先日、大内裕和さん(中央大学)の話を聴く機会があった。テーマは「奨学金」。いまや大学生の二人に一人が何らかの奨学金を受けているという。自分自身、大学生の頃、奨学金を3つ受けていた。当時の「育英会」の1種(借りた額と同額返せばよい)と2種(借りた額に利子をつけて返す)、そして市町村の奨学金だ。有り難いことに、当時はまだ1種については、教員になって15年以上働けば、返さなくてよかった。2種の奨学金を予定より早めに返済し終えて、15年働き続けてようやく奨学金の返還が終わったときの解放感を、まだ覚えている。数年前の話だ。いま「育英会」はなくなり、替わって「日本学生支援機構」が発足(2004年)、教員になっても必ず返還しなければならなくなっている。
大学生の二人に一人が奨学金を受けなければならない事態になったのは、非正規労働者が増え、保護者からの仕送りを当てにできなくなったことが背景にある。加えて、大学の授業料等も値上げが続き、かつて国公立なら家庭が貧しくても通えたところが(事実、私も大学生の頃、親は生活保護を受けていたため、極貧の生活だったが、アルバイトと奨学金と授業料免除で何とか卒業にこぎ着けた)、いまや国公立大学と私立大学と、かかる学費は以前ほどの差はなくなっている。
大内さんの話によると、この10年間に、政府は「無利子奨学金」の枠をほとんど増やさず、「有利子奨学金」の枠を10倍に拡大(1998年:無利子奨学金39万人、有利子奨学金11万人、計50万人。2012年:無利子奨学金38万人、有利子奨学金96万人、計134万人)。2007年には民間資金の導入も始まり、都市銀行等が「奨学金」(という名のローン)を始めたという。当然、無利子奨学金の希望者が増えるが、採用枠自体が少ないため、条件を満たしていても8割近くが不採用ということになるという。
そして、何とか奨学金を受けながらの学生生活が始まっても、学業とアルバイトの両立が難しくなる「ブラックバイト」をせざるを得ない学生も多く、アルバイトのせいで単位を落としたり、ゼミ合宿に出られなかったりといったケースが後を絶たないという。それでもがんばって何とか卒業までこぎ着けて、就職したとしても、いまや若者の半数近くが非正規労働。これは決して若者のせいではなく、大人社会が「正規労働」の枠を減らし、「非正規労働」の枠を拡大させたからだ。
加えて、卒業と同時に「奨学金の返済」が始まる。返済額、数百万円、多い人では1000万円に上る奨学金を、月々返済していく生活が始まる。正規であっても、若者の月収はそれほど多くはなく、非正規労働ならなおのこと、月々の返済に四苦八苦せざるを得ないのは火を見るよりも明らかだ。そんな奨学金という名の「借金」を背負って、卒業後十数年間の生活を送らなければならない若者は、結婚や出産をためらわざるを得ない。二人に一人が奨学金を受けていれば、夫婦どちからが奨学金を返済しながらの結婚生活を送らざるを得ない若者も多いだろう。夫婦ともに奨学金を返済しなければならないケースも少なくあるまい。
順調に返せればいいが、奨学金を返せなくなると、3ヶ月以上の滞納で、日本学生支援機構から個人信用情報機関に通報され、ブラックリストに名前が載るとクレジットカードが作れなかったり、住宅ローンが組めなかったりすることに。取り立てもまたひどいらしく、職場に電話がかかってきたり、自宅まで取りに来たり、給料の差し押さえにまで及ぶケースもあるという。そして、滞納すると、年利10%の延滞金が発生(この延滞金の賦課率は、2014年4月以降に発生した分は5%に改善)。延滞金発生後の返済は、お金はまず延滞金の支払いに充てられ、次いで利息、最後に元本という順位だそうで、一旦延滞金が発生すると、元本を減らすことが困難になり、元本の10%以上のお金が出せない限りは、半永久的に延滞金を支払い続けるという恐ろしい事態を招く。まさに、奨学金制度が貧困ビジネスとなり果てている。
2014年5月に行われた文部科学省「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」での前原金一(「日本学生支援機構」の運営評議会委員、経済同友会・前副代表幹事)という人の発言で、「(奨学金)返還の滞納者が誰なのか教えてほしい・・・(中略)防衛省などに頼み一年とか二年とかインターンシップをやってもらえば就職はよくなる。防衛省は考えてもいいと言っている」とあり、大内さんの話では、既に奨学金返還の延滞者リストが自衛隊にわたっているという。まさに、アメリカが行っている経済的徴兵制を、日本も行おうとしているのだ。
大学卒業後の人生を借金まみれでスタートせざるを得ない今の若者の現状は、安心して「結婚」「出産」などできない状態だ。まして希望出生率「1.8」など絵空事だ。家事負担を軽減して女性の社会進出を促すために、外国人家政婦特区が神奈川県と大阪府で始まろうとしているが、自分の家事は自分でできるゆとり(時間的にも経済的にも)のある労働環境を男女ともに整えずして、外から家政婦を雇って働けとは、いかがなものか(外国人家政婦自体、差別や人権侵害を孕み、別の観点からも問題があるが)。
また、金融庁は不妊治療保険を解禁し、高額費用を補完しようとしているが、家政婦にしても不妊治療保険にしても、生存権でいうところの「必要最低限の生活」を遙かに上回る生活を送っている、ゆとりのある家庭への支援である。家政婦を雇えるような経済的にゆとりのある家庭を支援するより、不妊治療にお金をかけることができる人への支援より、日々の生活に精一杯の若者を支援すべきだ。奨学金を給付型にして、学生としての本分である「学び」を保障し、借金を抱えて社会人をスタートしたりせずに、安心して生活できる環境を整えなければ、この国に未来はない。
折しも今年の参院選挙から「十八歳選挙権」が行使される。若者の一票が、いまの若者軽視の政治にストップをかける大きな原動力となるだろう。大内さんはいう、「憲法第25条の生存権を生かすことが、憲法9条戦争放棄を実質化することになる」と。