政府は6月7日、「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針2023)の原案を示した。教育関連の主な内容は次の通りだ。
○教員勤務実態調査の結果などを踏まえ、働き方改革の更なる加速化、処遇改善、指導・運営体制の充実、育成支援を一体的に進める。
○教師の時間外在校等時間の上限を定めている指針の実効性向上に向けた具体的検討、学校運営協議会等も活用した社会全体の理解の醸成や慣習にとらわれない廃止等を含む学校・教師が担う業務の適正化等を推進する。
○わが国の未来を拓く子どもたちを育てるという崇高な使命と高度な専門性・裁量性を有する専門職である教職の特殊性や人材確保法の趣旨、喫緊の課題である教師不足解消の必要性等踏まえ、教職調整額の見直しや真に頑張っている教師が報われるよう、各種手当の見直しにより教務職務の負荷に応じたメリハリのある給与体系を構築するなど、給与方法等の法的な枠組みを見直す。
○35人学級等についての小学校における多面的な効果検証等を踏まえつつ、中学校含め、学校の望ましい教育環境や指導体制を構築していく。
この骨太の方針の中にも出てきた「教職調整額」、これが教員の「定額働かせ放題」の大元になっている。
そもそも教職調整額とは何なのかというと、話は今から50年以上前にさかのぼる。文部省(当時)が1966年に全国的な教員勤務状況調査を実施した結果、教員について月平均で約8時間の時間外労働を行っていると捉えることとした。この調査結果を踏まえて、1971年に国公立学校の教員に対し、俸給月額の4%相当の「教職調整額」を支給することになった。つまり、「月8時間の超過勤務に見合う額=給料月額4%」というわけなのだ。
給料月額4%とは、金額にしてどのくらいの額になるかというと、大学卒業後間もない、20代前半であれば、月額給与200,000円程度として200,000円× 0.04 = 8000円。
8時間分なら時給にして1000円といったところか。この金額は東京の最低賃金を下回る。
教職調整額の法的根拠は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(給特法)。1972年度(昭和47年度)から適用された。この法律を少しだけ詳しく見ていくことにする。
【公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法】
(趣旨)
第一条 この法律は、公立の義務教育諸学校等の教育職員の職務と勤務態様の特殊性*に基づき、その給与その他の勤務条件について特例を定めるものとする。
*勤務態様の特殊性……勤務時間が始まる前に、保護者から生徒の欠席連絡が入って電話対応しなければならない。生徒に何かあれば、勤務時間終了後に家庭訪問を行う。部活動が長引けば勤務時間を超える。そんなこんなの「勤務態様の特殊性」のため、勤務条件が他の公務員と違って定義されている。
問題は第三条だ。
(教育職員の教職調整額の支給等)
第三条 教育職員(校長、副校長及び教頭除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。
2 教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。
4%の教職調整額で教員の残業代を出したつもりになっている。「時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」のだから、いくら残業しても残業代は出ない。
昨今の教員の残業時間を平均すると、少なく見ても月に40時間程度。超過勤務が多い人は月100時間を超える。過労死ラインをオーバーする教員も珍しくない。
平均的な超過勤務「月に40時間」で残業代を計算してみよう。
8時間分の教職調整額を除けば、毎月一人当たり32時間のただ働きだ。
時給1000円として計算すると一年間で、32時間×12月× 1,000 = 384,000円。
年齢が上がれば教職調整額も上がる。時給1500円なら一年間で576,000円。
大学卒業を38年間働いたとして、定年までに、576,000円× 38 = 21,888,000円。
この額が支払われずに済まされている。
全国の教員の残業代を定年分まで計算するとどうなるか。とんでもない金額になることは間違いない。
普通の労働者なら割増になるはずの休日に仕事をしても、「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」。
「教員特殊業務手当」としての土日の「部活動手当」が全くないわけではない。だが金額を見ると雀の涙だ。地方自治体によって若干の違いがあるだろうが、部活動手当は、2時間以上1400円、4時間以上3000円といったところだろう。例えば土曜日に3時間、部活動の指導したら1400円の手当。時給にして1400円÷ 3 = 466.666…円 最低賃金の遥か下を行く。
くわえて、その日の交通費は出ないから、往復のガソリン代を差し引けば赤字になる場合もある。実際のところ、高速道路を使って通勤していた前任校では、週末の部活動指導は赤字だった。
こんなブラックな教育現場が世間に知られるようになって、教職員のなり手不足が深刻化している。教員採用試験の倍率は下がる一方で、2倍を割り込む自治体も出てきた。
教員が足りなくて、「臨時免許」を発行して教員不足をしのぐしかない自治体も多い。臨時免許とは、教員免許の一種で、「普通免許」を持つ教員を確保できない場合に、各都道府県の教育委員会が例外的に交付することができる免許のことだ。
この臨時免許について、NHKが全国の都道府県教育委員会に取材したところ、2022年度の交付件数(速報値)は10572件で、正確な記録が残る平成24年度以降、初めて1万件を超え、これまでで最も多くなったという。全国最多の埼玉県では1000件超、続く福岡県では900件超だったとのこと。それほど専門外の免許で教えている教員が増えているということだ。
教員採用試験の倍率の低下と増え続ける臨時免許の発行。このままでは教育の質の低下も危ぶまれる状況だ。教育は将来を担う子ども育てる重大事項のはず。小手先だけの手当増でお茶を濁すような政策では、解決できる問題ではない。
「骨太」というのなら、人を増やし超過勤務の抜本的な改善を進め、教員の賃金を値切ることなく、教員をめざす若者が増えていくような、魅力ある方針を掲げるべきだ。命を脅かす軍事費を増やすのではなく、命を育む教育費を増やす政策が、いま求められている。