スクールフェミ 経済的なことには触れない「命の授業」でいいのか
2023.07.19
世界経済フォーラムが6月に発表した今年のジェンダーギャップ指数で、日本は146カ国中125位とこれまでの順位で最下位だった。他国のジェンダー平等が進んでいっているのに、日本は追いついていない。いくら授業でジェンダー平等を訴えても現状がほとんど変わらないことに、筆者自身も無力感にさいなまれている。
日々の教育活動が少しでもジェンダー平等につながるように、できる範囲で取り組んでいるつもりだ。毎年行っている性教育セミナーもその一つ。「デートDVを防ぐ」「望まない人妊娠を防ぐ」「セクシュアル・ハラスメントをしない・させない」「性の多様性」等を盛り込んだ性の教育の授業は、毎年外部講師を招いて行っている。講師は人権啓発活動を行っている方やNPO法人の方、学校カウンセラーなど様々だ。今年は異動してきた職員から「助産師会の方のお話がオススメ」と言う話が出たので多少の不安・懸念はあったが、試しに依頼してみた。
「多少の不安・懸念」とは何かというと、立場が「助産師」だから。つまり、「子どもが生まれてなんぼ」「少子化では商売上がったり」の立場であるということだ。赤ちゃんを前面に出してくるのではないかというおそれがあった。
その不安は的中した。PowerPointに写し出された最初の画面、赤ちゃん3人の写真とともに「命の授業」という文字。「命は世界でたった1つ!」「生命をつなぐ」「命のつながり」「一人ひとりにお父さんとお母さんがいて、そのお父さんとお母さんにもお父さんとお母さんがいて…どんどん遡っていくと10億人位のつながり」そして、「3億の精子の中の1つと30万の卵子の中から1つが出会って、あなたが生まれた」云々と畳み掛ける。「奇跡という言葉はあまり使いたくないけど、やっぱり奇跡ですよね」などと講師が語る。話を聞きながら、これじゃぁ、中絶するのをためらわせるような…などと心の中でツッコミを入れる。
続いて男女の初婚年齢の推移のグラフや出生数のグラフが出てきたりする。何歳で最初に産んだのかのグラフは、高度経済成長期のグラフと現在のグラフとの比較だった。高度経済成長期は25〜29歳がピークで95万人近くの出生数、現在では30〜35歳がピークで38万くらいの出生数が示されていた。戦争のこと(第一次ベビーブームは戦争が終わったことと無関係ではない)や雇用・賃金等の時代背景は全く語られることはなく話は進んでいった。
そして「日本の現実」として、「晩婚化」「高齢出産」→「少子化」という図式が示される。経済面には一切触れていない。非正規雇用が増え、若者は結婚しなくても子どもを持ちたくても、経済が許さないという厳しい現実は全く語られることはなかった。
続いて、精子と卵子の比較の話になる。「精子は数億単位で生産され続ける」「卵子は胎児期に700万個、思春期には30万個に減り、残りが1000個くらいになると閉経する。卵子は加齢とともに質が老化する」
「精子は頭部に核を持ち、遺伝情報を搭載。ストレスなどでダメージを受けると、この情報が欠損する」「卵子は遺伝情報をコピー、修復。老化して質が下がると、遺伝情報のコピー、修復ができなくなる」「(男性の)生殖最適年齢は女性より10歳高い」「(女性の)生殖最適年齢は20代から30代半ば(個人差あり)」
「精子は構造上熱に弱く、高熱にさらされると精子の数、質に影響が出る」「卵子は年齢に伴い生殖機能が低下するが、低下の状況は個人差が大きい」
精子の老化については触れられない。この「精子と卵子の話」を聞いた子どもたちは、「女性は若いに限る」「女性は、10歳くらい年上の男性と結婚した方が良い」などと間違ったメッセージを受け取りかねないのではないか(いや、むしろ、それが「ねらい」か?)
続いて「生命の誕生」の話になった。妊娠2ヶ月の赤ちゃんの画像が出てきて「心臓・目・耳・手足などのいろんな臓器が出来上がる」との説明が続いた後、選択肢①赤ちゃんを産む 選択肢②赤ちゃんを生まない(人工妊娠中絶)の話へ。
赤ちゃんを産む場合については、元気な赤ちゃんのための準備(身体・心構え・もの)、新しい家庭を築くための準備(赤ちゃんを迎えるための温かい家庭)が説明された。ここでも、経済的な面は語られない。しかも、「たとえ一人親でも、周りの助けによっては赤ちゃんにとって温かい家庭ができる」などと講師から補足説明があった。
確かにその通りだが、経済的に赤ん坊を育てられる状況でなければ、産むという選択肢を選ぶのは難しいだろう。経済的に厳しくても産もうと思えば産めるだろうが、児童虐待や貧困と隣り合わせの生活に陥る虞がある。
それに、一人親になったとしても養育費をしっかりと払うもう一人の親がいれば、子育ても何とかなるかもしれない。しかし、離婚しても養育費を払う男性は少数派なのがいまの日本だ。子どもを産み育てる経済的責任についても、講師には話して欲しかった。
赤ちゃんを産まない場合については、初期中絶、中期中絶、妊娠22週以降は中絶できないこと、人工妊娠中絶の影響、避妊法が説明された。その後「予期しない妊娠や性感染症を予防するには?」とスライドが続き、示された方法は…
「決まったパートナーだけ」
「より確実で安全な性行為を→避妊」
「NO!と言える勇気を持とう! 自分の身は自分で守る」
…これって、誰に向けたメッセージだろうか。「NO!と言える勇気を持とう! 自分の身は自分で守る」は、男性に向かっても言っているのだろうか。女性だけが気をつけなければならないのかと言いたくなるのは筆者だけだろうか。
「経済的な責任を持てないならセックスしない」「イエスと言うまで、セックスしてはならない」くらい言って欲しいところだが、どうだろうか。可愛らしい赤ちゃんを前面に出し、中絶することをためらわせ、経済的なことについては一切触れない「命の授業」だった。
次の日の自分の授業で、性の多様性や経済的な責任ついて、時間を割いてフォローしたことはいうまでもない。ジェンダー平等をめざした闘いは、今日も続く。