中絶再考 その32 中絶薬は承認されたけど……
2023.05.31
前回、「その31 中絶薬は承認されるか(下)」の最後に厚生労働省の薬事・食品衛生審議会 薬事分科会でメフィーゴパックは承認されたと書いたけど、これはあくまでも分科会での「承認」だった。その一週間後に厚生労働大臣が所定の手続きを踏んだことで、ゴールデンウィークに入る直前の4月28日、経口中絶薬メフィーゴパックは正式に承認された……と、実は私も後付けで知った。こんな歯切れの悪い言い方になるのは、厚生労働省から国民に対する発表も声明も何もなかったからだ。
厚労省のサイトに毎日入って「メフィーゴパック」で検索していた私は、28日に「いわゆる経口中絶薬『メフィーゴパック』の適正使用等について」というサイトができたことは気づいたけど、正式に承認されたということ自体は翌日の29日の新聞報道を見るまで知らなかった。厚労省サイトのどこにも明記されていなかったからだ。こそこそと承認した……という印象しかない。
これでは1万2000人ものパブコメを書いた人たちに対して、あまりにも失礼ではないか。そもそもパブコメの結果も開示されていない。審査の中身も知らされていない。一方で、「国内で承認されていない経口中絶薬」の危険情報は、いまだに厚労省サイトのあちこちにちりばめられている。
4月28日に私が見つけたサイトの「メフィーゴパックの使用にあたっての留意事項について」には、基本的に以下の3点が指摘されている。
1.母体保護法指定医師の確認の下で投与を行うこと。
2.当分の間、入院可能な有床施設で使用し、第2薬投与後は胎嚢(たいのう)が排出されるまで(つまり、流産が完了するまで)院内待機を必須とする。3.各都道府県医師会は、医療機関に毎月販売数量や使用数量などを報告させ、監督・指導を行うこと。
3については、かなり緩くなったなぁ……少なくとも「劇薬扱い」でなくなったのは私たちの運動の成果かもしれないな……とほんのちょっと誇らしく思っていた。5月11日までは。
その日、「そういえば添付文書の最終版を確認してなかったかも」と思って、Googleで「メフィーゴパック 添付文書」のタームで検索をかけてみた。すると、すぐに目当ての文書がヒットして開いて見たら……「劇薬」の文字が目に飛び込んできた。嘘でしょ、パブコメのときにはなくなっていたのに!
改めてパブコメの際に資料として提示されていた添付文書を確認してみると、やはりそこには「劇薬」の文字はない。パブコメが行われる以前のバージョンには「劇薬」とあったよね、と仲間内で確認しあっていたものだ。ということは……パブコメの時だけ、「劇薬」という言葉を消した添付文書を公開していたということになる。批判をかわすため?それ以外に、どんな理由が考えられるだろう。
メフィーゴパックを「劇薬」扱いすることについて、ある薬剤師は「現行法下では母体保護法指定医師しか使えないので、彼らに慎重に使わせるためには『劇薬』としておいた方がいい。HPVワクチンの時のように、なにか問題が起きて止められるようなことが起きてはならない」と言っていた。でも私は、中絶薬を「劇薬」だとすることで、国民に「危険な薬」だという印象を与えることのほうが、かえって問題だと考えている。
そうでなくとも、日本では中絶薬は「危険だ」と思わされてきた。厚労省は経口中絶薬メフィーゴパックを「承認」した今でもなお、中絶にはリスクがあるという情報ばかり垂れ流している。一方、欧米では中絶薬(特にミフェプリストン)は危険だと言い募る「プロライフ派」の言説に対抗するために、主要メディアは軒並み「中絶薬は安全だ」と主張している。
たとえば、ニューヨークタイムス紙は「米国で一般的に使用されている中絶薬であるミフェプリストンとミソプロストールの有効性と安全性については、大陸や数十年にわたる100以上の科学的研究が行われています。そのすべてが、ミフェプリストンとミソプロストールは妊娠を終了させるための安全な方法であると結論付けています」と報じている。
参考リンク: https://www.nytimes.com/interactive/2023/04/01/health/abortion-pill-safety.html
「(アメリカの)家族計画連盟は、誰もが安全で合法的な中絶を、その決断をしたときにできるようになるべきだと考えています。現在、14の州にある家族計画連盟のヘルスセンターでは、遠隔医療を利用して、患者が内科的中絶を受けられるように配慮しています。遠隔医療による薬物中絶の提供は、医療従事者と患者が同じヘルスセンター内にいる場合と同様に、安全で効果的です。これは、すべての人がどこに住んでいても、必要なリプロダクティブ・ヘルスケアを受けられるようにするために私たちが行っている活動のほんの一部分です」と、サイトで宣言している。
参考リンク: https://www.plannedparenthood.org/uploads/filer_public/42/8a/428ab2ad-3798-4e3d-8a9f-213203f0af65/191011-the-facts-on-mifepristone-d01.pdf
権威あるニュー・イングランド医学ジャーナルも、「ミフェプリストンが通常の処方薬として入手できるようになる前に比べ、入手可能になった後では、薬による中絶の比率は急増したが、中絶率はほとんど一定であり、有害事象や合併症の起こる率も変わらなかった」という研究結果を載せている。
参考リンク: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMsa2109779
「(大手テレビチャンネルの)CNNが分析したデータによると、ミフェプリストンは、ペニシリンやバイアグラなど、一般的でリスクの低い処方薬よりもさらに安全です。昨年夏の米国食品医薬品局の発表によれば、2000年の承認以来、米国内で100万人がミフェプリストンを使用しましたが、この薬の使用にまつわる死亡例は5件でした。死亡率は0.0005%になります。生命を脅かすアレルギー反応に関する研究によると、ペニシリン(肺炎などの細菌感染症の治療に用いられる一般的な抗生物質)による死亡リスクは、ミフェプリストンより4倍も高いことが分かりました。FDAが提出した法廷意見書に引用されている研究によると、勃起不全の治療に用いられるバイアグラの服用による死亡リスクはほぼ10倍」だという。
参考リンク: https://edition.cnn.com/2023/03/15/health/abortion-pill-safety-dg/index.html
英国のBBC放送も、「米食品医薬品局(FDA)、アメリカ産科婦人科学会(ACOG)、その他の主要な医療機関は、20年以上にわたって、ミフェプリストンとミソプロストールの両方が安全に使用できるとしてきました。アメリカの研究によると、2段階の薬物療法は妊娠を終わらせるのに約95%の効果があり、さらに医学的なフォローアップが必要なケースは1%未満であるとされています。中絶反対運動家が、中絶薬(彼らは「化学的中絶」と呼んでいる)は危険で効果がないと発言することは増えていますが、彼らの主張は、世界保健機関や米国医師会などの主要な医療機関によって支持されていません」と報じています。
参考リンク: https://www.bbc.com/news/world-us-canada-64981719
日本のメディアはこうした「事実」をほとんど取り上げていない。医療者もほとんど知らないのではないだろうか。
イギリスの『中絶ケアの最良のやり方』というマニュアルでは、中絶に関して相談しに来た患者に対して、「目を合わせ、笑顔を見せる」、「自己紹介してこれから何をするのか説明する」、「信頼関係を築くために時間を割く」、「明確で簡潔かつ正確な情報を提供し、質問を促す」、「思い込みをしないように努め、価値観にとらわれない偏りのない言葉を使う」、そして「中絶がいかに一般的であるかを伝える」ことが記されている。
中絶ケアは多くの人が必要とする必須の医療であり、中絶薬は必要とするすべての人が安価で手に入れられるべきWHOの「必須医薬品」であることをまずは知ってほしい。
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