものでもあった。ぜひ多くの人に観てほしい。そしてぜひ『中絶がわかる本』で、世界で中絶の権利を手にするためにどのような闘いがあったのか、女の話があったのか知ってほしい。
明日は国際女性デー。そう、こんな風に、国際女性デーには、女性の話をしよう。
※『中絶がわかる本』より
※毎月11日にフラワーデモを継続しています。今月も3月11日全国でフラワーデモがあります。ぜひ全国の情報を確認してください。東京では3月11日19時〜行幸通りであります。フラワーデモの国際女性デーの声明文もぜひ読んでください。
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https://www.flowerdemo.org/post/womensday2024
【国際女性デーには女性の話をしよう】
国際女性デーは20世紀前半、女たちの抵抗からはじまった。
長い間、地球上の多くの国で女として生きることは、暴力と差別と貧困のリスクに晒されることだった。
その痛みは、未だに過去のものではない。
女たちは今も殺され続けている。
地球上で毎日130人以上の女性と女児が女であるために殺されている。
その半数以上は家庭内で殺されている。
コロナ禍にフェミサイドの被害者は激増したが、明らかになった被害は氷山の一角である。
女の3人に1人がパートナーからDV被害を受けている。20人に1人がパートナーからの暴力で死の恐怖を感じた経験がある。
この国で女は貧困に陥る。
女の生涯賃金は男性の6割に満たない。
女の半数以上が非正規雇用であり、非正規雇用者の7割が女である。
生涯賃金は男より約1億円低い。
この国で結婚は女に負担を強いる。
結婚する女の9割以上が男の姓を選ぶ。家事労働の多くを女が担い、それは男の4倍である。
離婚後の共同親権に反対するDV被害者の声に政治家が向き合わず、女と子供の安全が守られていない。
敵を見誤るのはやめよう。