この原稿を書いている10月29日の日曜日、私は楽しい朝寝坊をした。年に一度、夜が1時間増える日があって、起きて目にするアナログ時計の針は8時を指していても、スマホのデジタル時計は7時。もうけた1時間をぬくぬく無駄に使ってしまうのだが、それがなんともうれしい。
10月の最終土曜から日曜に移り変わる時、ヨーロッパの時間は夏時間から冬時間に切り替わる。その分、3月の末には逆に夏時間になるから、その時は睡眠時間が1時間減るわけで、こっちはちっともうれしくない。今日喜んでいるのも朝三暮四なのだが、せっかくなら楽しんだほうが人生は楽しい。
私はたいてい寝ているので、朝起きて知るのだが、寝ないでいれば日曜の朝3時に時計の針を2時に戻して、2時から3時までを2回楽しむことができるらしい。シンデレラの馬車がカボチャに戻る午前零時でなく、なぜこんな中途半端な時間が選ばれたかというと、社会的経済的に最も活動が少ない時間だからだそうだ。
言われてみれば「草木も眠る丑三つ時」とは正にこの時間ではなかったか。なるほど一般的な活動は少ないかもしれないが、犯罪が起きた場合は、アリバイ崩しが少し厄介かもしれない。などと考えていたら、この時間、泥棒諸氏の活動はやはり増えるのだそうである。
夏時間になる時は逆に2時になると時計の針を3時まで進ませるので、2時から3時の1時間が消えることになる。消えた1時間に立ち会うのも、ひょっとして面白いかもしれない。
そんな楽しみのためだけにでも、私は夏時間冬時間があっていいと思うのだが、そういうのは実は少数派だ。2019年に国が行った調査によるとフランス人の8割は廃止に賛成している。
夏と冬で時間を変える制度は、1976年、オイルショック後のフランスで、夜間の照明を減らして石油の消費を節約する目的で導入された。ところがその後、照明システムが進化したため、今では照明の節約効果は0,07%まで落ちている。
一方、時間の切り替えには弊害が叫ばれている。全国交通安全監視機関は、特に冬時間になる11月に、10月にくらべて事故が42%増えると報告している。主に学校や仕事が終わった17時から19時の帰宅時間が、1時間早く暗くなるため視界が悪くなるのが原因だ。また、時間の切り替えが心臓発作を増やすという説もある。健康に関するデメリットは、科学的に証明されたとは言えないものの、決して否定されていない。
このようにメリットが減り、デメリットのほうが強調されるようになったため、欧州議会は2019年に時間の切り替えをやめる決定をした。当初は2021年に廃止されるはずだったが、コロナの流行も重なって延期され、2022年の今日もまた夏時間から冬時間に移行が行われている。
欧州は1998年から夏時間冬時間の切り替えを一斉に行ってきた。廃止することは一致したものの、夏時間に統一するか冬時間に統一するかで欧州各国が割れているのだそうだ。フィンランド、デンマーク、オランダなど北の国は冬時間、スペイン、イタリア、フランスなど南の国は夏時間を維持したい。笑い話のようだが、日照時間が異なる北と南では利害が一致しないのも仕方ない。そこにウクライナ戦争が起こって、欧州には時間のことなどより優先的に話し合う課題がある、と先送りされた模様。
今年は、「最後か?」というタイトルの記事やニュースをよく見かけたが、どうも来年も同じ光景を目にすることになりそうだ。私は来年も、もうけたような気分で朝寝坊ができるかもしれない。