あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
と打ち込んで、「あけ」だけで続く文章が出てくるのだから、自分で書いている気がしないと思い、それは仕事のメールで自分が書く文章にも似ていて、Twitterで見る他人の文章にも多く感じます。「草」や「w」は嫌い。
人は模倣するものだから、いつのまにか同じような文章が増えてしまうのかもしれません。それを後押しする電子機能といったところでしょうか。
年末にPayPayが30%のポイント還元というのを始めました。各都道府県で自治体が任意に選ばれ、その地域の個人商店で買い物をすれば、期間限定で金額の30%がポイントとして還ってくるという施策です。
縁あって、東京の知り合いの本屋の売り上げを毎日見ることができるシステムを導入しているのですが、そこがまさしくその地域で、連日売り上げが前年を上回っていくのを目の当たりにしていました。
結果、月別で前年比が150%超え、敷地面積はウチの店の三分の一くらいのお店で、普段ならウチの売り上げの5割くらい(それでもすごいけど、ちがうか、ウチがすごくないのか……)だったのが、ほぼ横並びになるくらいでした。ウチより売っているジャンルもたくさんありました。
普段から丁寧な選書と接客で業界でも一目置かれているお店なので、その下地があってこそだと思いましたが、この伸び率はすごい。異常といってもいいくらいです。
この結果に希望が見えたのと同時に、ちょっと嫌な感じを受けました。
まずは希望から。
全国的に本屋は毎年減少していて、そのことの理由として、本屋で本を買う人が少なくなったから、というのがありますが、これは目くらましだった、ということです。
本屋がビジネスとして成り立たなくなったのは30年前からで、出版業界の体制が変わらない限り今後も減り続けるでしょう。
けれど、本を買う人はもともと多くはなく、本屋で本を買い求める人も一定数いるだろうとは思っていました。そこに本屋があれば。
けれど、貧困が進み物価も上がり政府は無策で、本を買いたくても買えない人や本は後回しにせざるを得ない人がこの20年くらいで増えたのではないか。30%安くなるなら買いたいと、あの小さなお店に人々が押し寄せたのですから。
嫌な感じというのは、これがPayPayの企画で、しかも還ってくるのは現金ではなくポイントというところでした。マイナンバーカードに紐づけしようとしているところを見ても明らかですが、ずっと私は、店に導入したときから、PayPayは民間企業の皮をかぶった国策だと思っています。この国が貧困の対策をせずにポイント還元でごまかしているように見えて嫌なわけです。しかも個人データの収集と管理だけは進んでいる。
コロナで多くの飲食店が時短や休業、そして閉店に追い込まれていったとき、大好きなゲイバーのマスターがインタビューでこう話していました(正確ではありません)。
「1年か2年くらいなら休業しても、店を残してやっていけるだけのお金は貯めてきた。なぜかというと、僕はこの国が僕たちのために何かしてくれるなんて今まで一度も思ったことがないから」
シビアでかっこいいと思いました。一杯800円で途切れなくお客さんがやってきて、そこが地域のコミュニティとして機能している、そんなお店です。
安保法制改悪のときは、カウンターの中で「みんな戦争がしたいんでしょ、だったらすればいいんじゃない」と投げやりにおっしゃっていました。
軍事費拡大と子育て政策がセットで語られる国会に20世紀のグロテスクを感じながら、マスターの言葉がグルグル頭を巡ります。
私は彼の「私は私」という軸が好きで、それが人を呼びこんでいると思っていて、以前「ほら、よく『みんなが言っているから』っていう人がいるでしょ、そういうとき僕は『みんなさん』っていう人がいるのね、って返すの」と言われていたことも時々思い出します。「みんなさん」をパパやママに置き換えてみてもいいかもしれません。
誰かと似たようなことを言い過ぎていないか、権力に身をゆだね過ぎていないか、その加減が難しい。そのさじ加減が上手な人や、自分の置かれている状況を言葉にできる人と一緒にいると居心地がいいし、そうありたいと思う人たちが集まってくるから、そこに共同体が生まれるのかしら、なんて思います。
そういえば前のコラム(捨ててゆく私 「ナンパ月間」)で、東京で会う約束をした40代男性ですが、会う前にコロナにかかったと連絡が入り会えなくなりました。出張最終日に予定がなくなった夜、ふと思いついて、懇意にしてもらっている出版社営業の女性ふたりに声をかけたら、飲みにつきあってくれることになりました。
先輩の方が、「このタイミングで会えてうれしい!」とやけに喜んでくれるのでわけを聞いたら、「ずっと闘っていたんです!」と、セクハラ上司を懲戒免職に追い込んだ話をしてくれました。
そいつのせいで、有望な20代と30代の女性社員が会社に来られなくなってしまったんです。定年間際のセクハラ上司とどちらを守るべきなのかは明白じゃないですか。ところがほかの男性上司に相談してもまったくらちが明かなくて、一時は寝込んでしまったくらいだったんです。そのあとセクハラについて講義するほどに話を重ねていって、ついに結果を出したばかりなんです。私たちの世代では受け流していたことももう完全アウトな時代になって、フェミニズム関連の書籍も多く出している出版社としての未来がかかっている。私は会社を辞めずに会社を変えたいと思ったんです!
後輩に道を開いた。すばらしい、乾杯!