ラブピースクラブはフェミニストが運営する日本初のラブグッズストアです。Since 1996

banner_2212biird

TALK ABOUT THIS WORLD ドイツ編 「ベビーカーを押す男とヴィーガンのソーセージを選ぶ男」

中沢あき2022.07.04

Loading...

日本では猛暑が続く中で選挙戦が繰り広げられているようですが、真夏日となった先日、私もデュッセルドルフの在ドイツ日本領事館で在外投票をしてきた。これまでは早めに投票用紙を取り寄せて郵便投票をしてきたのだけど、戦争の影響で航空郵便事情が不安定な今、それでは絶対に間に合わないだろうとみて初めて領事館まで出向いた。ちょうどドイツはこの夏、毎月9ユーロで近距離交通網が乗り放題というチケットが販売されているので気軽に行けるし、ついでに家族のお出かけも兼ねてみた。かの有名な日本人街で大好きなアンパンやメロンパンやアイスを買い食いしつつ、初めての街並みに子どもは大はしゃぎ。

デュッセルドルフはここノルトライン・ヴェストファーレン州の州都であるだけあって、金に任せた大開発っぷり。数年前まで中心街のあちこちが工事中で車やバスが大渋滞して大変だったのが、ピカピカすっきりのモダンシティになっていてビックリした。ここで学生時代を過ごした夫と私も、東京の一角みたい、とつぶやくほど。

さてこの州都ではつい先頃、新しい州政府が発足した。5月に行われた州議会選挙で勝ったCDU党と緑の党の連立政権下での行政となる。その政権を率いる州首相が、CDU党の46歳のヘンドリック・ヴースト氏だ。といっても彼は、昨年のドイツの連邦議会選挙で連邦首相候補に立つために州首相を降りたアーミン・ラシェット前州首相の後継として、州交通相から躍進して州首相となっていたので、今回は続投という形になる。連邦議会選挙の時は当時のメルケル首相/CDU党首の後押しがあったにもかかわらず、結局ラシェット氏が負けて対抗馬だったSPD党のオラフ・ショルツ氏が首相となり、連邦政府はSPD、FDP、緑の党の連立政権になったが、今回のノルトライン・ヴェストファーレン州の州選挙は、その連立政権があまりうまくいっていない、特にSPD党とFDP党が支持率を落としていることがあらわれたと言われている。州選挙結果は長らくSPD党の支持が堅かったはずのこの州でCDU党の圧勝、そして勢いのある緑の党との連立ということになった。

ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツの中でもっとも居住人口が多く、また工業が盛んな地域を含むドイツ最大の州であるため、この選挙は国政にも影響を与えるとして随分前から注目されてきた。昨年末くらいには続投を目指しての立候補を表明していたヴースト氏だったが、その頃ある新聞記事のヘッドラインが目にとまった。「ベビーカーを自分で押す男か、ヴィーガンのカリーヴルストを選ぶ男か」

「ベビーカーを自分で推す男」は昨年ラシェット氏の後継として州首相になった際の宣誓式に、生後7カ月の娘のベビーカーを押しながら妻と並んで登場したヴースト氏が、多忙な中でも家族に時間を割く家族想いと評判になったからだ(ちなみに今回の州選挙の時もやはり彼は自分でベビーカーを押して登場した)。一方は、労働者層に支持が厚いと言われてきたSPD党からの候補、トマス・クッチャティ氏が、庶民派をイメージづけるカリーヴルスト(ドイツ名物のカレー粉とケチャップのかかったソーセージ)でも彼が選ぶのはヴィーガンソーセージという、環境保護や健康志向に関心が高いいまどきの若手の世代である、という描かれ方だ。そしてこの二人が州首相の座を争ったのだが……。

この記事、ドイツの大手新聞Zeit(ツァイト)紙のオンライン記事だったのだが、私が関心を引かれたのはその内容よりも、このタイトルの付け方だった。もしかしたら彼ら自身がそれらのことをアピールポイントとして使っていたのかもしれないが、いまどきベビーカーなんて男でも自分で押すだろ? というか、もっと高齢の男性だって孫がのったベビーカー押してるよ。職場に連れてくるのは確かにめずらしいが、これだって特別な式典とか投票所へとかだったら普通だよね。それにソーセージがヴィーガンだからといって、そのことが良い環境政策と結びつくとは限らない。関心をひかれたというよりツッコミたくなったわけ。これ書いた男性記者が何歳だか知らないが、この価値観はまさに古き保守だよなあ。だってこういう視点で政治を描くなんてさ。そしてこれを読んだ人たちは、じゃあ、そんな人間だから共感できるし、政治を任せられる、と単純に考えたりするのだろうか。だとしたら政治のキャンペーンって、ドイツも日本に負けずに結構ひどいぞ……。

日本でよくある、政治家(やそのほかマスコミに登場する人たち)が不倫や恋愛関係や家族関係で叩かれる、あの手の騒動はドイツにはない。なぜなら基本的にドイツでは、公私を分けて考えるからである。当事者にとっては大ごとで気の毒だが、私の住む国や場所の政治には他人のプライベートは全く関係ない。いや、そういう人間は信頼できないからと考える人もいるが、他人のことはあくまでその当事者でなければわからないことなんてたくさんある。犯罪を犯しているならともかくとして、彼らが政治家として政治をまっとうにしてくれれば彼らの私事は有権者の私には関係ない。しかしなぜかメディアは政治の問題の詳細はスルーするくせに、こういうプライベートの詳細は全力で報じようとする。そのエネルギーを別の方向に向けてくれればいいのに。そもそも、いい人だから政治家として信頼できる、なんていったら、あの問題だらけの日本の政治家たちだって、実際に会えば「いい人」「やさしいおじさん」らしい。でもそんなことは私の社会や生活とは関係ない。肉食だろうがヴィーガンだろうか、妻と子どもを愛する家庭人だろうが不倫中だろうが、私の暮らしには直接関係ない。

さあ日本は参議院選挙だ。日本のマスコミが今、何を報じているのかはよく知らないが、どうか投票に足を運び、そして「いい人だから」という点だけで投票を決めないでほしい。あなた自身の生活そのものにどう関わるのか、そのことを、選挙までの1週間でも数日でもいいから冷静に真剣に考えてほしい。

さて件のノルトライン・ヴェストファーレン州選挙の投票率はなんと、55.5%と1950年以来の最低率だった。有権者のほぼ半分のうちでの支持数なんて、支持されていると言えるのかどうか……。「CDU党の圧勝」という報道の表現がなんだかスッキリしない。もちろん棄権した者は文句を言える立場にはないだろうが、それにしても、である。日本の投票率の低さが問題だとずーっと言われきたが、同じ問題をドイツで見始めるなんて思いもしなかった。棄権は本当にまずい。しかしこれは、実は国民が無関心というより、国民が政治やマスメディアに呆れて愛想を尽かした結果でもあると思う。選挙戦でも対抗馬のクッチャティ氏からツッコまれていたが、ヴースト氏は州首相として昨年秋冬のコロナ政策で混乱を招いていた。ワクチンのブースター接種を1カ月間隔で打つことを推奨してみたり(その数週間後に欧州医薬規制庁から、短期間でブースター接種を繰り返すと自己免疫を損傷する可能性があるとの警告が出た)、ワクチンの未接種者を懲らしめるなどの発言をしたりと、結構軽率というか迷走ぶりを垣間見たのだが。今後の4年間が不安だなあ。


©️: Aki Nakazawa
うちの町では買えない日本のパンは美味しい! 暑い中、抹茶メロンパンやアイスをかじりながらついてきてくれた子どもは、母の投票も父の投票にも付き添ってくれてます。
週末に行ったら混むかしら、と思っていた領事館の投票所は思いがけず静かでした。別の日時には混んでいるような状況であればいいなと思うのですが……。棄権したら、政治に文句は言えなくなる、と思って、その理由だけで投票し続けています。

Loading...
中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

RANKING人気コラム

  • OLIVE
  • LOVE PIECE CLUB WOMENʼS SEX TOY STORE
  • femistation
  • bababoshi

Follow me!

  • Twitter
  • Facebook
  • instagram

TOPへ