今年の夏は猛暑だったドイツも9月に入るとあれよあれよと気温が下がり、カラカラだった大地に恵みとなる雨も降り続き、いつもの寒くてじめっとした秋がやってきた。
日中は20度近く気温が上がることもあるが、朝晩は10度近くまで下がる。ドイツでは一般的な「暖房をつける期間」の開始日である10月1日よりも前に暖房をつけ始めた人が多いのだろう、すでに煙突から水蒸気がもくもく上がる家もあったし、我がアパートのセントラルヒーティングも水が流れている音はする、ただし階下で。
10月に入っても我が家はまだ暖房をつけていない。平日の昼間は子どもは保育園にいるし、大人はしっかりフリースやセーターを着込めば、まだ過ごせる。隣の建物に住む友人一家もまだ暖房を入れていないと言う。ほら見て、と暖かそうなワンピースをめくって、タイツやレギンスを重ね着した足を見せ、階下にルームシェアで住む南米出身の学生たちがガンガン暖房を入れているので、その余熱が上がってくる暖房のパイプに洗濯物をひっかけていると友人は笑う。
でもこんなに私たちが節約しても、共有分として暖房費の5割は必ず負担しなければならないのが集合住宅の不条理というか・・・。
昨年末からずっと言われてきたエネルギー価格の高騰がいよいよ身近に迫ってきた。そもそもコロナ禍からの経済回復政策に伴って、世界的に電力需要が増えたため、液体ガスや石炭などの発電用燃料が不足し始めたのが原因となった価格高騰は一年前くらいからニュースの話題にはなっていた。
先駆けてイギリスでは先の冬の時に電力価格の高騰で家計が逼迫している話をときどきニュースで耳にした一方で、その頃のドイツではまだそれほど身近な話題ではなかった。
ドイツのエネルギー料金の支払いシステムはたいがい、前年の使用量をもとに年間の使用量を想定して料金が決まり、過不足分は年の終わりに精算されるという仕組みだから、じかに払う料金はすえ置きのままだったのだ。
ところがウクライナ-ロシア戦争が始まってから、ロシアからの天然ガス供給に頼ってきたドイツは一気にエネルギー不足へと突き落とされた。
なんとか別ルートの供給を求めるも、価格は当然今までよりも跳ね上がる。ガスは直接使用されるだけではなく、発電などにも使われるから、結果として電力コストも上がる。一番値段が跳ね上がっているのはガスだが、石油も、そしてそれらにからんで別のエネルギー原材料や一般家庭の暖炉の薪までが値上がったり売り切れたりし、戦争が始まって以来、繰り返されるエネルギー価格の報道が、春を過ぎ、夏を過ぎ、時間を追うごとに頻度が増えている。
南欧などをのぞいて、ヨーロッパの冬は基本的に寒い。だから暖房費という費用の種類があって、集合住宅に住んでいると管理会社を通してこの暖房費を含めた管理・共益費の請求が届くのだが、この管理・共益費の年間の精算金は通常の2倍以上、70平方メートルの一般的なアパートの 軒につき、2000〜3000ユーロ(約28万〜42万円)になり得るとも言われている。で、ここに含まれるのは暖房費やアパートの共有部分の電気代のみ、その他各家庭で使用する電気代は別に払っているわけで、こちらのコストも同じ状況、となると、一家庭についてのエネルギーコストの今年の精算費として、来年初め頃に何千ユーロの勘定が届くだろう、という想定に国民の皆の背筋が寒く凍りついている、というか、想像を超えていて思考が固まっているという状況なのだった。
先日のとある報道では、ドイツの電力の先物価格が昨年と比べて10倍以上に跳ね上がったというし、いったいその増額の幅も、2倍がくるのか、それとも10倍がくるのか、情報も錯綜していてよくわからない。もう半年以上、政治家たちは手を打ちますと言っているけれど、具体的な案はさっぱり聞こえてこない。
前回の記事に書いた、一人に300ユーロのエネルギー補助金を支払う策はすでに始まっているが、これも実は収入のうちとして課税されるので、会社を通して受け取る勤め人の人たちは、すでに税金が引かれて半分くらいになる人もいるんだとか。勤め人だって、そんなに余裕ある人ばかりではなかろうに。しかも300ユーロの支払いが1回限りである。焼け石に水だよ。
このエネルギー危機のトップの対応者であるはずのエネルギー・経済大臣(前職は作家)にいたっては「この冬は工場などをいったん止めてもらわねばならないかもしれない」と発言して炎上したりとまったく頼りない。いったん止めたらもう破産、経営は簡単に戻せないんですが。コロナ禍でもなんとか生き延びることができた産業にも、トドメの一撃である。
この政治家たちももう、自分たちがいったい何をやっているのか、このカオスの状況をよくわかってないんじゃないかとすら思う。
8月の終わり、とある取材のために老舗のパン屋を訪れた。インタビューに応じてくれたのは父親から経営を引き継いだ30歳前後の女性社長である。
都市ガスを使ってパンを焼いているこのパン屋では、もしガスの供給が止まればもちろん店は営業できないし、そうでなくてもガス価格の高騰が続けば廃業の危機すらあるし、周辺の老舗のパン屋はどこも危機に瀕していると語っていた。「こんな状況でもウクライナへの支援は支持しますか?」というちょっぴり意地悪な質問をその彼女にこちらが出すと、こう返ってきた。
「もちろん支援は続けなければならないと思っている。でもこのガス価格の高騰はウクライナやロシアだけが原因じゃない。そもそもうちの都市ガスはオランダから供給されているのに、ガスが止まるというのはおかしいし、価格だって政治の采配で変わるはず。政治が悪い!」キリッとした顔立ちの彼女は、怒りを込めて、そう言い放った。
別の見本市で訪れたフランスの製造業の女性社長も同じことを言っていた。
「この秋からエネルギーコストが8倍になる。工場をどうやって稼働させていけばいいのか・・・」
その彼女が続けた。
「新しくイギリスの首相に就任したリズ・トラス氏の就任後初の動きが、高騰し続けるエネルギーコストの負担を一つの家庭につき、2500ポンド(約41.3万円)まで抑えるという政策案なのよ。フランスもそうなってほしいわ!」
いやほんと、ドイツもそうなってほしいです!
上記の取材バスのドライバーのドイツ人のおじさんも言っていた。「こんな状況になったのは、ロシアの安いガスに頼り、一方でコストがかかる再生エネルギー設備への投資を充分にしてこなかったドイツの過去のエネルギー政策に責任があるし、なんといっても悲劇なのは、プーチンの賢さに勝る政治家が西側にいないことだ・・・」
そのおじさんがこんなおもしろい話をしてくれた。何年も前に、電気をまったく使用しない一家に密着するテレビ番組を見たときのこと。小さな子どもも老人もいるその家族が冬でも電気なしでちゃんと生活できていたのだそうで、その中で登場したのが植木鉢を使ったDIYの火鉢。サイズの異なる火鉢を逆さまにし、互いの間に数センチの隙間ができるように重ねて、金属製の棒とネジで受け皿に固定する。そしてその下の受け皿にティーキャンドルを4個以上並べて灯すと、あら、暖かい空気がそこからふわーんとただよってまわりを温めるという仕組みなんだとか。
へえー、おもしろい。その話を友人にしたら、普段からいろいろな手作りに勤しむ彼女は早速その数日後、「作ってみたよ!」と自作の植木鉢の火鉢の写真を送ってきた。はやっ!
なんでも彼女いわく、検索したら大手のDIYセンターの作り方解説ビデオとか、おしゃれな模様を植木鉢に描いた自作の火鉢を売っている人だとか、たくさんの情報が出てきたそうだ。数個は欲しいから、一緒に材料費分担して作ろうとの誘いに乗って、我が家も2個分の材料を入手し、早速組み立ててみた。
思ったよりも小ぶりの火鉢だが、受け皿にまずは4個のキャンドルを並べてみると、温かい空気が上部やまわりに徐々に漂い始める。内部は約80度、外側の鉢は50度くらいまで熱くなるのだそうで、ヤケドやロウソクの火に注意が必要だが、キャンドルの数を増やし、ともし続けると、けっこう暖かさを感じる。
私の6畳ほどの仕事部屋ならこの火鉢を置いて1時間ほどすると、それなりに暖かくなる。ティーキャンドルは100個入ったパックが4〜5ユーロほど。1個で約4時間燃え続けるから、1回4時間火鉢を使うとして20セント。1日8時間使ったとして40セントが30日で、一部屋につき、月に12ユーロの暖房費か、なんて。
このティーキャンドル暖房というもの、かなり以前から存在するDIYアイデアなのだそうで、冬場にローテーブルの上に置いたり、さらに工夫して上部にもう一つ受け皿をつけてそこにティーポットを乗せて温めたりと、まさに火鉢じゃん! という使い方なのだった。ロウソクを燃やすので、火事や換気に十分気をつけなければならないけど、おもしろいアイデアに心もちょっと温まる。
というわけで我が家はまだ重ね着と、ときどきつけるこの火鉢で寒さをしのいでいるのだが、この「寒さ耐久レース」をいつまで続けるのか、どれくらいの寒さになったら暖房を入れるべきか、なんかその判断がよくわからなくなってきたりしていて……。
でもこんなに頑張っても、結局半分は他の住民と同じく暖房費を負担しなければならないのよね。なんだか理不尽さも感じる今日この頃ですが、本当に今年の冬はどうなることやら。
写真:
©️: Aki Nakazawahttps://www.lovepiececlub.com/column/18673.html?preview=true
これがそのティーキャンドル暖房ことTeelichterheitzung。素朴で、流行りの「ヒュッゲ」な感じじゃない? なんて思ったりして。でもね、「火鉢だけで過ごす冬」にならないようにと願うばかりです・・・。