地下アイドルを辞め、一人でポートレートのモデルの活動をしていた時だったと思います。その撮影会に定期的に出演する事を決めた私に、企画者の男性はこういう「良いアドバイス」をしてくれました。ツイッターでもアメブロでも自分の自宅の近所や行きつけの場所に関しては一切言及をしない方が良いと。その撮影会に参加していた元モデルだった子が何も思わず「私が住んでいるマンションの一階にはパン屋があるんだけど、いつも美味しいにおいがするから毎朝テンションが上がる」と書いたツイッターと坂を下りながら取ったかのような角度の、背景が殆ど映ってない自撮り一枚で、住んでる所がファンにバレたことがあるとのことでした。
そのファンはその子が活動している場所を絞り1階にパン屋があるマンションかつマンションの近くが坂道になっている所を全て調べその子の実家が分かったらしいです。そのファンはストーカーするつもりはなく、ただ「○○ちゃん△△マンションに住んでるの?」と一言だけのメッセージを送ったらしいのですが、それでも恐ろしいですよね。そもそも物理的なストーカーをするつもりがなかったとしても、それはサイバーストーキングに当てはまりますし、オーストラリアではオンライン上のストーキング行為やいじめ行為も処罰の対象になっている犯罪行為です。そういう法律がちゃんと成立していない日本や韓国では「そういう事をされるのが怖いのなら、SNSを削除してメアドを変えなさい」というアドバイスしかされませんから、余計女性が自分の身を守るあらゆる手段を使うしかなくなります。
しかし女性がどれだけ用心深く生活していても全ての犯罪を防ぐのは限界があります。人は誰でも「普通に社会に出て生活をしている」からです。例えば私の友達の何人かは芸能界には興味がなく、ただただコスプレが趣味で何回かコミケに出たりとしていましたが、それだけで変な「ファン」という名のストーカーが付き、イベントの帰りに後をつけられ家の近所で待ち伏せされたりすることがありました。
ですから、ファンとの模擬恋愛を商売とし「恋愛禁止」が業界のルールである女性アイドルや女性のモデル、特に「いつでも会える」地下アイドルやポートレートモデルの場合はそういう目に逢うリスクがより高くなるわけです。実際女子アイドルの中には、ファンからの殺害予告を受けたり、実際危ない目に合ったというケースが少なくありません。
純粋な女性を演じながら、恋愛は一度もしたことがなく、でもたまには水着の姿になって男を満足させるグラビアの撮影まで行わなければならない。いつもニコニコしてて何を言われても明るい姿を演じて歌って踊って、撮影会では下着と変わらないビキニ姿。それが終わると男性と手をつないだり仲良くなれば腕を組んだり軽くハグしたりとしながら「チェキ」という名でまたファンサービスを行うと言う商売。「理想の女性」が少しの金額を払えば「すぐ会える」し「触れる」と言う、即ち昼版色恋営業なのです。アイドルを辞め夜の仕事に転職する女性が珍しくないのも、きっとアイドルの活動がそういう夜の仕事の土台になっているからなのではないでしょうか。
リスクはそれだけではありません。社会には夢を見ている少女たちを騙そうとする悪い男が沢山います。役者を募集してると言い、ミニドラマに主役として出演させてあげる代わりに数十万円でそのCDを買わせると言う詐欺紛れな商売もありました。CD数十枚に25万円だから、ファンに全部売ればむしろ儲かるよ、と一瞬美味しい話に見せかけ押し売りをさせます。私は役者が夢ではなかったのでその話には乗りませんでしたが、女優さんが夢で若くて社会経験も少ない女性たちなら確かに騙されてしまうかもと思いました。
それでもマシな方です。アイドルをしながら生計のためにガールズバーで働いていると、関連業界で働いている色んな男から誘いを受けます。最初は「本当に仕事を紹介する」と言う名目で近づき、初回はその人の会社の人との会食に付き合わされ、二回目は大体二人きりで会いたいと言われます。かすかな可能性に希望を掛け、ガッカリしまた挫折することが繰り返される中、夢を諦め「パパ活」紛れなことに足を運んでしまう女性も何人も見てきました。
ガールズバーのような夜の仕事をしていないとしてもリスクは同じです。活動用のブログやSNSにはたくさんの「仕事の依頼に見せかけたレイプ企画書」が届きます。ストレートに「パンちら取らせてください、○万円払います」に書かれたDMは良心的な方です。私が経験した中で最も悪質だったのはこれでした。先ず女性 (または女性に見せかけた) のアカウントから「知り合いが新人のモデルさんを募集していますが、興味ありませんか?」と、とても丁寧なメッセージが送られます。疑いながらも一応女性だし話だけ聞いてみようと思って面接の場所に出ると、知り合いに見える男性がいました。
工事現場などで働くような服装をしていたので「何者?」という疑いが深くなりましたが、彼のバッグから出された提案書は「社会経験の浅い私」にはとても本物のように見えるくらいちゃんとしていました。だから余計混乱するのです。もう帰ろうかなと思いつつも、もし彼が本当に業界の人で、ここで失礼な事をしてしまったら二度とこっちの仕事は出来なくなるかもしれないと言う恐れもあり、思った事をすっとは言えません。
彼は「○○企業知ってるでしょう? その企業の新しいドリンクが7月に出るんだけど、今回は世間に顔の知られていない新人のモデルを起用したいと話が出ているんだ。君ならそのドリンクのイメージにも合ってるし、ちょうど良いと思うんだけど。ドリンクの名前はまだ公開出来ない」といった感じで話を進めていきます。それから見せられた条件は思わずつばを飲み込んでしまう―新人としてはあり得ないくらいの驚きの金額でした。
「このお金なら今すぐ親と縁が切れる。自分の力で大学の学費と生活費を全部払えるかも」
という色んな甘い想像が脳をよぎりました。そうやって戸惑っていると、彼はそこから本題を出して来ました。
「でもモデルの変わりはいくらでもいる。企業の偉い人たちにアピールをすることが大事だけど、貴方はどこまで接待が出来るの?」
正確な言葉は覚えていませんが、大体そういう内容の事を言われました。「情熱があるモデル」を押してあげたいのが常識だからと言う、非常識な話をされました。こっちの業界で枕営業が存在するという事は聞いてましたが、こういう事なのかなとも困惑しつつも、彼の「見合わない」服装がどうしても気になりました。しかもその話をされたのもマックの中。もちろん断りましたよ。ちゃんとした場所でちゃんとしたスーツ姿の男性に同じことを言われたとしても私は断っていたと思いますが、「元々そういうものだから」と騙されてしまう女性もいるのではないかと心配になりました。
すると、彼はイライラしながら自分の時間が無駄だったと、長々と説教をし私を帰してくれませんでした。
「貴方韓国の子だからなの? 中国人たちはね、せめて最初は何でもしますと情熱を見せるんだよ。後から断るとしても最初は積極的なのに、あんたは最初からそんな感じじゃこの業界には向いてないよ」
と私から望んでいる答えを得るまでガスライティングをし続けます。今はそっちがもっと時間の無駄なんじゃないかとは思いますけど、彼が望んでいたのはきっと「集団レイプ」。私の「自己決定権のない同意」を得るまでその場を去りたがりませんでした。もちろん彼の外見からただの詐欺だったと気づいていながらも、「この業界には向いてない」という言葉が心にグサッと刺さりました。少しでも期待してその場に出てしまったと言う事でプライドも傷つきました。幸い、その時の私には守りたいもの(今のオヨメ) がいたので、そういう虐待には二度と乗らないと決めていました。だから最後まで「やりません。出来ません」とハッキリ断れたのです。
その夜、最初にDMを送った女性 (のアカウント) からまたメッセージが届きました。
「今日何かありましたか?」
本当に分かっていないのか、しれっとした姿を演じて送っているのかは分かりませんでしたが、もう誰も信じちゃいけないと思いました。スクリーン越しには同じ男性がいるかも知れませんでしたし。私が「私はそういうことはしないので、メッセージをしないでください」と返すと、「何か問題でもあったのですか? 誤解があったのではないでしょうか?」のような返事が返ってきてた気がします。実際の相手が誰だったにしろ、私が気づいた可笑しさについて話すことで次は彼の「より完璧な計画」を立てることに手を貸すことになってしまうので、私はそれ以上何も答えず彼女をブロックしました。
もしその日彼の言った事が事実だとしたら、どれだけ多くの中国の女性が被害に遭っていたのでしょう。そこに関しては考えたくもなかったので、私は想像することを止めました。そしてその日の事は私の人生を大きく変えました。私が夢を見続けていると、運が良くデビューできるとしてもまた同じような目に逢ってしまうかも知れない。私はそこまでして歌が歌いたい訳ではない。そう思い、その後、オーディションに出ることも、オーディション雑誌をのぞくこともなくなりました。