いろいろあった一年。あの魔の夫婦別姓訴訟最高最大法廷判決からもうすぐ一年…と思うと暗くなる。いやいや、落ち込んでいても仕方ない。明るく、楽しく、無理矢理にでも前向きに。そうでなければ、ますます運気が下がりそう。明るく、楽しく…。
と、呪文を唱えたところで、やはり、前月から続々目に入る鬱になりそうなニュースを紹介しないわけにもいかない。
女性議員を増やす法案、自民党内で難航
まずは、政治分野における男女共同参画推進法案が11月16日の自民党の部会合同会議で、了承が得られなかったとのニュース(「自民、政治男女均等法に異論続出「有能なら自力で」」朝日新聞デジタル2016年11月16日21時37分藤原慎一、松井望美記者)について。同記事によれば、たとえばこんな「異論」があったらしい。西田昌司参院議員が女性の社会進出が少子化を加速させているとの考えを背景に、「女性の社会進出で、社会全体が豊かになっているとは思えない。もっと根本的な議論をしてほしい」と主張したとか。もっと根本的な議論をしてほしい…というのはこっちのせりふ…。
そして、言わせていただければ、むしろ今の日本は、男性の社会進出で、「社会全体が豊かになっているとは思えない」という事態ではないか。12月3日、ジェンダー法学会第14回学術大会のワークショップにて、大沢真理東京大学社会科学研究所教授のお話を伺い、おおおと震撼とした。大沢教授によれば、「男性稼ぎ主」を前提とする生活保障のモデルは、日本の「伝統」でもなんでもなく、1970年代につくられた。
「男性稼ぎ主」型モデルとは、「男性=稼ぎ主/女性=ケア役割」という性別役割分業のもと、女性が「被扶養者」として男性に依存していることを前提にして、税や社会保障制度を組み立ててしまうあり方である。各国は、「男性稼ぎ主」型からの脱却を目指しているが、日本では未だこのモデルが強固であり、そのため働くことや子どもを産み育てることが、社会経済政策によって「罰」を受けるともいうべき事態となっている。日本の税・社会保障制度は、機能低下というより、「逆機能」しているのである。まさか…と思いたいところだが、日本は現役世代で成人が全員就業すると(共稼ぎ、ひとり親、単身)、貧困削減率がマイナスになることや(OECD諸国で唯一)、社会保険料の負担が世帯収入により逆進性があることなど、豊富なデータによって明らかにしていただいた(詳細は、大沢教授の『生活保障のガバナンスージェンダーとお金の流れで読み解くー』有斐閣、2013年、と、2017年に発刊されるジェンダー法学会誌を参照)。若い人の貧困率は高く、親元から自立できないこと、就業が不安定なことなど、少子化の原因は様々だ。
と、話がふくらんでいくところだが、西田議員の発言に戻ると、「少子化を加速させている」として「女性の社会進出」を与党議員がやり玉に挙げているようでは、内閣府が掲げる「少子化対策」が不安になる。少子化対策は横においても、大沢教授によれば、「男性稼ぎ主」型、いわば「男性のみの社会進出」で今や日本は非常に「生きにくい」。低い出生率のほか、高い自殺率、高い貧困率(働くひとり親の貧困率はOECDで断然最悪)。
社会が衰退していくのをこのまま漫然と放置するのではなく、悲惨な現実を悲惨と直視し、対策を打つべきであるなら、多様なバックグラウンドをもつ議員で構成された議会で、多面的な視野で、社会保障政策等について議論を重ねるべきなのだ。男性議員にオキュパイされた国会に女性を少しでも増やしていくことは、多様な声を政治に反映させる第一歩だ(そんなことも、今年6月13日更新のこのコラムで書いた)。
他にも自民党の部会合同会議では「能力のある人は自力ではい上がる」といった発言もあったとか。おお。地盤、看板、鞄、三バンが必要とされる日本の政治で、能力や資質よりも知名度、「世襲制」かのように二世議員、三世議員がずらずらいるという現実をまるで無視、なんと傲慢な発言だろう。そういえば、わずか5時間33分という審議時間で衆議院内閣委員会で採決が強行されたカジノ法案の貴重な質疑中、質問時間が「余っている」として法案の内容とは関係ない般若心経を唱えて時間を費やした自民党議員がいたが(「カジノ審議中、「般若心経」唱え時間消費 自民・谷川氏」朝日新聞デジタル2016年12月5日20時15分南彰記者)、「能力のある人」って、たとえばこういう議員をいうのだろうか…。
そもそも、上記政治分野における男女共同参画推進法案は超党派の議連で検討されていたのに、自民党の会合で主として男性議員から「男女同数という言葉はきつい」等というびっくり仰天な意見が出る等してストップ、野党が提出することになったことは、6月13日のコラムで書いたとおりだ。それで仕切り直してようやく提出か、というときにまたこんな抵抗勢力にストップされる。今年は女性参政権行使70年。この記念すべき年に、女性議員を増やす制度実現に向けた取り組みが本格化する…という期待は強かったのに(たとえば、2016年5月4日NHK時事公論・寒川由美子解説委員)、おいっ。
ん?少子化対策として、莫大な税金が投入されて「婚活」が国家事業としてスタートしているらしい(「国家プロジェクトと化した「婚活」 莫大な税金投入は誰のため?」斉藤正美)。国家が個人のライフスタイルを枠にはめようとしてどうするの、という以外に、莫大なお金をかけて成果は…。そんな予算があるなら、出産手当もないような非正規や起業している人の待遇改善をしてくれ、と記事中の阿部知子議員ならずとも思うはずだ。男性ばっかりが占める政治では戯画的なまでにトンデモ政策が現実化してしまう。女性議員を増やさねばならないのは、喫緊の課題だ、とますます意識させられる。
と、本稿をアップした12月9日の午前、自民党内で法案提出の方針が決まったとのこと(朝日新聞デジタル2016年12月9日12時54分配信)。今国会では成立は間に合わないが、ひとまずほっとする。同日午前中の会議でも一部に異論が出たということであり、理解が徹底されているとは思えないが…。
「歴史戦」として林陽子CEDAW委員長「解任」を求める署名?
女性たちが活躍するにはまだまだ足かせが大きいこの社会。しかし、それでもなおかつ、国内外で活躍する女性たちも現れている。中でも、2008年から国連の女性差別撤廃委員会の委員、2015年から同委員会委員長を務められている林陽子弁護士の活躍ぶりは素晴らしい。委員長は、実力があり、かつ、委員からの信任がなければ選出されないという。日本政府も、林さんの委員長就任が日本にとっても「重要な意義を有している」と称え、日本審査においても彼女が委員長として活躍していることを誇らしく思っているとの声明を読み上げた(「国連から見たカナダの女性差別とは」2016年12月2日斎藤文栄)。
ところが、「慰安婦の真実国民運動」(加瀬英明代表)は、国連・女性差別撤廃委員会が日本政府に対し元「慰安婦」に謝罪と賠償を行なうよう総括所見を公表したことを理由に、林陽子委員長の「即時解任」を求める署名を11月16日、自民党の片山さつき参議院議員同席のもと外務省女性参画推進室長に手渡したという。女性差別撤廃委員会の「慰安婦」問題に関する総括所見等を「即時解任」の理由にしていると報じられているが、様々な点で不合理である。すなわち、国連の委員は出身国の報告書審査には関われない(林委員長も日本政府の報告書審査には関われない)。外務省側に署名を渡されることは事前に伝わっていなかったという(週刊金曜日2016年12月2日ジェンダー情報)。
いったい何のためにこんな不合理なことを?この署名を手渡すシーンを報じた夕刊フジの記事に「歴史戦」と小タイトルがついているのが気になる。このサイトのBookレビューに取り上げた『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)は、右派が「歴史戦」と称して「慰安婦」問題を中心とした歴史修正主義のメッセージを国内外に発信する動きを明らかにしていた。先日のジェンダー法学会学術会議のシンポⅡのテーマは「戦時性暴力」であり、研究者たちから「慰安婦」に関する歴史学の実証的研究の蓄積が無視されている現状への危機感が表明された(これらも是非来年発刊される学会誌を参照していただきたい)。
無視されるどころか、ターゲットと目されれば、攻撃される。2014年の朝日新聞バッシング、そして林委員長。
さらに、この1ヶ月より前のことになるが、このことにも言及しておかねばならない。10月5日、wam(女たちの戦争と平和資料館 戦時性暴力、「慰安婦」問題の被害と加害を伝える日本初の資料館)へ爆破予告があった。Wamが産経新聞社を特に名指しして各紙にあてた呼びかけ文には、爆破予告の原因について、「最近急激に増えた産経新聞やそのデジタルニュースでwamを名指しした記事の増加に思い当ります。」と指摘する。以下のくだり、長いが引用する(残念ながら、産経新聞はこの呼びかけ文に自社への呼びかけがあったところは省いた短い記事を掲載したのみである)。
「産経新聞は歴史認識の違いを「歴史戦」と名付け、歴史をめぐる言論を「戦争」という暴力に結び付けて語っています。同調者たちへの影響力は計り知れないものがあり、紙面で個人を名差しすることは「攻撃命令」でもあると指摘するブログ・ウォッチャーもいます。
日本の自由な言論空間を豊かにしていくことこそが人権を守り、日本の民主主義を豊かにすると私たちは信じています。言論を暴力や人権侵害に結び付けない努力こそが、今私たちに求められています。私たちは「言論を暴力に結び付けない社会」の実現を、産経新聞及び報道に携わる全ての方々に、あらためて呼びかけます。」
私も祈るように呼びかけたい。