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中絶再考 その34 市民的不服従の勧め

塚原久美2023.08.16

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 「コンビパック」と呼ばれるミフェプリストンとミソプロストールを併用する製品は、中絶をより効率的で女性にとってスティグマの少ないものにした。妊娠中絶のためのこれら2つの薬剤の併用は、2005年以来、世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストに掲載されるようになった推奨方法のひとつである。

 日本でも2023年5月16日にようやく経口中絶薬メフィーゴパックが発売された。しかし、発売からもうじき3か月になる現在でも、ラインファーマ社の「中絶薬について相談できる病院と医療機関」の一覧に掲載されているのは44か所に留まる。日本全国に中絶を行える医療機関の約1%にすぎない。

 ラインファーマ社によると、処方を希望する医療機関には事前の研修と登録を求めている。5月29日時点で日本国内の約180施設から登録申請があり、納入済み医療機関もあるとされていた。納入済み医療機関の1つとされる日本鋼管病院(川崎市)は、4月末にホームページでメフィーゴパックによる中絶治療開始を公表した。複数の問い合わせがあったものの、入院の必要があることなどを伝えると既存の手術を選択する人もいたという。5月末時点では予約も入っていないとして、日本産婦人科医会の幹事長でもある石谷健・産婦人科部長は、「登録した180施設は、将来的に使う可能性を見越しての対応。納品まで至ったのは当院を含めまだわずかで、現場としては、まずは様子見という段階だろう」と産経新聞でコメントしている。

その後、登録機関は少しずつ増えてはいるものの、少なくともこの5月末時点で登録したといわれる180機関と比べても4分の3しかリストに載っていないことになる。しかも、5月末ごろにいったんリストに掲載されていながら、いつの間にか消えていた機関が、確認できただけで11施設ある。そのうち3施設は後に再登録されたが、8施設は消えたままなのだ。再登録された機関は、その間にホームページに中絶薬の説明などを載せたりしたのかと思ったが、別段そんなことはなさそうだ。実際、中絶薬メフィーゴパックや内科的中絶(薬の服用だけで終わらせる中絶)について、今でも過半数の施設はホームページで「中絶」と検索しても何も出てこない。それどころか、非常に問題が大きいと思うのは、幸せそうな母子あるいは赤ちゃんの寝顔の写真とか、「お母さんと赤ちゃん」「幸せな出産」といった文字などが、前面にちりばめられているホームページがあまりに多いことだ。「中絶薬の相談ができる施設」と思ってリンクをクリックした人の目に、赤ん坊や幸せそうな妊婦の笑顔が目に飛び込んでくるのは、いくらなんでも配慮に欠ける……。

そう、あまりにも当事者の気持ちに寄り添っていないのだ。Yahoo!ニュースの特集記事で中絶問題を取り上げたジャーナリストの古川雅子は、イギリスやスウェーデンでは中絶に関する女性の意向を調査していることを挙げ、日本の医会ではそうした調査を行わないのかと問い合わせたところ、〈「女性の使い心地」や「受け入れやすさ」といった視点で調査する予定はありません〉と文書で回答があったという。古川は「なぜ医会は女性の意向について関心を持とうとしないのか」と疑問をもち、医会の前田津紀夫副会長にじかに尋ねてみた。すると、2013年に医会で中絶薬について医院で議論した時も7~8人中女性の委員は1人だけだったことを明かし、「今も、医会会員のざっと半分以上は50代以上で、男性が多い。そういうところに女性への配慮が足りなかったという反省はあります」と前田副会長は答えたという。配慮が足りなかったという自覚があるのなら、今からでも調査してみてはどうかと、私も医会にメールを送ったが、今のところ返信はない。
 
日本とは全く対照的なのが、日本の承認より一か月半ほど前の「国際女性デー」の3月8日にミフェプリストンの薬局販売を承認したアルゼンチンである。ところが、調べていくうちに、日本とは驚くほど状況が異なることが見えてきた。

元々、カトリックの影響が強いアルゼンチンでは長らく中絶は厳格に取り締まられていた。しかし、2012年に最高裁判所の判決により、レイプによる妊娠の場合か、その妊娠が女性の生命や健康を脅かす場合に限って、合法的中絶が行えるようになった。ここまでは日本に似た状況だと言ってよいだろう。

ところが、いったん合法化されてからの勢いがあまりにも日本とは違う。中絶合法化は、アルゼンチンにとっては女性運動のみならぬ人権運動の数々の要求事項の一つであった。2015年3月には、アルゼンチンに女性の殺害(フェミサイド )や女性に対する暴力に反対する運動が誕生した。この運動では、「ニウナメノス」(一人の女性も犠牲にしない)という合言葉を掲げて、緑色のバンダナなどを身にまとった女性たちが(男性たちも)デモなどをくり広げ、「緑の波」とも呼ばれた。2015年6月3日にはアルゼンチンの80都市で同時にデモが行われ、ブエノスアイレスだけでも20万人が参加したとされる。そうした運動の成果の一つとして、2022年にはついにオンデマンド(女性の要求しだい)での中絶を認める法律が施行された
以後、アルゼンチンは国連人口基金(UNFPA)からの寄付を受けて、公立病院にミフェプリストンを配布し始めた。また2023年3月、医薬品・食品・医療技術国家管理局が薬局での販売を許可したことで、アルゼンチンの民間医療システムでも「コンビパック」が使用されるようになり、女性たちの中絶へのアクセスは大幅に改善されたのである。
 なぜここまで日本と大きく異なるのか。調べれば調べるほど、唖然とせざるをえなかった。女性が自分の力で避妊や中絶を勝ち取ってこなかったこの日本で、どうすれば女性たちの力を付けていけるのだろう。どうやって自信を勝ち取っていけるのだろう……。

 そんなことを考えていたとき、たまたま日本を家族旅行で訪れたウィメンズ・オン・ウェブ(注1)の創始者レベッカ・ゴンパーツと会うことができた。
レベッカは、ついに日本でもミフェプリストンが承認されたことを喜ぶ半面、指定医師の縛り、高額費用、入院要件、配偶者同意等で、女性たちにアクセスしやすい薬になっていない事情も知っていて少々苛立っており、日本女性はなんで「市民的不服従」をしないのかと何度か口にした。
「手始めに、薬で中絶することに決めた女性たちに、ミソプロストールを口の中に入れたら、即、家に帰っていいのだと教えてあげたらいいのでは。すぐに帰ればまず問題ないし、だれも彼女の移動の自由を妨げることなんてできないのだから!」(レベッカの意図については連載その33『入院管理という罰』を参照下さい)
 もちろん、そんな行動をとる女性を孤立させてはならない。そこで医師たちに何か言われても、女たちでサポートできるような仕組みを作っていくのだ。市民的不服従も、移動の自由も人権なのだから。まずはそのことを知らせる活動が必要だ。「わかった、やってみる!」と私はレベッカに言った。
一見、小さなことだけど、日本全国の中絶薬提供施設で、女性たちが皆、ミソプロストール服用後にはとっとと自宅に帰ってしまうという「不服従」を実行し、その事実を公表していくことで、さざ波が起こり、それがやがて大きな波になっていくかもしれない。そのためにも、薬や身体の知識を持ち、産科暴力に抗議する力を女性たちが持つべきだろう。

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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