ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

banner_2212biird

Loading...

私が私の夢を完全に諦めざるを得なかったのは、それまで現実でしてきた経験が重なった結果でした。日本で何度も挫折した私は、趣味でライブハウスや路上ライブでもできるようになったらいいなと思うようになりました。それで大学を卒業する頃一、二か月くらい速成スパルタで教えるという韓国の有名なボーカルトレーニング教室に通うことにしたのです。

でもそこで目にしたのは私とはスタートラインからが違う「幸せな人々」でした。皆幼い頃から親の莫大な支持と支援を受け学校に通っている子たちがほとんどで、まだ10歳の子でもレッスン歴5年を超える程の私とは真逆の人生を生きて来た子供たち。まだ20代だった私が最年長でなんの経験もレッスン歴もない不思議な世界でした。そこでは私は相対的剥奪と劣等感を感じ、好きな事を学びながらも幸せと言う感情を感じれなくなってしまったのです。やっと「ちゃんとしたボーカルレッスンを受ける」と言う夢に見ていた生活が出来るようになったのに、毎日悲しくて鬱で仕方がありませんでした。

そして問題はそれだけではありませんでした。先生は「恥ずかしいと思わず、声が裏返るとしても大きく声を出してみる事が大事」だと教えてくれましたが、私にはそれが不可能な事であることに初めて気づいたのです。長年のDVから父に殴られながらも声を押し殺すことが習慣になり、体に染み付いてしまったのです。ミスることが恥ずかしいとは思いませんでしたが、だとしても自信を持って大きく声を出す事自体が出来ませんでした。父に声が変だと言われたその日から、自分の声は聞きにくいものだと思っていたのです。だから実際はそうじゃないと頭では分かっていても、抑揚をつけ声を張る部分になると、喉が締め付けられたような感じになり声が全く出なくなってしまうのでした。

それでも私は日本に戻り頑張ってライブハウスに立ちました。それが私の最初であり最後の公演でした。私はタバコへのアレルギーがあるのですが、室内喫煙が普通であった当時の日本での生活が長くなることにつれてアレルギーが悪化し、間接喫煙により声を一度失ってしまったからです。数週に渡る酷い咳に声が枯れてしまい、約一か月程全く声が出ない時期がありました。タバコへのアレルギーはあまり知られてなく、治療する薬もなかったので色んな病院に通っても無駄でした。その後、幸いまた声を取り戻すことは出来ましたが、もちろんその声は昔のように完全なものではなく、前と比べ出せる音域がかなり限られてしまいました。今も高い声を出そうとするとすぐ喉が燃えるような痛みを感じたり、枯れたりで、より聞きづらい声になってしまいます。

だから私は夢を諦めるしかなかったのです。それから私は人の歌を聞く事すら出来なくなりました。せっかく好きな歌手や声優さんのコンサートに行っても、歌を聞く瞬間悲しくなり涙が出てしまうのです。あんなに好きだった歌が歌えることも出来なければ聞くことも出来なくなった。私の人生を救ってくれたのも誰かの歌で、その人生をまた一番苦しめたのも人の歌でしたね。まさに運命の悪戯かのような話です。

私には誰もが振り返るような優れた美貌も、生まれ持った天才的な才能も、子供の頃から親が夢を応援してくれると言う運もなかった。現実的に見ると叶えがたい夢ではありました。しかしもしあの日(地下アイドルの面接に行った日)、私が直感だけを信じてその契約を結んでいなければ、私はより多くの事に挑戦し楽しい日本生活を過ごせた可能性もあったのではないかと、未だに思います。

世間の人々は性別や外見で人を判断するなとか言いますが、私はそれを「女性の警戒心を崩すための道徳コルセット」であると思います。これだけはルッキズムでも差別でもありません。外見を見て「危ない人かも」、「なんかちょっと不安」、「怪しい」、「理由は分からないけど何かが引っ掛かる」と思ってしまうのは、女性として経て来た様々な経験から積まれた生存本能です。だから女はもっと直観を信じるべきだと思うんです。

長くなりましたが、ここまでが私が最も情熱的に夢を追いかけていた時期の話です。そういう夢を失った今は、昔のような情熱は持てませんけど、歌を聴きたい時に聴き、歌いたい時は歌いながら、些細な幸せを見つけながらの人生を送っています。そしてオーストラリアに移民してかなりの時間が経った今はその時を私を「20代なんてまだまだ若かったのに何故そこまで挫折をしていたんだろう…」と、少しバカバカしく思っています。

でもその時の私に取ってはそれが最善だったのは確かで、当時の私の努力と必死さを否定するつもりはありません。しかしオーストラリアの生活で気づいた「好きな事を楽しむには歳も外見も実力も関係ない。楽しもうとする気持ちが大事」だと言う事だけは、日本に住んでいる女性の皆さんにも分かってほしいです。シドニーで路上パフォーマンスをする人たちはとても様々で、歌が得意じゃなくても、ダンスが下手でも自分が好きな人を披露しとても輝いています。だから私もいつか、その時のようなときめきや情熱を取り戻せる日が来るのではないかと期待しています。だって私はまだまだ若い30代で、生きて来た日よりもこれから生きて言う日の方が多いのですから。

100歳時代とも言われる現代社会で、20代半ばから女性の人生が終わってしまったかのような扱いをするのは可笑しいです。30代から新しい事に挑戦するのは遅過ぎるとか、昔だったら16歳から結婚して子供を産むのが当たり前なんだからだとか、時代遅れな発想だと思いませんか?アジアに一時帰国した時にそんな事を言ってくる男に遭遇したら、私は必ず「昔だったらあなたはそろそろお墓に入る年ですよ」と言い返しています。

30代でも40代でも50代でも60代になっても、まだまだこれからの人生は長い。女性は男性と同様、いつまでも好きな事を楽しみ、新しい事に挑戦する権利のある存在です。遅いことなんてない。女性として生まれたんだから、死ぬまでは「女性としての人生が終わる」ことはありません。韓国の誰かはこういう事を言いました。

「あなたの年になって挑戦するのにもう遅いのはキッズモデルのみ」

だから「もう少し若ければこういう事がしてみたかったなぁ…」と言うモノがあれば、今からでも挑戦してみませんか?新しいことを学び、身に付け、過ぎてしまった夢を自分のモノにしてみませんか?

今、貴方の情熱(夢)はなんですか?

Loading...
JayooByul

JayooByul(じゃゆびょる)

JayooByul (ジャヨビョル)日本のお嫁さんとオーストラリアで仲良くコアラ暮らしをしています。堂々なるDV・性犯罪生存者。気づいたらフェミニストと呼ばれていました。毒娘で幸せです。

RANKING人気コラム

  • OLIVE
  • LOVE PIECE CLUB WOMENʼS SEX TOY STORE
  • femistation
  • bababoshi

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOPへ