皆さんは反応性うつ病 (situational depression) をご存じですか?うつ病は現代人の風邪とも呼ばれているくらい皆に知られていて珍しくもない病気なのですが、この「反応性うつ」に関してはあまり知られていません。多くの人はうつ病が進んだら、精神科に通いながらカウンセリングを受け、薬を飲んだりしないと治療が出来ないと、漠然としたアイデアしか持っていないと思います。
しかしこの反応性うつ病は違うのです。まずこのうつ病は「はっきりとした原因」がきっかけにうつな状態に陥るので、原因が解決するまでうつな状態を根本的に治すことはできません。このうつな状態が長く続いてしまうと、うつが習慣になり、例え原因になるものが解消したとしても不安な毎日が続くのです。それを克服するのはまた何かの大きな事を経験したり、何らかの強い心境の変化がないとなかなか厳しいと言われます。
それではこの反応性うつの 原因になるものは何でしょうか?多く挙げられているのは身近な人の死や失恋、失業などがありますが、韓国と日本で女性として生きた私からするとその最もの理由は「自己決定権を奪われた人生」だと思います。そう、私はこの反応性うつ病で人生のほとんどを無駄にしていました。反応性うつ病を持つ私は大学の授業に出ることもでき (最低限しか出ていませんでしたが)、仕事をすることもできました (生計のためには仕方がありませんから)。友達と会って、ふざけて、もちろん笑って過ごすこともできましたよ。しかし心の底辺にあるのは「虚しさ」空っぽそのものでした。
小学6年の頃から「死にたい」という気持ちを覚えた私は痛いことが大嫌いな臆病者で、派手な自虐をすることはありませんでしたが、いつの間にかその死にたいという願望すら忘れるくらい疲れ果てていました。死にたいというのも「何かをしたい」という一種の願望ではありますから、少しの気力が残っている状態とも言えるのですが、それを超えてしまうとその状態すら疲れてしまい、「何かがしてみたい」という気持ちを一切忘れ、ただ今日も目が覚めたから生きている毎日を繰り返すのです。とは言え自殺のリスクから安全な状態ではなく、ふと何か出来るかもという気力や最後の勇気を絞り行動に移せるタイミングが出てくると最悪な状況に走ってしまうかも知れない、命綱無しで一本綱を渡ってる状態なのです。
そして私がこの反応性うつ病に掛かってしまった原因はーーー既に予想している方もいらっしゃるかも知れませんが、やはり長年にわたる親からのDVと他人からの性的な虐待でした。社会的に蔓延した女性への差別も大きな理由の中の一つです。
韓国ではこう言った気持ちを訴えると「皆それくらいの (うつの) 気持ちは抱いて生きていくもの」、「あなたより大変な人だっていくらでもいるんだから」、「それが耐えられないのはあなたが弱いからだ」とうつ病は大して深刻でない病気という認識が強いです。日本でも一度は聞いたことありませんか?「そういう(不当な)ことを耐えて乗り越えられるからこそ大人」のような被害者を責める発言です。
もちろんそれは間違っています。この前東北アジアの 7,8割がうつ病の遺伝子を持っているという研究を見ました。他の国は4,5割程度で留まっていることを考えると、ストレスに脆弱な遺伝子を持って生まれたとも言えるでしょう。しかし実際の発病率は人との適切なコミュニケーションや生活水準によって変わるということを考慮すると、うつ問題は遺伝子よりも生活環境や文化などの影響をより強く受けているのではないでしょうか? 実際人口密度が高い程、人の精神衛生が悪くなるという研究結果もありますからね。
そこで私は女性のうつ病が男性の倍に多いことに着目しました。韓国のある調査によると、男性のうつ病の主な原因は社会からのプレッシャーや過度な業務などにある反面、女性の場合は不明。女性ホルモンが脳に何らかの影響を与えているのではないかという仮説だけ立てられていました。女性ホルモンのせいで女性は感情的になる―ヒステリーと言う言葉は子宮を意味するギリシア語から来ているので、「女性はヒステリック」という説もこう言った理由から来ているでしょう。しかしそれは社会が女性への虐待問題から目をそらしているからなのではないでしょうか。私はそう信じています。
先ずこの女性のヒステリーに関する問題。心理分析の創始者であるフロイトから始まった研究ですが、実はこの言葉にも女性虐待が隠蔽されています。当時フロイトは多くの女性を研究している間、精神的な病気に悩まされる女性の多くが親族を含めた色んな男性からの性的虐待やDVに晒されていることに気づきました。しかし当時こういった精神鑑定を受けられるのは金や名誉をもった権力のある家系の貴婦人やお嬢様だけ。よって彼女たちを虐待した加害者はほとんど貴族の男性だったのです。それを世界に知らせたくなかった貴族たちは大きく反発し、フロイトは仕方なくその理論を一度撤回したと言います。(Why does he do that? -Lundy Bancroft著より)
それで今現代ではヒステリックと言う言葉は少しでも性格が悪い―またはある程度年を取った女性を貶すような言葉として使われるようになりました。女性のうつ病問題が「反応性うつ」よりこう言った女性ホルモンに焦点が合わせられるのも、もしかしたら歴史に渡って行われた女性虐待を揉み消すためかも知れません。
若いうつ病患者を調べると、性別によってその症状も別れるようです。男性の場合は不満が多くなったり、疲れやすくなったりする症状が多い反面、女性は多くが自尊感情の低さ、悲しさ、罪悪感を感じていると言います。その自尊感情の低さや罪悪感は何の理由もなく形成されるわけがありません。だとしたら社会は幼年から女性が経験する性差別や虐待などにもっと注目をするべきではないのでしょうか?
更年期からのうつ病問題も同じです。更年期を迎えた多くの女性はこう訴えます。「もう女性として終わった気がして悲しい」と。「子供が産むことが女性としての役目」、「生理が終わったら女じゃない」などの人々が作った偏見から来る自己否定―それでも女性のうつ病は本当に女性ホルモンが起因したと言えるのでしょうか?
韓国にいるある精神科の医者が言った言葉が頭をよぎります。
「精神科にはね、本当に来るべきやつらは来ないんだよ。何の問題のない人ばかりが来て治してください、と来るの」