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唯女論第四回 誰でもできる簡単なお仕事

黒田鮎未2023.06.07

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41歳になった。いきなりなんだと思われるかもしれないが、今回は個人的な話をしようと思う。実はこの連載のお話をいただいた時、私は昨今のキラキラフェミニズムや多様性という名の極彩色の暴力にうんざりしながらも、性売買の当事者として、1人のフェミニストとして、何かしら対話のきっかけだったり、丁寧な問いかけだったりをこの引き裂かれた現状に投げかけられるのでは、などと自惚れていた。落ち着いた大人の雰囲気を出していきつつしなやかに問題提起していきたいなと思いながら第3回までは書き終えた。そして言いたかったことは大体言えたのではないかなーと満足していた矢先、ここ数年続いた謎の体調不良が急に悪化した。大きな病院で原因を探していろいろ検査をしているが、不謹慎を承知で言えば、なんでもいいから何かの病気であってくれと強く願ってしまうほど私は自分の意志で主体的に休むことができない。具体的にも抽象的にも休息とはなんなのかよくわからないままここまで生きてきてしまった。睡眠時間を増やす、仕事を減らすなどが必要だとわかっていてもできない。死に物狂いで手に入れたこの生活を失うのが怖いのだ。また風俗にもどってしまうかもと一ミリでも考えてしまうのが怖い。薄給でも、激務でも、不安定な身分でも、昼(※概念としての昼)の生活はかけがえない。最近は薬を飲んでも眠れないし薬を変えても眠れない。しかしいくら慢性的に不眠を抱えているとはいえ、人間起き続けることはできないのでどこかで少しは眠ることになるのだから、それなら自ら脳の情報量&疲労感をどんどん増やすことで限界に追い込めば、自然にぐっすり眠れるかも。などと支離滅裂なことしか考えられない。前回までとテンションが違うのは、疲弊という字が服を着て歩いているかのような今の自分に何が書けるのか悩みながら書いているからだ。ぼーっとしていると中年女性の形をした石像にでもなってしまいそうで、ワイヤレスイヤホンでラジオを聴きながら家事をし、Youtube動画を流しながら積読本を数行読んでみたり、TwitterのTLをチラ見しつつツムツムをやる毎日。メディアミックス戦略だ。

そんな苦行の渦中、ある女性の呟きを目にした。

「風俗って完全に受け身でプロの女性がサクッと抜いてくれるところかと思ってたら客側も女にキスしたりとか身体を舐めたりするの?! それってもうセックスじゃん、気持ち悪い」その率直な吐露に「私も初めてそれを知ってショック。今まで風俗は浮気に入らないと思ってたけど…」というような意見が続々と連なっていた。

私はずっと疑問だった。
いったい一般女性(一般というと語弊があるかもしれないが、性産業に詳しくない、くらいの意味だ)は風俗をどんなところだと思っているのだろう?
夫の浮気は許さないが風俗は仕方ない、プロに任せるもやむなし。と考える女性達は風俗をどんなところだと思っているのだろう?

疑問が解けた。やっぱり知らなかったんだ。だからプロに抜いてもらえとか、性犯罪するくらいなら風俗に行けと簡単に言ってたんだ。
それはそのまま「セックスワークやその従事者に偏見を持ってはいけない、風俗は立派な仕事だ」などと言う人達は風俗をどんなところだと思っているのだろう?という疑問につながる。

「やりたくてやってる女性もいる」それはそうかもしれない。というかいるかいないかで言ったらいるだろう。だったらなんだというのか。何が言いたいのか。この「仕事」をやりたい女性が増えることを誰かが望んでいるとでも言うのだろうか。
「サクッと抜く」技術を磨いて何十年を生き、その道のプロとして尊敬される女性がいるだろうか。当たり前だが人間は年をとる。性産業で最も価値があるとされるもの、それは若さだ。どんな仕事でも経験を積めばその業界で信頼を得て、地位を確立し、給料も上がっていくだろう。しかし性産業では経験を積むほど、価値が目減りしていく。あからさまに単価が安くなり、相手をする客層も悪くなっていく。社会経験は身に付かず、心身はボロボロになり、時間だけが過ぎていく。

私は「詰む」前に抜け出すことができた。それは抜け出したいと思うことができたからだし、そのために努力ができる状態だったからだ。体力や適応力に恵まれていたからだ。しかしそこで「詰んだ」女性は少なからずいたはずだ。彼女達はどこにいるのだろう。
針の筵のような家から逃げ出すために男達の欲望を「サクッと抜く」夜の店に飛び込んだ10代の私が出会った年上のお姉さん達は今何をしているのだろう。

思い返してみれば、いかに効率よく「抜く」ことができるか苦心の連続だった。店には大音量でユーロビートが流れていた。しかも同じ有線チャンネルの繰り返しだ。あるお姉さんが教えてくれた。「この曲のシュポ!っていう音に合わせて首振るといいよ」何がいいよなのかわからなかったがとりあえず激しいリズムに合わせて無我夢中に首を振ったりした。それは今自分がしていることを忘れるために役立った。自分の姿を冷静に見ないために役立った。

ちゃんと化粧した方がいいよとあるお姉さんは言った。自分ではバッチリ決めていたつもりだったが下手だったんだろう。化粧を覚える前に私は、いかに顎や首が疲れないように男性器を咥えるか、匂いや味を感じないようにする為に息を止めて、どうやって早く終わらせるかを覚えた。必死で頭をふり、握った手と指を高速で上下させながら、もう一方の手で胸や性器に伸びてくる客の手を強く押し戻し、唾を出すことに集中し、吐き気を飲みこみ、滑稽な体勢を耐え、口の粘膜に張りつく精液の生臭さを酒で流すことを覚えた。狂騒のBGM流れる受付に私のポラロイドが貼られた。引き攣った笑顔の下に油性マジックで「18歳!!!」と書いてあった。

ひと1人もすれ違えない狭い控え室で仕出し弁当を食べながらサルトルの「嘔吐」を読んでいた。頭を抱えてその場にうずくまりたくなるような記憶の一つだが、きっと真剣に「実存」に悩んでいたのだろう。なんでもいいから背伸びをしたい年頃だった。一仕事終えたお姉さんが何読んでるの?と話しかけてきた。私は気恥ずかしさを感じながら小さな声で「嘔吐です」と答えた。
「嘔吐?ゲロゲロ?」喉をおさえ、えづく仕草をしながらお姉さんが笑った。「そうですゲロです」と私も笑って本を閉じた。お姉さんが屈んで下着を直した。後頭部の不自然な位置にくっついていたヘアピンがずれて金髪の隙間から黒い生え際と青白い皮膚が見えた。500円玉ほどの禿げだった。ぼんやりと、こうはなりたくないなと思った。そう思ってしまったことに、その場で大泣きしたくなった。

41歳になった私の頭頂部は禿げている。黒いパウダーを塗ってごまかしているのだが、かつてそれに気づき息を呑んだ女の子と一緒に働いたこともあったかもしれない。
「セックスワークイズワーク」と唱える善意の人たちに「お前がやってみろ」というのは、きっとよくないことなのだろう。自分が辛い目に遭ったのに、それを他人に同じ目に遭えというのはおかしい、と正しい人達はきっと言うだろう。
その通りだ。でも私は言い続ける。お前がやれ。誇りある仕事だと、他のあらゆる労働と同じだと言うのなら、お前がやれ。やってから言え。現実から目を逸らし続ける人たちに、私はきっとそう言い続けるだろう。

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黒田鮎未

黒田鮎未(くろだ・あゆみ)

輝きたくないフェミニスト。元風俗嬢。現在は非正規会社員&飲食店店員として生計を立てている頑張りだけがとりえの中年女性。最近は更年期障害におびえている。

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