ひとりでカナダ大学生やりなおし~アラフォーの挑戦 Vol.18 ハラスメント、被傷性、マインドフルネス
2024.03.07
内藤千珠子先生という社会学者による「『アイドルの国』の性暴力」という本を読んだ。慰安婦問題と現在のアイドル文化の過熱を、性暴力を利用したナショナリズムの形成という視点から解きほぐしていく本である。松田青子さんの小説「持続可能な魂の利用」の分析など本や映画の批評の章もあり、私はそういったカルチャーのアカデミック分析本を読むのが大好きなのであるが、それはいいとして、本の中で繰り返し「被傷性への依存」という言葉が使われていて心に残った。被傷性=傷つきやすさ、であってアイドルを代表とする女性の痛みこそが観客の潤いや、組織の維持に不可欠となっている構造のことを指しているのだと思う。
最近ハラスメントについて考えていた自分にとってはこれ以上なくしっくりくる概念だった。自分が責任を負う必要のない加害から癒しを得る行為は存在するし、私だってやっていないとはいえない。前回のコラムを読んだ共通の友人から、「A君はクレームとかくると立ち直れないくらい落ち込んじゃうんだって私に言っていた。ハートが弱いんだよね。」という「わかっちゃいたが」という彼に関する情報提供があったが、このように、自分の傷つきを回避したり回復させる機能がハラスメントにあるからハラスメントはなくならないのではないかと思う。
ハラスメントとは違うが、私は一時期Youtubeでホス狂い(ホストに没頭して大金を消費する女性たち)の動画をみるのにハマっていた。それは依存とはいかなくても彼女らの被傷から私がエンタメを得ていた行為だった。そういった商品やコンテンツはこの世にたくさんあり、人々の日々の不快な感情や不安などを吸い取って、社会的な均衡に寄与している現実があると思う。
精神科や心療内科の患者さんは男性より女性の割合が大きい。理由としては諸説あるけれども、女性の方が「被傷性への依存」が低くハラスメント等で不快や傷つきを解消させていないからではと私は考えている。心療内科で研修をしている中で、身体表現性障害(※注)や摂食障害の患者さんの特性を表す際に「不快感情への耐性のなさ」という言葉がしばしば使われる。不快感情や葛藤場面でそれをどう対処するか、というところは治療の要である。もともとの患者さんのそれら葛藤の対処法を測る心理テストのひとつにP-Fスタディというものがあって、これが非常におもしろい。被検者には①のような日常での欲求不満状況のイラストにセリフを書き込んでもらい、検査者は回答をみてその反応傾向をアグレッションの方向(他責か自責か無責か)と型(欲求に固執しているか、等)に分類していく。それにより、自分で問題を解決しようとする、ストレスをなかったことのようにするといったそれぞれの患者さんの傾向がみえてくる。それは、それがわかったからといってただちに病的だと判断されるものでは全くなく、ひとつひとつの反応はとても平凡である。だけれども、入院患者さんのライフレビューを聞き取り毎日話をして、その逐語録を他の心療内科医と共有してディスカッションをしていくなかで、患者さんの病気を持続・強化させている因子がみえてくるのだ。嫌なことがあったときに楽しいことで散らしたり、人のせいにしたり、自分を責めたり、どの反応も時には必要ではあるのだが、偏ってはいけないのだ。そしてその偏りのパターンを変容していくのにはとっても時間がかかる。
そこで毎年この時期に病棟で行われているのが「集団マインドフルネス療法」(※注)である。集団マインドフルネスでは、通常の心理療法より急速なスピードで患者さんの心理的展開が進み驚かされる。マインドフルネスは仏教から始まっているのでクールなZENと似たような感じで海外でも人気があり、まるで心を落ち着かすもののように思われているが全く違う。正反対である。始めはボディスキャンや呼吸空間法といった、身体感覚に注目するおだやかなセッションから始めるのでリラックス効果はある(私はいつも寝てしまう)のは間違いないのだが、全6セッションのうち中間頃から全く変わってくる。「不快感情に飛び込んでいくけれど、準備はいいかい?」というメッセージの後、実際に抑えていた感情に触れなければならなくなるのだ。脱落者も出てくる。私も一緒に参加していて、こんなに過酷なものだったとは思わなかったという感想だが、私の場合前述の「『アイドルの国』の性暴力」を読んでいる最中だったため「この辛さってなんなのだろう?」というのを知的に理解しようとして乗り切った。(本来あるべきマインドフルネス療法の受け方としては不快感情に浸らないといけないので、本当はよくない)。集団力学が働いているからというのもあるが、薬を使わない心理療法でもそれくらい強力なものがあるのだ。それは精神科にいたときには知らなかったことだった。
※注:
身体表現性障害:さまざまな身体症状を主訴とするが、検査上器質的な異常がなく説明がつかない病態を指す。
マインドフルネス療法:心理療法のひとつ。今現在の瞬間に意識を向け、価値判断なしに感情を受け入れることを目指す。
①P-Fスタディ 心理検査出版三京堂HPより、成人の葛藤場面の例。
長崎ランタンフェスティバルに行きました。
五島の教会巡りをしました。