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医療の暴力とジェンダーVol.18 アルコール依存症と戦争

安積遊歩2022.04.18

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アルコール依存症は専門家によれば不治の病で、一旦かかるとお酒を飲まなくなったとしても完治はしないというのだ。つまり一旦飲み出せば体の中の病巣がもっともっとと言い出して、また激しい症状に容易に戻っていくのだ。

アルコールの専門病院のスクリーニングテストによればブラックアウトを2回すればもうアルコール依存症と言われるらしい。それを採用すれば私もまた立派なアルコール依存症だ。

まず最初のブラックアウトは14歳の時。父から「飲むか飲むか」とソフトに強要されて、気がついた時には母が「救急車を呼んだほうがいいか」とオロオロしていた。私はあまりに苦しかったが、「病院は嫌だ」と叫んで少しだけ記憶を失った。その後20代の時のブラックアウトは片手では足りないくらいの数にのぼると思う。そして30代の初めに命を失うかもしれないというほどの恐怖に駆られて、遂に徹底的にアルコールから自由になることを決意。

その後私は一滴もアルコールを飲まずに生活ができている。自分だけではなく、アルコールをやめようと思っている友人の話を聞いて、その支援も数人して、断酒に力を貸すこともできた。私自身、自由な子どものように一瞬一瞬を大切に楽しんで生きていきたいと思っているので、アルコールに依存することはもう2度とないと思い決めている。

アルコールはこの社会を戦場にしている。ミサイルや機関銃で追い詰められてはいなくても家庭の中にアルコール依存症者がいれば、そこには恒常的な平和や幸福感はほとんどない。子どもたちは常に言われのない暴力に晒され、危険を顧みる術もなく常に緊張しながら生きることになる。

一時アルコール依存症者たちの子どもはアダルトチルドレンと言われて、ACという言葉が流行った。アダルトチルドレンはアルコール依存の当事者だけでなく、彼ら自身の困難や病理を抱えさせられているということで、その支援が随分言われたものだった。

ところで、最近私は自分のアルコール依存症者に対する複雑な思いに気がつくことがあった。頭の中では罪を憎んで人を憎まずということは100%わかっている。しかしアルコールによって、子どもたちに暴力をぶつけて憚らない大人たちを見ていると、深い悲しみに届く前にまずかすかな怒りが湧いてくる。その怒りがどこから来るのかと考えた時に、私の祖父に突き当たった。

父は祖父が大きな魚屋を営んでいたにも関わらず、その店をアルコールで飲み潰してしまったのをよく見ながら育った。だから旧満州で現地徴集される22歳までアルコールは一滴も飲まなかったという。ところが、凄惨な初年兵教育を受けてからは、戦争の中で酒浸りになっていった。

軍隊は敵を殺すことだけを目的とする組織だ。私はその軍隊や軍人を職業や仕事とは呼びたくない。なぜなら、軍人や軍隊の仕事はアルコールによる思考破壊や思考停止を原動力にして成り立っていることがほとんどだから。アルコールや煙草や麻薬は世界中の軍需産業と結びついて、利潤追求の道具として使われている。

私の、旧満州に渡った祖父は、そこでもアルコールを飲みながら植民地主義者として、小さな会社を経営したらしい。祖母はその地で末娘を出産し、産後の肥立ちの悪さとその地の寒さで40代半ばで早逝。そのあと祖父は再婚したので、父には一度も会ったことのない兄弟姉妹が何人かいたという。戦後彼らは残留孤児となったらしい。祖父はその地で敗戦前後に死亡、20歳くらいの父の妹2人がその下の血のつながった妹弟だけを連れて日本に戻った。

もし祖父がアルコール依存症にならなければ、魚屋を続けただろうから植民地主義者になることはなかっただろう。私の父は72歳で亡くなったのだが、酒を浴びるほどに飲むことをしなかったなら、もう少し長生きしただろう。

父のすぐ下の弟は特攻隊の生き残りで、敗戦後からおびただしい量のアルコール漬けとなった。彼は、たった1人の兄である父に甘えまくって、家によく来ていたが、父の死後、自殺した。

アルコールは世界第8位の営利を生み出している産業だという。だからアルコールの害は軍需産業を支えるベースとさえ言えるが、そこを語られることはほとんどない。戦争の報道によって、各家庭に起こっている子どもに対する暴力は見えにくい。アルコールが蔓延する過程の中にいる子どもの悲惨は、銃弾の飛び交う中にいる子どものそれと比較すべきではないだろう。後者は銃弾一発で命を絶たれる訳だから。しかし、命は断たれなくても、アルコールの害の中で子どもたちは、平和に生きる権利をことごとく奪われ、時には凄まじいDVに遭い続ける。

アルコールは医療の中では薬品でしかない。薬品を飲用できると勘違いさせることによって資本主義は巨大な富を手に入れている。軍需産業を支えるアルコール産業に巻き込まれることによって、私たちは人の命の尊厳を傷つけ続けていることに徹底的に気づく必要がある。

私は日常的な困難を抱えた友人の立ち直りをうまく支援できたこともある。しかし内在した怒りは完全に知性的に働くことは難しくなっていくことも多いにある。一度も会ったこともない祖父に対する怒りから自由になって、この世界のアルコールによる害にさらに対抗していきたい。

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安積遊歩

安積遊歩(あさか・ゆうほ)

1956年2月福島市生まれ
20代から障害者運動の最前線にいて、1996年、旧優生保護法から母体保護法への改訂に尽力。同年、骨の脆い体の遺伝的特徴を持つ娘を出産。
2011年の原発爆発により、娘・友人とともにニュージーランドに避難。
2014年から札幌市在住。現在、子供・障害・女性への様々な暴力の廃絶に取り組んでいる。

この連載では、女性が優生思想をどれほど内面化しているかを明らかにし、そこから自由になることの可能性を追求していきたい。 男と女の間には深くて暗い川があるという歌があった。しかし実のところ、女と女の間にも障害のある無しに始まり年齢、容姿、経済、結婚している・していない、子供を持っている・持っていないなど、悲しい分断が凄まじい。 それを様々な観点から見ていき、そこにある深い溝に、少しでも橋をかけていきたいと思う。

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