韓日フェミニスト・シスターフッド企画「2022韓国大統領選、アンチフェミ・嫌悪政治への反旗」曺美樹
2022.04.04
3月10日、韓国大統領選が明けた日の午後のことだった。ソウルのある交差点で信号待ちをしていると、隣りにいた二人の女性の会話がふと耳に入ってきた。
「朝起きてニュース見てびっくりよ。私は李在明が勝ってた時点で寝ちゃったけど、娘は明け方まで開票を見てたみたいで、この世の終わりってくらい絶望してた」
私より少し年上にみえる女性の娘ということは、おそらく10代後半から20代前半くらいではないかと思われた。彼女はどんな思いで開票ニュースを見ていたのだろうか。予想を覆し開票前半でリードした与党(共に民主党)の李在明(イ・ジェミョン)候補が、0時30分あたりを過ぎた頃から野党(国民の力)の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補に追い抜かれ、ついに「尹錫悦大統領当選」の字幕が表れるまでの過程を、ぎりぎりと歯噛みしながら一人で見つめていたのかもしれない。そんな姿を想像した。たまたま耳に入った会話だが、今回の大統領選の一面を象徴的に見せてくれるような話だった。
今回の大統領選の過程は「歴代最も好感度の低い大統領選」と繰り返し呼ばれたように、選挙戦序盤から与野党二大候補のスキャンダルと揚げ足取りばかりがニュースを飾った。ビジョンなき候補の泥仕合が、特定の層を狙った嫌悪政治へと進むにつれ、選挙戦に対する「うんざり」な気分は一部の人々にとっては「恐怖」へと変わった。
尹錫悦候補がフェイスブックに「女性家族部廃止」の7文字を書き込み、アンチフェミの票獲得の態度を明らかにしていったことについては、日本のニュースでも十分話題になっていただろう。ところで、その前月の2021年12月末、尹候補は直属の新時代準備委員会の首席副委員長に、在野でフェミニストとして活動していたシン・ジエ氏を抜擢している。2018年の地方選挙で「フェミニストソウル市長」を掲げ、最年少28歳で出馬したシン・ジエ氏が国民の力陣営に入ったことは、内外ともに少なからぬ反発を呼んだ。国民の力党内では「20・30代男性の離脱」をあげて激しいアンチが吹き荒れた。結局、就任から10日あまりでシン・ジエ氏は準備委を辞退した。尹候補は自ら「青年たちに大きな失望を与えた人選」について謝罪し、その3、4日後、自身のフェイスブックに「誣告罪処罰強化」「女性家族部廃止」の文字を掲載した。
シン・ジエ氏は、そもそも国民の力側についた理由として、主要政治家の性暴力に対する反省もなく2次加害まで加えている共に民主党を激しく批判し、「政権交代」を必ず成し遂げるためとしていた。たしかに、ジェンダー的視点から李在明候補と共に民主党をまったく支持できないというのは、多くの20・30代女性にとって共感する部分だったはずだ。しかしシン・ジエ氏のこの判断は大きな支持を得られず、尹錫悦候補と国民の力のアンチフェミ・ジェンダー分裂路線をより固めただけだった。
これとは対照的な波を呼び起こしたのが、1月末に李在明候補の選対委の女性委員会副委員長に就任した26歳のパク・チヒョン氏だ。彼女が「n番部屋」デジタル性犯罪を追及して公論化させた「追跡団花火」の活動家だったという事実は、この選挙活動を通じて初めて明かされた。相当な覚悟をもって終盤の選挙戦を駆けずり回ったはずだ。
開票の結果、20代女性の票が李在明候補に集中したことが明らかになった。投票直前まで「尹錫悦はもってのほか、だからといって李在明でいいのか」と悩みに悩んで、支持候補を決めなかった「沈黙の浮動層」が一気に動いたのだ。結果的には李在明候補が負けたが、予想外の0.73ポイント票差まで追い上げたことにおいて、20代女性の票の存在は無視できない。20代女性に限らず、中には一貫してジェンダー差別撤廃を掲げてきた正義党の沈相奵(シム・サンジョン)候補を支持しつつ、最後の最後に断腸の思いで李在明に投票した人たちもいる。その思いを表すかのように、沈候補には開票直後の一日で1億2千万円もの寄付金が集まった。
選挙直後には共に民主党への入党が激増した。3月10~11日の2日間で入党した人はオンライン加入だけで1万1千人、うち女性が8割で、20・30代女性が過半数という。ジェンダー分裂と嫌悪政治が席巻するのを黙って見てはいられないという意志の表れでもある。その後、パク・チヒョン氏は民主党の共同非常対策委員長に抜擢された。党代表が決まるまでの間、実質的に党の顔となる重役だ。
大統領選においてこれほどまでに20・30代女性の「結集」が注目されたのは初だと連日報じられている。そうなのだろうか。実際は5年前の大統領選も今回も、20・30代の女性の投票率は男性よりもおしなべて4~8ポイント高い。ただ、青年であり女性である人たちの声を、政権を争う党が無視し続けてきたのではないか。支持すべき党を見出せず真剣に悩み続けた彼女たちがついに、支持できる政策をつくるよう党を動かす行動に出た、ということとして大いに注目すべきだ。そして民主党ウェーブに乗らなくとも、切実な思いで今回の選挙に臨んだ人たちがいたことも。
大統領選後の3週間で、こうした鼓舞される行動が起こっているのは確かだ。ただし、もちろん状況は決して楽観的ではない。ジェンダー対立の対戦者として、いわゆる「イデナム(20代男性)」VS「イデニョ(20代女性)」が土俵にあげられるが、そのような対立を煽って結局のところ利を得る根源をたたくには、だれと、どのように連帯すべきなのか。
20・30代女性は一枚岩ではなく、フェミニズムに対する考え方もまた一様ではない。「時事in」の調査によると、自分をフェミニストと考えるという人の割合は、成人全世代のうち20代女性では42%と圧倒的に高いが、その他の世代では男女ともにフェミニストを称することへの抵抗感がいまだに強い。20代女性がフェミニストを自認したきっかけで最も多かったのが、「n番部屋」をはじめとする性犯罪への危機感であるだけに、性差別・性犯罪に対する感受性が鋭く、アンチフェミまたはフェミニズムに無頓着な人への反感も激しい。ますます鋭くなる対立構造の内と外で、最低限の対話の余地はほとんどないほど溝が深まっている。同じようにフェミニズムを志向する人たちの中でも、センシティブな部分でのアンバランスが発生したりもする。
絶えず対立と憎悪が生み出される現在の社会で、少数者とはだれなのか、差別とは何なのかについての認識を、幾層にも重ねて深く合意していくことが、これからの課題なのではないかと思う。
次期大統領となる尹錫悦と国民の力は、飽きもせず「構造的な男女差別は存在しない」などという詭弁をかざして、女性家族部廃止にこだわっている。この本質的な問題は、本当に政府機関として廃止や再編が必要かという議論ではなく、「女性家族部廃止」という7文字を利用して一部の剥奪感を煽り、実際に存在する差別を整地ローラーでならすようにして無きものとしてしまうところにあると思う。
最近、国民の力の李俊錫代表は、障がいを持つ人々が「移動権」を求めて行動した地下鉄デモに対して「市民の朝の時間を人質に取っている」などのコメントを繰り返し、嫌悪を煽っている。ハンディがあろうが、抑圧を受けていようが、まるで全員が同じ土台に立っているかのように視点をずらし、相対的に自分の持ち分が取られているように一般市民の気持ちを扇動するやり方で、嫌悪を助長させる。これは、女性家族部廃止やクオータ制廃止を掲げるのと本質的には同じ思考に根付いていると思われてならない。フェミニズムの体現として尹錫悦政権にノーを突き付けるならば、このような事象に現れる嫌悪政治にも抗い、連帯する勢力でありたいと私は思っている。
最後に。選挙直後の暗鬱とした気分のなかで参加したオンライン講座でのことを紹介したい。女性学者クォンキム・ヒョニョンと一緒に読む「フェミニズム」(デボラ・カメロン著)の講座で、受講者はなんと180人もいた。講座のサブタイトルは「大統領選メンタル回復特別企画」(笑)。講師も「こんなにたくさん集まるとは思いもしなかった」と苦笑していた。みんな同じように藁をもつかむ気持ちで参加したんだな、と思うと、少し笑えて気分が良くなった。講座の間じゅう、チャット欄には「すごくわかる」「共感!」などの書き込みが絶え間なく上がった。最後に、クォンキム・ヒョニョンさんはこんな励ましを残した。
「落胆しなくてもいい。だって、これまでこの国にそんなに期待に満ちた政権が存在したことなんかありました? それでも社会は少しずつ変わってる。20年前は、フェミニズムという言葉がこれほど浸透するとは思ってもいなかったはず。時間はかかるけれど、退歩というものはないんです。あきらめずに行きましょう」