TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 おむすびころりん in ドイツ
2023.06.26
NYやパリなどで、おにぎりがトレンドになりつつある、という記事を目にした。その日本の製造メーカーが現地に進出して約10年、コロナ禍以降、おにぎりの売上が伸びてきたという。
そうなのか。私の記憶では、ドイツでも同じくらいからおにぎりはアジア系の店などに登場していたと思う。ただ市民権を得た寿司と違ってなかなか浸透しなかったのが、この数年で、今やドイツのチェーンスーパーのデリコーナーでもちょくちょく見かけるようになってきて、買うわけでもないのに(だっておにぎりは自分で作ってしまうので……)「ああ、やっと!」となんだか嬉しい。
私が最初におにぎりをドイツで見たのは、10年以上前、食品見本市に出展していた、ドイツ人が起業したおにぎり屋さんだった。その製造機械は日本製だったのだが、そこから作り出されるおにぎりの斬新だったこと!「カレーチキン」はまあいける味だったが、甘く炊いたご飯の中に赤いいちごジャムが入っているおにぎりにはどうしても手が伸ばせなかった……。この衝撃のおにぎり、日本人が不得意な味とされるが、ドイツやそのほかの欧州では愛されるデザートである、白米を甘く炊いたライスプディングにジャムを乗せるデザートをおにぎりにしたというわけ。発想は理解できるが、舌がついていけない。というか怖すぎて手に取れなかった。もちろんこれらのおにぎりには海苔は巻かれていなかった。なんでも、海苔を食べ慣れていない欧州の人たちには、口の中に張りつくからと嫌がられる、とのこと。おにぎりの食べ方がわからない、ということがあるのかと、これもまた文化の違いの大きさに驚いたっけ。
日本人の在住者数が多く、和食レストランやスーパーなどが立ち並び、日本語も飛び交う通りが存在する街、デュッセルドルフでは、日本人経営の手で握る本格的なおにぎり屋さんがあって人気を集めていた。だが、それは日本文化をすでにある程度知っている人たちが集まる場だからこそ。一般になかなか見かけないのは、やっぱり海苔のハードルの高さかなあ、などと思っていた。
ところが上記の記事のように、この数年で、徐々におにぎりを一般的なスーパーやオーガニックショップなどでも見かけるようになってきた。日本のコンビニなどで見かける、テープを引っ張るときれいに海苔が巻けるようにセットされた包装の、あのおにぎりである。海苔などの海藻も、ここ何年かの健康志向で関心が上がってきたから、ハードルも低くなったんだろう。おめでとう、おにぎりよ!
そしてそれらのおにぎりの中でよく見る定番の具は、サーモン、シイタケ、えだまめ、照り焼きチキンなど。ちょっとアレンジした感はあるものの、だいぶ本来の日本の味に近づいてきた。シイタケの入ったおにぎりを食べたことがあるが、フツーに椎茸の醤油煮、つまり、佃煮っぽいものが具として入っていて、まあそれなりにいける味。シイタケだけなんてシンプル極まりないというかちょっと淋しい気もするが、これはヴィーガンメニューになるから今のトレンドにはピッタリである。最近のおにぎりの満足できるポイントはなんといっても、ご飯がちょうどよい硬さで炊けていること。何年か前に、日本人の感覚からするとぼったくりに近い値段の海苔巻きをご馳走になったときは、ごはんが見事にアルデンテ、つまり芯が残ってしまっていて、ぼったくり感がさらに高まって腹ただしくなった経験がある。だから、これは重要なチェックポイントである。
そして衝撃の「ミルクプディングおにぎり」は、今ではどこにも見かけていない。
とまあ、店頭に並ぶようになってきたので、これからもっと浸透していくことを期待しよう。だって、やはり寿司に比べると、まだまだ知名度は低いのだ。
我が子は保育園に持っていく小さなお弁当箱にときどき、梅干しを入れて海苔を巻いたおにぎりを入れてと所望するので、小さな俵型をいくつか結んで入れてやるのだが、周りの子たちからは、寿司を持ってきた!と言われるらしい。違うよ、おにぎりだよ!と教えても、子どもたちにはいまいちピンとこないらしい。まあ、知らないもんなあ。いつか彼らにもおにぎりをご馳走してあげたいなと思うのだが、ドイツの子どもが食べてくれる具の味ってなんだろう?ソーセージとかかな。
ちなみにドイツでおにぎりのような「母の味」や「お弁当やおやつに入れるもの」と位置付けされているのはケーゼブロート(Käsebrot)という、スライスしたパンにバターを塗ってチーズを挟んだものかな。これまたシンプル極まりない食べものだけど、一応、パンの種類(小さな丸パンだったり、大きなパンのスライスであってもライ麦や黒パンだったりと、種類が豊富)やチーズの種類によって、家庭の味が変わる。お母さん、またはお父さんたちがささっとこのパンを作って幼稚園や学校に行く子どもたちに持たせたり、おやつに公園などで食べさせたり。または大人もどこか出かける際にもささっと作ってタッパーウェアやパン専用の小さめサイズの紙袋に入れて持ち歩き、お腹が空いたら片手でかじる、というわけ。自らパンを焼く家庭は少ないから、おにぎりの方が米を炊くぶん手間がかかるけど、どこでも「手」で作る、というのはやっぱりそこに愛情がこもるのだろうなと思う。
そういえばドイツではネズミがかじるのはチーズやパンだが、日本ではネズミがおじいさんからもらうのもおにぎりだと思うと、昔話にもそれぞれの食文化があるんだなと気がつく。お寿司より簡単に作れるおにぎりは、いつかドイツの家庭でも見かけるようになるのかもしれない。
写真:©️ Aki Nakazawa
朝の9時前に入ったスーパーでは昨日の売れ残りが1個あるのみ。いい売れ行きですね。このおにぎりの具は、チキン照り焼きですが、他にもスモークサーモンとワカメサラダ(焼いた鮭じゃないのがドイツらしい?)、スイートチキン枝豆、ポン酢風味チキンとなかなかお洒落です。包装の開け方もちゃんとドイツ語で説明有り。
さてそのおにぎりの値段ですが、スーパーの棚に並ぶ1個の値段は3ユーロくらい。今の円安レートで単純に計算したら、なんと450円!日本から旅行で来た人が、懐かしい味を求めて伸ばした手を「どんだけ高級なおにぎりやねん!」と、驚きの声とともに引っ込めていました。やっぱりおにぎりは家で握るにかぎる!