TALK ABOUT THIS WORLD フランス編 大統領選「第三回投票」に向かって
2022.05.07
4月24日の大統領選で現職マクロンを再選したフランスでは、6月の国民議会選挙に向けて、勢力の再編が行われている。
大統領選第二回投票の決選投票は5年前と同じ、極右政党RN(国民連)」のマリーヌ・ルペンと現職マクロンの一騎打ちだった。フランスに極右の大統領が誕生してはと危機感を持つ諸外国政府もこの結果を歓迎していると聞く。
しかし敗れたとはいえ、ルペンは2017年に比べて7ポイントも支持を伸ばして41%の得票率、勝ったマクロンは前回の66%から59%に後退したのだから、本当のところ勝ったと言えるのだろうか。20年前、父ルペンがジャック・シラクと決選投票で対決した時は、「極右を封じ込めろ」と左翼支持者が大挙して保守に合流し、80%の得票でシラクが勝ったことを考えると、「共和国戦線」の著しい後退ぶりを思わずにいられない。
いかにも品の悪い暴言をまき散らした父ルペンと異なり、娘ルペンは女性であることもあり、マイルドさを印象づけることに成功した。フランス国籍取得の生地主義を変えようとしたり、社会福祉の対象を「フランス人優先」にして外国人を排除しようとしたりと、その政策は本質的に人種差別的でフランス共和国の理念には反するのだけれども、例えば日本ではこうした排外主義はまかり通っているので、その問題性がピンと来ない人も多いのではないだろうか。今回の選挙ではルペン以上に過激な発言をするもう一人の極右候補ゼムールがいたことも彼女に有利に働いたかもしれない。
しかしそれだけではない。富裕層を優遇し社会的サービスを切り捨てるネオリベラルな政策を、議会もないがしろにして進めたマクロンに対する反発を吸収した面もあるだろう。マクロンは、富裕税の廃止、資産税と法人税の減税、消費税の引き上げを行い、一方、公共サービスの経費削減(公立病院の病床削減、公務員給料凍結)などを行った。地方の低所得層を主な基盤とするルペンは、庶民の味方を自認しマクロンを批判して支持を集めた。国民の関心が集まる購買力増加の政策に、最低賃金の引き上げや必需品(ガス・燃料・電気)の消費税の引き下げ、EU その他の国との自由貿易協定を見直すなど、わかりやすい政策掲げたのだ。
今回の大統領選で、マクロン政治に対する批判の高まりを大きく可視化したものはもう一つ、第一回投票でのジャン=リュック・メランションの躍進だった。メランションはかつて社会党を割って出た政治家で、現在はLFI(不服従のフランス)の党首、2017年の大統領選では、極左泡沫候補と言われながら19.5%の得票で第四位につけた。
大統領権限を縮小する第六共和制を提唱し、富裕層への課税や福祉政策の充実を訴え、EUに批判的な反グローバリストである。
今回、第一回投票でのそのスコアは21.95%、二位のルペン23.15%との差はわずか2.80ポイントで、惜しくも決選投票進出は果たせなかったが、都市郊外の低所得労働者層や学生、若者の支持を集めた。また、本土にないがしろにされ、マクロンのネオリベラルな政策の負の影響をもっとも受けた海外県・海外領土で圧倒的な支持を受けた。
多文化主義で、ライシテ(非宗教性)の強調がイスラム教徒差別につながると警鐘を鳴らすメランションは、人種差別的国家主義的極右のルペンとは相いれないけれども、反グローバリズムの姿勢には共通点がある。反EU、脱NATOの姿勢も似ているし、たとえばマクロンが年金受給年齢を現在の62歳から65歳に延ばす改革を企図しているのに対し、ルペンとメランションは共に60歳まで引き下げようとするなど、個々の政策には共通するものもあった。
それが証拠に、第一回投票でメランションを第一位に押し出した海外県・海外領土は、「ルペンに一票もやるな」と言うメランションの呼びかけもむなしく、第二回投票ではルペンに投票している。また、メランションを支持した若者たちは、第二回投票では棄権や白票を投じる選択をした者が多かった(第二回投票の棄権率は全体で28%)。もちろん決選投票でマクロンに投票したメランション支持者は多かったけれども、「極右を抑えるため、積極的に支持しないが鼻をつまんでマクロンに投票した」有権者は、圧倒的に60代以上だった。若者たちは決選投票の日の夜、各地で「マクロンでもルペンでもなく」と、大統領選結果に抗議するデモに集まった。
5年前、マクロンは政治経験が少なく、右でも左でもない中道の未知の第三勢力として、左右の既成政党に失望した有権者の期待を集めて当選した。あれから5年。見かけだけは新しかったが本質的に既成両陣営の政治を引き継ぎ、ネオリベラリズムを押し進めたマクロン政権は、社会党右派と共和党の支持層をそっくり取り込んだ。
しかしその既成二大政党の政治に批判的だった有権者は取り逃した。その結果がルペンとメランション、それぞれの躍進であり、ルペンは右から、メランションは左から、マクロンのネオ・リベラリズムを攻撃する。
そういう三極構造が目に見える形になった選挙だった。治安問題とレイシズムという、「共和国」と「極右」の対立の構図よりも、グローバリズムと反グローバリズム、ネオリベラリズムと反ネオリベラリズムの対立軸がより強く意識された。
大統領選から10日少し経過した現在、フランスは、6月12日に行われる国民議会選挙に向かって動いている。大統領選の直後に行われる、俗に「第三回投票」と呼ばれる総選挙だ。
大統領を擁する勢力は普通、ここで議席を固めて与党となるのだが、第五共和政下では、大統領とは別の勢力が議会で優勢となり首相を出すという「コアビタシオン」が起こることがある。
社会党のミッテラン大統領の下で共和国連合のシラクが首相だったケースや、シラク大統領の下で社会党のジョスパンが首相だったケースだ。
決選投票に惜しくも残れなかったメランションはすぐに、PC(共産党)やEELV(ヨーロッパ・エコロジー=緑の党)などに呼びかけ、左翼の連合で議会多数派を形成し、マクロン大統領にコアビタシオンを突きつけようとした。
大統領選で左翼統一候補を立てることができなかったために、みすみす選択肢のない決選投票を許してしまった左翼陣営は深く反省し、LFI 、EELV、PCがNupes(エコロジー社会新人民連合)の名の下に選挙協力をして候補を立てることで合意した。
そしてとうとう、大統領選の得票率が2%を切るまでに没落した社会党も、この連合に加わる決断をした。
改選前議席数はLFIを大きく上回る上にEUの問題など、いくつかの重要政策で一致を見ることができない社会党にとっては特に難しい選択だったが、統一候補を立てられなかった政党を見限り、有権者が自主的に票をメランションに集めた結果を見ての大決断である。
ラディカル左翼を中心にして左翼の連合が成立するのは初めてで、歴史的な事件とも言える。
国民議会選挙は1区1名または2名の小選挙区制のため、大統領選と同じく、上位2名の決選投票になることが多い。左翼候補が残ることができれば、極右の躍進は抑えられる。
マクロン側は、Renaissance(再生)と名を改めたマクロンの旧LREM(共和国前進)を中心に、中道政党をまとめてEnsemble(アンサンブル)の旗の下に選挙戦を戦う。
改選前、野党第一党のLR(共和党)は、大統領選ではマクロンに票を奪われ5%を切ったが、独自に候補を立てる。ということは、大統領選での集票の一部はLRに向かい、マクロンはあてにできないということになる。
再生した左翼連合が政権を奪えるかどうか、注目の選挙になりそうだ。