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棚卸日記 vol.4 「やりたくてやってる」ことにされてる性産業

爪半月2022.04.22

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「女性たちの自発的な選択だ」という印象を前面に出すことで、
得をするのは誰なのか。

民法改正により2022年4月1日から成人年齢が引き下げられ、18歳19歳のAV出演被害の増加が懸念されています。「政府は若年女性の性被害が増加するのを放置する気なのか、未成年者取消権を無効化させるな。被害発生後の包括的な救済措置を講じるべきだ」と抗議の声があがり、その署名は短期間 で4万筆に達しました。

私も抗議したひとりですが、こうして予見可能な被害を未然に防ごうとして声を挙げると、必ずと言っていいほど「強要されてる子なんてほとんどいない」「やりたくてやってる人もたくさんいる」「この仕事にプライド持って頑張ってる女性たちの働く権利を奪うな!」といった反論が支持を集めます。

私が性産業を批判するときも、同じような反論が届きます。性産業の搾取性や劣悪な労働環境を批判すると「職業差別だ」と反論され、批判の声が封じられ てしまうのです。私が批判してるのは、性産業で働く女性たちではなく、彼女たちを買う男性、彼女たちを性産業に送り込むスカウト業者、性を売らせることで利益をあげる店舗経営者たち、風俗街を「景色の一 部」として受容してきた無関心層だったのですが、必ずと言っていいほど「働く権利を奪うな!  "セックスワーカー"を差別するな!」と非難されるのです。

そして一部の「主体的」に働くAV女優/風俗嬢が発信する「このお仕事が好きです」「やりたくて やってます」という声 (その大半は集客目的のリップサービスだったり、演出された姿ですが) が、 社会の中に性産業を温存させたいAVプロダクション/性風俗事業者/消費者たちによって担ぎ上げられ、性産業の存在意義を正当化するための材料として利用されてしまいます。

積極性をアピールする「当事者の声」はしばしば脚光を浴び、あたかも業界全体の総意かのような印象にされてしまいます。そして、やっとの思いで声を絞り上 げて人権侵害を告発し始めた当事者の声はトーンポリシング(抗議の声の意味を奪い、論点をすり替えること)され、苦痛はなかったことにされてしまいます。あるいは、読者の同情心を喚起するだけの極端な不幸エピソードとしてコンテンツ化され、消費されるだけで終わってしまいがちです。


◆不可視化される社会的強制◆

女性たちが性産業で働く理由は様々ですが、単に経済的な理由からというだけでなく、学歴がない、コミュニケーションに自信がない、実は障害がある (本人が自分の障害に気付いてない場合も多いです)、昼職で挫折した経験がトラウマになって就職活動に積極的になれない、朝起きること ができない (起きられない人は「怠惰」「自堕落」といったネガティブな烙印を押されがちですが、実際はトラウマの後遺症だったり、鬱だったり、周囲からはなかなか理解されづらい隠れた障害が あることが多々あります) といった、社会生活に対する苦手意識や恐怖心を持っていることが多いです。

こうやって社会の中で選択肢を少しずつ剥奪された人たちが辿り着く先が風俗だった場合でも、「彼女たちは自分でこの世界に来た」「やりたくてやってる」ということにされてしまいます。

「選択」という行為は、選択肢を持つ人にしかできません。ところが、選択肢を持たない人が受ける社会的強制は不可視化され、「自分で選んだ道」ということにされてしまうのです。

◆「やりたくてやってる」という自己認知◆

虐待されて家から逃れた子が生まれて初めて自分の力でお金を手に入れたときの万能感は、経験のない人には想像できないことだと思います。 お金があれば行きたい場所に移動できる。家族の干渉から逃れて、自分だけの安全な部屋に住める。親に遠慮しないで必要な物が買える。風俗を始めて万引をする必要がなくなったという人も知っています。お金があると物が買える。

「やりたくてやってる」は「あの頃の生活に比べたらずっとマシ」というニュアンスを多分に内包し ます。

どんなに不潔な客が来ても接客拒否はできないし、当たり前のように尊厳を蹂躙されます。風俗嬢というだけで馬鹿にされ、知らない人からいきなり同情される。ネットで叩かれる。孤独で、身バ レや病気のリスクと隣接してる。これだけストレスの強い仕事だけど、それでも「お金がなくて途方 に暮れてた頃よりはマシ」「親に虐待されて生活の自由が一切なかった頃よりはマシ」「バイトを探そうと思っても、決まった時間に起きられる自信がない」

このようにして、社会の中で弱い立場にいた女性たちが仕事のリスクを受け入れて順応していく のです。

風俗しか選択の余地がなかった子が、「こんな私にできることはこれくらいしかないから」と諦めて風俗の世界で生き残ろうとする姿を、前提も背景も心理的葛藤も無視して「あの子はやりたくて やってる」と評価するのはフェアじゃないです。 中には性産業の世界に入って拝金主義になる子もいますが、彼女たちが欲深い人間なのではな く、虐待や貧困や昼の世界で否定されてきた惨めさ、劣等感が大きなトラウマになってる状態な のです。

◆世間からの同情を回避するための「やりたくてやってる」◆

AV女優や風俗嬢で、集客目的のリップサービスではなく「本心」で「やりたくてやってる」「誇りを 持ってる」と主張する人も一定数存在しますが、私は「当事者の肯定的な発言」は言葉そのまま 額面通りには評価しません。「本心」と書きましたが、実際にはその世界の価値観に洗脳され、過剰適応した結果、そう信じ込んでいる状態に近いと思うからです。

幼い頃から競争を煽られる社会で育ち、常に人と比べられ優劣をつけられ、本来の自分の姿を否定され、社会の中で踏まれ続けてきた人が、この世界で勝つことに可能性を見出してしまうことも往々にしてあります。「可哀想」と同情されないために主体性を主張する人もいますが、それを「本心」だと評価するのは早計です。敗北感や劣等感が強いほど、惨めな自己認知を受け入れることに対する拒絶反応は強くなります。

学歴のハンデや就労への苦手意識を劣等感だと感じないために、性産業を「天職だ」と自負する人さえいます。「この仕事しかできない」と考えるより「この仕事は私に向いてる」と認識した方が 自分の心を守れるからです。 自分の惨めさを受け入れることには誰だって抵抗があるから「やりたくてやってる」と自分で信じたくなるのです。私自身もそうでした。


◆「やりたくてやってる」を支持する第三者◆

こういった複雑な背景や前置きを排除して、「やりたくてやってる」の部分だけを都合よく評価することで性の商品化を正当化してきたのは、この業界で利益をあげ搾取する業者と、自分の罪悪感から目を逸らしたい性の消費者たちでした。ところが、驚くことに一部のフェミニストの中でも、「女性の性的自己決定権の尊重」だとして、「や りたくてやってる当事者」を担ぐ人たちがいるのです。

「女性の性的自己決定権を尊重」するという主張は一見肯定的に見えますが、実際はこちらに支 持が集まることで、「自分で決めたことなんですね、あなたの意思を尊重します」といった風に、当 事者の自己責任に帰結させる論調を強化させてしまうのです。

◆不可視化される国の責任◆

「やりたくてやってる」は、国にとっても非常に好都合です。 「やりたくてやってる」を支持する人が増えれば、「あなたたちはやりたくてやってるんですね、じゃ あ国は何もしません、自力でサバイブしてください」と国は当事者に責任を押し付けて、政治の責 任を堂々と放棄できるのです。「やりたくてやってる」を支持する人たちが、性産業で起きている人 権侵害を矮小化させ、より立場の弱い当事者を追い詰め、国による責任放棄を間接的に肯定してきたのです。

国による責任放棄を容認しないためにも、「やりたくてやってる」の背景やグラデーションを知ってほしいです。性産業の世界で洗脳されて心理的視野狭窄に陥った当事者たちは、困難に陥っても「自分のせいだ」と思い込んでしまい、「助けて」が言えません。責任を全て自分で引き受けてしまうのです。その末路に自殺があります。これ以上自己責任論を強化させるわけにはいかない のです。

性産業への入り口はあちこちにあるのに、出口がないのがこの世界に共通する特徴です。入ってしまえばその先はひたすら自己責任で、脱出方法を教えてくれる人はいません。「助けて」が言 えないのは、当事者に勇気が足らないからではなく、社会の側に声を聴く態度がないことが問題 なのです。「助けて」を言い易い社会に変えていくためには、問題の本質を被害者の側に立って考えることが大切だと思います。

次回以降の連載で#セックスワーカー差別に抗議します というハッシュタグの欺瞞や、性売買の 世界に勧誘する業者のやり口、「風俗は楽しい」という「プロパガンダ」についても記していきます。

 

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