このところ、私のまわりで退職や引退でリタイア宣言する声が届いている。
先日、そんな同世代フェミニストカウンセラーたちと、これからどうするの? と会話がはずんだ。
認定カウンセラーとして経験を積んできた力のある人たちが、現場を離れるのは惜しいとしか言いようがない。それでも「これからは自分のペースでやりたいことをするの」とフェミの気概は健在なり。アラカンを越えた女たちのリセット後の姿も楽しみである。久しぶりにそんなことを気兼ねなく話せる時間を楽しんだ。加齢や体力の限界を受け入れて、現役並みの仕事は手放すときがくるし、やむを得ない。それでも「まだやりたいこと」を語り合うパワーがうれしかった。
私も仕事優先だった生活から少し身を引いてみると、暮らし方はずいぶん変わった。まだやり残していること、もう少しやりたいこと、できることもある。今の身丈にあう程度を信条にすると、とても身軽でサッパリした気分でいる。
ということで、この秋は絶好の旅行日和も手伝って、気が向くままふらりと出かけたり、短い旅を楽しんだり、そんな暮らしにとても満足している。
一方で、所属のフェミカンルームにはDVや性被害、虐待の相談は変わらず寄せられていて、私が引き受けているケースはまだ続くし、その責任はまっとうしていきたい。最近はこれまでになく深刻な性被害の相談が増えているからでもあるし、トラウマカウンセリングは始めた以上、長い時間がかかるのは覚悟の上だから。
今そういうケースが増えているのは、やはり社会に性暴力の問題意識、認知が広がったことのあらわれといえる。自分の問題に気づくのに時間もかかるし、声をあげる人ばかりではない。ただ、これまで以上に「なかったことにしたくない」との思いを持つ人が増えている変化は感じ取れる。
セクハラの告発をはじめ、#MeToo運動やフラワーデモの声は、深く静かにその人たちに届いている。私たちの言葉と行動の影響は目に見えてきている。人を、社会を、動かしている。小さなカウンセリングルームからもそれが見えている。そう実感する。
そんななか、ある地方都市の女性講座が面白かったので紹介したい。
45歳以上の女性を対象にした静岡市女性会館主催の女性カレッジで、タイトルは「もうひと花咲かせる~セカンドキャリアデザイン」。
講師打診の話を受けた夏、私は「生理」や「フェムテック」にはまっていたところで、女性のカラダと生き方をテーマにしたおとなの講座ならもちろん、と引き受けた。それに加えて、夏休みに10代を対象に「Z世代のための生理フェス」を企画中と聞いて、さすが、目のつけどころが素早いねぇ! それならラブピ―スクラブの商品もいいよ! と担当者を紹介することができた。講座の「触る! 生理グッズ」コーナーでは、実際に最新の生理グッズを手に取って触ってみて盛りあがったと聞いた。(詳細は『静岡女性会館情報誌WAVE』vol.96・97 合併号2022.11掲載)
ジェンダーもフェミももちろん知らなかった私の思春期、当たり前に必要な「生理」や「性」の教育を受けられず、自分のカラダのことをあまりにも知らなかったことに悔いが残る。自分のカラダなのに、知るべきことを知らないでどうすんだ。正しい知識があれば、私の生理も避妊も中絶も、きっと違うストーリーになったはずだ。でも、今からでも遅くないよね。まだ終わったわけじゃないんだから。
さて、その女性講座は、初め50歳以上が対象と聞いてたけど、45歳に見直して正解だと思う。閉経の平均年齢が50歳で、更年期はその前後5年で10年もある。それにアラフォーとアラフィフでのメンタルは大きく変わることも考えなくちゃ。
月1回、土曜の午後2時間半の7回、ボランティア体験やフィールドワークなども取り入れた講座には、募集人数の倍の応募者で抽選になったそう。へえ~、そのあたり、ニーズあるんだねえ。受講者は40代、50代、60代が同数程度。受講動機には、自分の「もうひと花」への思いが様々寄せられていた。
「リタイア後の人生後半の私の可能性を見つけたい」
「これからは自分のために何かをやりたい」
「環境や関係を見直してやりなおすチャンスにしたい」
「残りの人生をこのまま終わらせたくない」
「不満があるわけではないけれど、このままでいいのか」
「これがあれば生きていける、そんな心のより所をまた持ちたい、探したい」
「原点に戻って、自分がとりくめるライフワークを見つけたい」
(一部、適宜抜粋)
さて、私のミッション、焦点はどこに置くか? 「もうひと花」と「キャリアデザイン」の前に考えたいことは……。結局、タイトルは、「生きがい探しをする前に」とした。
講座の様子を紹介したい。
今置かれた立場で、これまでの「当たり前を疑ってみる」と何が見えてくるか?
「ある、ある、私の#MeToo」はどんなこと?
私だって、ある、ある、だらけ。残念だけど、ないわけがない。
そんな風に少人数でのトークタイムは、安心して話せるから自己開示しやすい。特にジェンダーは自分だけの問題じゃないと、構造的な社会にある課題として見えてくる。ジェンダーって、自分で自分を縛っていることだけど、それはふだんは考えていないものだから。ジェンダーバイアスは巧妙に仕組まれた、見えないようにされてるから。誰にでも、どこかで目をつぶってきたものがある。特にそこに自己犠牲を払ってきたとしたら、自分に「もういい加減にしろよ」と言いたい時期がくるのは当たり前でしょう。
新たな「生きがい」を見つける前に、そこを見直してみるのはどうですか?
講座ではそう問いかけた。「私」は何が満たされてないのか。自分で押し込めていたもの、忘れていたものがないか、しまい込んだ引き出しから取り出してみるのもあり。もういいよ、好きなことをやりたいんでしょ? 出直したいともいえる? そんなトークタイムは自分だけでなく、他の人の声を聴いて共感しあえる大切なシスターフッドの時間になった。私だけの問題だと思っていたことが、実は個人的なことじゃなく、私たち女性に共通の問題だと気がつけるのだ。
パーソナル イズ ポリティカル。
自分への縛りがジェンダーバイアスであり、世間がそうさせようとする外的抑圧のプレッシャーだったと気づくと目が覚めてくるだろう。あ~、この苦しさはすべてジェンダーだったんかい! と。
システムをひっくり返すことは難しい。でも、世間のからくりや「正体」がわかってくると、これからの自分の選択肢が変わるし、なによりも生き方だって決め直せる。
My Life is Mine.
私もそうして目が開いた、なんてこった! そういうことだったんかい! 私が彼女たちに目を向けてほしかったのは、それ。彼女たちが探そうとしているこれからの「何か」、人生後半の自分が探そう とする「何か」を求める前向きなエネルギーがゆっくり充満していく時間だった。
最後に、講座の感想の一部を紹介したい(主催者了解の上、一部抜粋。感謝)
<気づいたこと>
*女性に陥りがちな思考と行動パターンがあること。
*自分に何が起きているのか、まず把握することが大切であること。
*私の人生は私が決める。探してみる前に自分を振り返ってみる。
*自分の気持ちに目を向けると問題が見えてくること。
*自分を苦しくさせる気持ちに目を向けると自分の求めているものがわかってくる。
*自分の中でジェンダーの固定観念があるかもしれない。
*自分の言葉と行動で世の中を変えられる。フラワーデモのように。<講座の感想の一部>
*私が時々生きづらいなと思うときは、外的抑圧ではなく内的抑圧なのだと気づいた。
問題の正体に気づくということがいちばん大事で、よかれと思ってやってあげ……たのに……と後でモヤモヤすることが多く、「自分を大切にする」人との関わり方、自他分離、私は私で境界線をしっかりつけて、安心安全な場所を作ることが必要だと気づきました。
*自分がいかに内的抑圧に苦しんでいたか。今まで漠然としたモヤモヤや苦しみが、これだったのかと納得でき、楽になった。
* 自分自身を人と比べたり、マイナスに考えてしまったり、孤独を感じたりするのは自分だけかと思っていたが、みんなそうだと知り、安心した。
*これが当たり前だと思っていたことや自分でも気になっていたことを様々な情報から伝えてもらえた。また、自分も相手も大事にすること、女性が男性社会の中でそうさせられてきたことへの疑問やおかしさについて声をあげて変えていきたい。
*今まで外的抑圧や内的抑圧について考えたことがなかったけれど、自分のあるあるが意外に多いことに気づいて驚いた。
*職場や家族の中での自分がとても抑圧されていることにあらためて気づいた。最近の気が重いことや考えがまとまらない感じはそれか! と。自分の気持ちを言葉にすることができて、少し楽になった。
その他、生理や日本の中絶事情と性教育、フラワーデモの話題もダイジェストでつめこんだ。
私たちには「言葉」が必要だ!
自分のモヤモヤを意識して「名前」をつけると、物事をとらえなおして概念化できる。「生きがい」という、私が探している何かは、自分の渇望や飢え、満たされない思いの裏返しでもあるのだから。