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中絶再考 その38 日本は21世紀の中絶を導入する最善の努力を

塚原久美2023.11.02

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 この秋、全世界の中絶医療を改善するために40年以上も活動してきたアクティビストのマージ・ベラーさんがイギリスから日本にやって来た。基本的にプライベートな観光旅行なのだけど、「日本のアクティビストたちと何かやってもいい」と言ってくれたので、11月5日に東京の水道橋でトークイベントを開くことになった。そのマージさんと打ち合わせていた時に、「日本の中絶のためにFIGOに寄稿したのに、日本のマスコミは全然取り上げてくれない」と嘆いていらしたので、連載でご紹介することにした。
 FIGOとは国際産科婦人科連合の略称である。世界最大の産科婦人科の学会の連合体で、130カ国以上の各国の産科婦人科学会が加盟している。もちろん、日本産科婦人科学会も加盟団体の1つだ。
 FIGOは世界中の女性と女児の生活をより良いものにするために、会員同士が情報を共有し意見を交換できるようにジャーナル(専門誌)を発行している。昨年の4月22日、このジャーナルのオンライン版に、空野すみれを始めとする日本人の女性医師3人と長崎大学の男性教授の連名で「日本で経口中絶薬が承認されても、アクセスが良くならない」ことを危惧する内容の短報が掲載された。
 この短報によれば、中絶薬はより少ない資源ですむばかりか、手術や麻酔が不要であることが女性たちに好評で、より自然(自然流産のよう)だと感じる女性もいる。さらに、電話やネットを通じた遠隔サポートによる自己管理中絶(自宅で自分で薬を服用する方法)は、効果的かつ安全であり、患者の満足度が高いというエビデンスもあることを示して、日本産婦人科医会(合法的に中絶ができる母体保護法指定医師の利益団体)が考えているプロトコルでは、この薬を使用できなくなる女性たちが出てくると警告を発した。
 この女性医師たちの短報は、次のように締めくくられている。

 中絶医療にアクセスできない女性は、絶望的な手段に訴えることがある。実際、孤立出産した女性が新生児を遺棄して逮捕されるといった悲劇的な事件も報告されている。だが、不必要な取扱い手順が定められ、女性が負担するしかない高額な料金が提示されるのでは、安全な中絶ケアへのアクセスは広まらないのではないか。

 引き続き4月29日の上記ジャーナルに、日本産科婦人科学会(以下、「学会」とする)の理事長(当時)も含む2名による「編集者への手紙」が掲載された。学会の医師たちは、「搔爬(D&C)の時代から、私たちの社会は、ゆっくりと、しかし着実に、より安全で効果的な中絶方法を採用するように進化してきた」との認識を示した。彼らによれば、2015年に手動式真空吸引が導入されたことはその証拠なのだという。
 学会の医師たちは、中絶薬については「リスクと利点について充分な教育が不可欠」で、日本に導入される場合には、「免許を持ち登録された産婦人科医が、綿密な観察を行いながら実施すべき」とした。その料金については、従来の中絶手術同様に保険適用から除外されることが「合理的」であり、高齢化によって医療費がかさんでいる今の時代に、政府が中絶を保険適用することに躊躇するのは無理もないとの見解を示した。それにも拘わらず、学会の返信はこう結ばれている。

 学会は、日本女性のリプロダクティブ・ヘルス&ライツを促進するために、今後も最善の努力を続けていく。

 私はこれを読んだ時に激怒した。その「最善の努力」の結果が、世界に周回遅れの今の日本のリプロ事情だというのか!?

 女性医師たちも、5月24付の「返信」でさらに反論した。世界ではミフェプリストンとミソプロストールは30年以上も広く使用され、有効性と安全性に関する十分なエビデンスがある。今では遠隔医療による中絶ケアが行われており、FIGOもWHO(国連世界保健機関)も支持している。外科的中絶についても、もはやWHOは吸引後の搔爬の使用も含めてD&C(拡張搔爬術)を一切認めていないのに、日本では未だに搔爬が単独で23.5%、吸引との併用で40.3%と過半数で使われている。WHOでは、搔爬は「女性に苦痛と苦悩を与える」「健康への権利を含む多くの人権と相いれない」としていることも指摘した。

 一方、日本の学会の回答にマージさんも激怒していた。すぐさま編集部宛てに手紙を送ったが、なかなか掲載されず、「まだ載らない」「まだ載らない」と愚痴をこぼすメールが何度も送られてきた。ようやく掲載されたのは7月半ばだった。
 タイトルは「日本における21世紀の中絶方法の導入——WHOのすべての勧告に基づく対策が必要」である。マージさんは、まっさきに学会理事長らの返答に「非常に落胆した」と書いた。女性医師たちの「承認されても中絶を必要とする女性にとってほとんど変化がないかもしれない」という懸念は重要であって、「日本で望まない妊娠をした女性や女児が何を必要としているか、何が得られていないのか」に目を向けるべきだとした。
 マージさんは1994年のカイロ会議で確認されたリプロダクティブ・ライツの定義を引用し、安全で合法的な中絶を受ける女性の権利を40年以上にわたって援護してきたというご自分の立場を明らかにして、学会の医師たちが「望まない妊娠を終わらせなければならない人の視点」に全く立っていないことを批判した。しかも、薬による中絶と吸引による中絶のどちらもD&Cに比べて非常に安全だという数十年にもわたる証拠や、今や中絶は非常に簡単なものになっているという事実を学会の医師たちが無視していることも指摘した。学会の医師たちが「日本はWHOの規制を完全には満たしていないかもしれない」と認めたのに対して、「深刻な謙譲」であると嫌味を言い、「中絶医療のベストプラクティス(最良の処置)に関するWHO勧告のうち、いったい何を実施しているというのか?」と苦言を呈した。

 さらにマージさんは、WHOはD&C(搔爬)の使用を全く支持していないばかりではなく、支持しなくなってから何年も経っていることも指摘した。(実はWHOは20年前から搔爬を支持しなくなっている。また、日本でようやく導入された手動吸引器の場合も、不必要な全身麻酔をしているという意味で、世界のベストプラクティスとは異なる。中期中絶についても、WHOの推薦法と全く異なる方法を用いているのが現状だ。)
 そこからマージさんは中絶の歴史を簡単にひもといた。世界では、手動吸引器が1970年代に初めて報告されてすぐに改良され、妊娠14~16週までの中絶の主な方法になった。一方の薬による方法は、1980年代に胃潰瘍の治療薬として使われていたミソプロストールを使って中絶(人工流産)できることに、ブラジルの素人の女性が気づいたことから始まった。ミソプロストールによる中絶は、中絶が違法だったラテンアメリカ一帯に広がり、1989年までに危険な中絶の合併症による妊産婦死亡率の減少をもたらした。ミフェプリストンは1980年頃に開発され、1988年にフランスと中国で初めて市販された。最初は種々のプロスタグランジン剤(子宮を収縮させる作用がある)との併用だったが、後にミソプロストールが最良であるとして置き換えられた。
 「日本人の指定医師は、こうした事実を知らないのか?」と、マージさんは迫る。「国際学会に出席したり、日本人アクティビストに接したりしてきて、『日本の中絶アクティビスト』たちはこれらの事実を20年ほど前から承知しており、両方(手動吸引器と中絶薬)へのアクセスを訴えてきたことを私は知っている」。

 そう、実は私などよりはるかに早く日本の中絶方法の問題に気が付いて、WHOの冊子を翻訳するなどの活動をしてきた日本人の先達がいた。すぺーすアライズの麻鳥澄江さんと鈴木文さんたちだ。お二人に2013年にタイのバンコックで開かれた第2回IWAC(安全でない中絶に関する国際学会)に誘われたのが、私が世界のアクティビストたちとつながる直接的な契機になったものだ。世界中から産婦人科医師や助産師を始めとする医療関係者、公衆衛生担当者、アクティビストなどが参加するこうした会議やオンラインで行われるFIGOやWHOのセミナーに出てみれば、2010年代に中絶技術が著しいスピードで変化していったのは明らかである。さらに2020年の春以来のコロナ禍を経て、世界では対面診療なしに自宅で服薬する「自己管理中絶」が一気に広まったことで、人々の「中絶観」も様変わりしている。
 だが日本の中絶医療を支配している人々は、そうした世界の変化を知らない。あるいは、知っていても無視している。

 マージさんは日本の産婦人科の指定医師が中絶を独占し、その手法も自分たちで勝手に決定していることを批判して、世界の状況に照らせば、日本がこのままでいられるわけはないと結論している。WHOやFIGOの勧告、多くの助産師会や女性運動の呼びかけに応じて、今や世界の状況は変わった。すべての国において普遍的な女性と女児の人権を尊重した中絶ケアを提供するために、2022年3月8日にWHOは従来のすべての中絶に関するWHOガイドラインに置き換わる『中絶ケアガイドライン』を発表した。最後に、このガイドラインに言及して、マージさんは特に以下の点を強調した。

 「新しい『中絶ケアガイドライン』に明確に示されている。D&Cはやめること、全身麻酔は使用しないこと、三次医療機関(大病院)での中絶はやめること、不必要な入院をさせないこと、かかりつけ医レベルで21世紀の中絶方法によるケアが提供できるように、助産師、看護師、開業医を訓練すること、妊娠初期における薬を用いた自己管理中絶を提供すること。」

 また、WHOの勧告に従えば、高額な中絶料金は正当化できないとも明確に指摘している。

 「冒頭に挙げたFIGOでも、長いあいだ中絶に反対する勢力がいて、状況を改善するためには何年もの努力が必要だった。一方、日本では中絶が合法化された1948年以来、時計が止まっているように見える。本来、WHOがエビデンスに基づく最良の基準として普遍的に認めた安全な中絶方法のみを教え、実践すべきである。
 訓練を受けた看護師、助産師、地域保健師などでも安全に行える薬による中絶や手動吸引または他の吸引法のコストは、D&Cよりも低い。しかも今の時代は、最初の3ヵ月は女性が希望するなら、自宅で自己管理による薬を用いた中絶が可能なのである。
 最も重要なのは、すべての中絶は必須医療であるため、公的医療保険がすべての中絶をカバーすることである。」

 日本の女性医師たちが前年4月の短報で危惧していたすべての懸念点が、今年4⽉28⽇に経⼝中絶薬の承認が下りた時、現実になってしまった。「指定医師のみが処⽅」し、配偶者の同意も必要で、当⾯、「有床の(⼊院施設のある)医療施設のみで使⽤可能」だとされた。⾃由診療であるため、料⾦については何も公表されなかった。5月から実用化が始まり、9万円台で提供しているクリニックを1件見ているが、あとは10数万円台、ある大病院は1泊の入院費込みで20万円の料金設定にしている。

 こうした状況を変え、経口中絶薬を女性や女児に使いやすいものにしていくためには、マージさんの言う通り、日本の医師や政治家たちの時計の止まったような古い「中絶観」を変えていくよう、働きかけていくしかない。従来の学会の「最善の努力」のスピードでは、日本は20世紀の中絶に留まり続けることになる。実際、海外では1960年代に承認された避妊ピルが日本は40年も遅れ、1970年代に導入された手動吸引器は45年遅れ、さらに経口中絶薬も35年遅れで、ようやく承認されても手の届かないところに置かれてしまった。
 中絶薬の登場で、世界の中絶は大幅に変わったし、特にここ10年の進化は目覚ましいものがある。この先もまだまだ進化していくだろう。日本に暮らしているために、本来、与えられるべき権利と選択肢が奪われているのはおかしいということを、共に声を上げて行こう。


マージさんの記事の概要:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35946864/

11月5日のイベント/イベント後の動画配信については#もっと安全な中絶をアクション(https://www.asaj2020.org/)を参照してください。

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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