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 2022年6月24日、アメリカの最高裁がドブス判決を下し、女性のプライバシー権を根拠に中絶を合法とした1973年のロー判決を覆したことは、全世界に衝撃を与えた。その結果、全米50州のうち17州で、古い堕胎禁止法が息を吹き返したり、アクセスを困難にする州法が有効になったりして、中絶が厳しく制限されることになった。
 これにより、たとえば流産しかけて、このままでは胎児の命は助からないと分かっていながら、胎児心拍のある限り中絶ができず、母体が衰弱していくのを見ながら胎児心拍が止まるのを待ったといったケースも出ている。違法の中絶をしたと疑われて罪に問われる可能性のために、自由に医療処置ができなくなった全米各地の医師たちから、「これでは女性の健康を守れない」「医者としての義務を果たせない」「何のための法律だ」など、戸惑いや嘆きや怒りの声も聞こえてくる。

 ドブス判決の直後、国連の人権専門家たちは共同ウェブ宣言を公開し、「ロー判決によって確立された中絶の権利を取り消すことは、女性や少女、そして妊娠する可能性のあるすべての人に対する構造的差別と暴力を国内に定着させることになる大いなる逆行である」、「今日、米国で起こったことは、法の支配と男女平等のための重大な後退である」などと厳しく批判した。
 だがこうなることは、保守派である共和党のトランプ前大統領がわずか4年の任期のうち2017年にニール・ゴーサッチ氏、18年にブレット・カバノー氏、20年にエイミー・バレット氏と計3人もの保守派裁判官を最高裁に送り込むことにまんまと成功した時点で、すでに予想されていたことだった。トランプ大統領就任時の最高裁の勢力は、保守派4人、革新派4人、中道派1人だったのに、退任時には、保守派6人、革新派3人と様変わりしてしまったのである。アメリカの最高裁判事は終身制であるため、今後しばらく米最高裁における保守派優勢の状態が続くことは間違いない。

 中絶問題のために、アメリカの司法は政治化したと言われている。1973年のロー対ウェイド判決は女性のプライバシー権に基づいて、中絶を禁止したり厳しい制限を課したりしている州法を違憲とした。それ以来、中絶の権利に反対する人々は「プロライフ(胎児生命の尊重)」を掲げた組織を作って運動を展開し、あの手この手の訴訟を通じて「女性の権利」を縮小しようと努めてきた。一方、女性の中絶の権利を擁護しようとする人々は「プロチョイス(選択権の尊重)」の組織を作って対抗してきた。2022年6月のドブス判決は、半世紀にわたる司法闘争で少なくともいったんはプロライフ派が大勝利を収めたことになる。
 ただし、アメリカのプロチョイス派にとって幸いだったのは、トランプが再選されなかったことだろう。バイデン大統領の民主党政権が、最高裁の現状に対してどんな巻き返しを図るだろうかと、密かに期待していた人も少なくなかったはずだ。そして新年早々の1月3日に、アメリカの連邦機関である食品医薬品局(FDA)が画期的な新たな方針を打ち出した。コロナ対策ですでに一部で認めていた「遠隔診療時の薬による中絶」の規制を緩和することで、事実上、アメリカ国内のどこからでも中絶薬へのアクセスが大幅に改善されたのである。
 以前は、たとえオンラインで診察を受け、処方箋を書いてもらえたとしても、処方された中絶薬そのものは当人が特定の医療施設や薬局にじかに受け取りに行かなければならなかった。それが自宅に郵送してもらえるとなると、たとえば中絶が禁止された州で暮らしている人でも、中絶が合法的に受けられる隣の州の医療機関にインターネットでアクセスして処方を受け、中絶薬を自宅に届けてもらうことが可能になる。しかも今回のFDAの規制緩和によって、従来はかなり限定されていた認定薬局の幅が大きく広がり、国民にとってよりアクセスしやすくなるとも言われている。

 ただし、世界に目を向けるならば、この方式自体はさほど突飛な方法ではない。実はコロナ禍の前から、医療資源に乏しいアフリカの国々などでWHOが中絶薬を郵送する方式をすでに採用してきた。国土が広くて医療機関に通いにくい地域も多いオーストラリアの医療機関などでも、長年実践されてきたという。これを書いている2023年1月17日に飛び込んできたニュースによると、現在、オーストラリアでは、中絶薬を処方できる人の「再認定」制度や「在庫を置ける場所」の制限についても規制緩和を求める動きがあるという。これが認められれば、中絶薬はよりアクセスしやすいものになる。

 なお、中絶薬の安全性と有用性は、コロナ禍によってより公式に認められるようになったと言っても過言ではない。2020年3月に国連機関である世界保健機関(WHO)が新型コロナウィルス(COVID-19)のパンデミック宣言を発した時、国際産婦人科連合(FIGO)はパンデミックのあいだに限定して、遠隔医療でオンライン処方した経口中絶薬を自宅に送り、自分で服用してもらう方法(自己管理中絶)を推奨した。この方式を採用することで、感染拡大を防ぎながら、必要不可欠な医療(エッセンシャルメディシン)である中絶を必要とする多くの人々のもとに届けられるようにしたのである。この推奨に従って、アイルランドやイギリスがすぐさまこの方式を取り入れ、フランスや南アメリカなども後に続いた。
 FIGOの一時措置としての推奨を受けて、オンライン処方と自己管理中絶に踏み切ったイングランドとウェールズなどで1年間この方式が採用された。その実施データを分析した結果、FIGOはこの方式が安全で有用であることを確信した。さらに女性のプライバシーも守れる優れた方法であると高く評価した。その結果、2022年3月に、パンデミック以降もこの方式を恒久化すべきだと宣言したのである。

 中絶薬の遠隔医療によるオンライン処方と女性たち自身に知識を与えて自宅での自己投薬を行わせるという方式は、もともと安全な中絶策のない世界の女性たちの必要性を満たすために考え出されたものだった。国際的に活躍するウィミン・オン・ウェブ(WoW)の設立者でもあるレベッカ・ゴンパーツ医師らは、この方式を2000年代の初めに発案し、世界各地の女性たちを対象に実施してきた。以来、すでに20年を超える経験があり、今や世界の約200国の女性たちをサポートしている。WoWはWHOにも協力して、発展途上国でもこの方法を広く実践し、その結果、WHOは妊娠初期の薬による中絶はセルフケアであると位置付けるまでになっている。
 WoWのサイトには日本語版(https://www.womenonweb.org/ja/)もあり、中絶薬に関する情報や中絶に関する世界のニュースも得ることができる。また最近、WoWは困った妊娠をしたときだけではなく、現在妊娠していなくても、妊娠した時に備えて常備しておくための中絶薬をリクエストできるようになった。
 これに関連して、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のダニエル・グロスマン博士は、2022年の雑誌『ミズ』の取材に対し、「緊急避妊薬が市販されるようになる以前、(アメリカの)臨床医は、必要なときに手元にあるようにしばしば事前に患者にこの薬を渡していました。中絶に対する制限〔が今のアメリカで強まっていること〕を考えると、中絶薬についてもこの戦略を考えるべきではないか」と述べている。
 ただし日本の場合、中絶薬を服用して自分で中絶することは、100年以上前に作られた刑法で今も「自己堕胎罪」という犯罪になってしまう。しかし、堕胎罪ができた当時は、安全に中絶を行える方法はなかったし、中絶が女性の権利だという観念もなかった。安全で確実な中絶薬が世界中で使われるようになり、リプロダクティブ・ヘルス&ライツが唱導されるようになってから3分の1世紀も経った今や、古い法律の方こそ変わるべきではないだろうか。

 世界の流れは、間違いなく女性差別撤廃のために中絶を非犯罪化する方向に向かっている。ここ数年だけを見ても、2019年から2022年にかけて韓国、ニュージーランド、メキシコ、コロンビアで次々と中絶禁止法に対して違憲判決が下されている。昨年、EUで唯一すべての場合の中絶を禁止してきたマルタでさえも、妊娠している女性に命の危険がある場合には中絶を認める法案が提出された。
 胎児尊重の路線から180度転換して、女性の権利保障に一気に突き進んだ国もある。カトリックの影響が強く、1980年代に「胎児の権利」を「女性の権利」と同等とみなす条項を憲法修正第8条に書き込んで中絶を厳禁してきたアイルランドが、まさにそうである。この国では、21世紀に入ってから中絶合法化の意識が高まっていった末に、2018年の国民投票で、ついに第8修正条項が撤廃された。その後のアイルランドの動きは素早かった。「胎児の権利」の撤廃後、女性の中絶の権利を保障するためにすぐさま中絶薬を承認し、先に述べた2020年のWHOパンデミック宣言直後のFIGOによる「中絶薬のオンライン処方と自己管理中絶」の呼びかけに真っ先に応じて、オンライン処方と中絶薬の自宅送付を開始した。

 今、日本でも経口中絶薬の承認が待たれている。しかし、母体保護法指定医師の利益団体である日本産婦人科医会が、一昨年来言っているとおりの方針が貫かれるなら、自由診療として10万円程度の料金を支払って、母体保護法指定医師のいる医療施設に入院して薬を服用し、中絶薬のことなどほとんど知識も経験もない医療者たちの厳重な管理を受けることになる。自宅で服用できるならまだしも、それも許されそうにない。
 日本では、本来女性の味方であるべき産婦人科の医師たちが障壁になって、低用量避妊薬も緊急避妊薬も広まっていかないし、利用者にとってあまりにもアクセスが悪い状態が続いている。こんな状況では、中絶薬についても使う人が増えず、下手をすると製薬会社が撤退するのではないかと心配になるくらいだ。
 刑法堕胎罪は人権侵害であり、自己堕胎を犯罪にしているのは女性差別である。自らの尊厳を守りながら、正しい情報と安全な中絶ケアを受けられるのは女性と少女の権利である。どんなに気を付けていても意図しない妊娠をすることはあるし、どうしても産めない場合だってありうる。だから、中絶薬は意図しない妊娠をする可能性のある人が自分の健康と生活を守るために必要不可欠なものであり、国は国民の権利を守るために中絶薬へのアクセスをよくするべきなのだ。

 中絶薬は、妊娠のごく初期に使えばまだ胎児の姿にならないうちに流産を起こし、妊娠前の身体に戻してくれる薬である。従来のスティグマ化された中絶手術とは全くべつものであることを、より多くの人に知ってほしい。

電子書籍『中絶薬がわかる本』アジュマブックスから近日刊行!

(Women on Web公式HPより)

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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