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「散歩に行かない?」とドイツ人に誘われたら、それは親しくなったことを意味すると言われるくらい、散歩はドイツの大切な文化。お茶やランチなどに招かれると、食後の散歩がセットでついてくる。日本のゲーム会社の視察グループが南ドイツの取引先を訪ねたときのこと。オフィスに着いた途端、待ってましたとばかりに車で山に連れて行かれ、2時間のハイキングをさせられて驚いたとか。でもそれはドイツ側からの最上級のおもてなしで、登頂の乾杯のビールで締めくくってくれたそうな。

そんなドイツに昨年から、とある「散歩」がしばしば話題に上るようになった。時をさかのぼって2020年の11月末、連邦議会ではコロナ規制の一つとして、大勢の人が集まることを禁止する「集会禁止法」が改正された。もともとこの「集会禁止令」は1950年代に制定されたもので、たとえば政治的なデモや集会を無許可で行うこと、それに伴う一般市民への危害や、ナチス礼賛や人種差別のような侮辱行為を取り締まる目的のものだが、新型コロナウイルスの感染拡大がひどくなったその頃、感染拡大を防止する目的でも適用されることになったのだった。

私は当時の報道を聞いて、これは感染防止のルールを無視してパーティーをこっそりやりたい若者たちを規制するものだと思っていた。実際そういうケースが問題になっていたのだ。しかしその別の側面が見えてきたのは昨年の秋ごろからだろうか。ワクチン接種率の向上目的で、未接種者に圧力をかけるワクチンパス制度(ドイツでは「Gルール」と言う)をどんどん厳しくなり、ドイツのマスコミの報道も他国の接種状況や感染拡大状況の報道とだいぶズレていることに気づいたとき、友人の一人が以前からこの「集会禁止法」の改正について憤っていたことに合点がいった。

実はその頃から政府のコロナ規制に対する反対デモや集会が各所で行われるようになってきたのだが、この法律のせいでこれらがなかなか公に大規模に開催できなくなってきていたのだった。「コロナ規制に反対するデモは暴力的で反社会的」と未接種者についての表現と同じ言葉を使ってマスコミは書き立てた。そのマスコミが報道するのは、「クエアデンカー(水平思考者)」が多いとされるシュツットガルトや極右が多いとされる旧東ドイツの街でのデモの話がほとんどだったが、自分の住む街のどこかでもときどき集会があることはなんとなく聞いていた。

昨年12月10日、年明け3月中旬からの医療従事者や介護職者へのワクチン接種義務化法案が可決され、そこから各地でのデモがどんどん報道されるようになってきた。その頃は週末だけではなく、週の半ばにもドイツ全土のあちこちで大小のデモが行われ、それらの多くが「散歩」と銘打って行われていた。集会禁止令によって「反社会的とされるデモ」が禁止になったから、デモではなく「散歩」と称して集まるしかないという論理だ。

しかし反社会的なデモって何だろう?

 報道では何度も極右や過激派が警察と衝突し、ただの逮捕者が出ただのの話が出たが、そうではないデモでも、現行のコロナ規制に反対するだけで反社会的とされてしまう風潮の中では、たとえ人が集まってこの手の話をするだけでも解散させられる可能性があり、実際にそうしたケースが何件も起きていた。そんな中、友人が「月曜日の散歩」が復活していると教えてくれたのだった。

「月曜日の散歩」はその名の通り、毎週月曜日の夜に市民たちが外に出て共に歩く「デモ」だ。もともとは1989年の秋に旧東ドイツ地域で始まった反政府デモであり、当時の東ドイツ市民たちが民主主義や自由の権利を訴えた行動であった。そして今、再びその散歩が始まったのだ。「月曜日の散歩」の情報サイトの一つ「Wir sind das Volk(われらこそ国民)」では、散歩が行われる街の名前がアルファベット順で並び、各所の開始時間と集合場所が記載されている。その街の数、2250カ所(2022年2月14日時点)。小さな村や町から大都市に至るまで、数十人から数万人の規模で開催されており、全国で参加者数を合計すると毎回数十万人は参加している計算になり、その数は年明けからどんどん増えていっているのだ。

12月中は先月のコラムの通り、私はステイホームの日々だったので、年明けに友人と共に週末のデモへ1回、そしてもう1回はこの「月曜日の散歩」へ参加してみた。

日の落ちた午後6時頃。集合場所である街の中心地の大きな広場に行くと、そこにはすでに多くの人が集まっていた。コロナ禍前は観光客が行き交っていたのにこの2年で閑散とした様子になってしまったこの広場が、その時点ですでに1000人近くが集まっていた。遅めの時間帯なので子連れはあまり見かけなかったが、男女ともども年齢層も幅広く、服装のスタイルもさまざまだし、とき英語も聞こえてきた。

本当に街のそこらを歩いている人たちがただ集まったという感じ。
「ワクチン接種義務反対」
「子どもたちには出を出すな」
などのプラカードを掲げる人もときどきいるが、一方でLEDライトを肩からさげて飾ってみたり、ポータブルスピーカーをカートに乗せて、音楽を鳴らしてたりしている人たちもいる。このお題目がなければ、お祭りみたいな感じだ。やがて人々の群れが一方に向かって列を作って動き出した。さあ「散歩」の始まりだ!

友人は、どれだけの人が参加するのか見てみたいから後方に行くというので着いていくと、人の列がなかなか途切れない。後からやってきた人たちが参加しているのだ。1月初めには7000人近く参加したと聞いたが、今日はもっと増えそうだ。私たちが加わった部分の後の列もどんどん長くなる。

散歩の一行はこれまた閑散としてしまった旧市街のバーやレストランの通りを歩いていく。前回参加したデモではコロナ規制を守ってマスクを着用してくださいとの呼びかけに皆がマスクをしていたが、この日はマスクをしている人の割合は半々くらいだった。オミクロン株が優勢になって感染者数は跳ね上がっているものの、病床逼迫数値は低く推移している現実の中で人々の考え方も変わってきているのかもしれない。でもマスクの有無を気にする人もいない。それぞれ、個人の判断を認め合っているのだ。友達同士、家族連れ、一人で参加している人と小さなグループが一緒に集まって長く大きな列を作っている。

近くの人たちが持参したステレオセットで “I will survive“をかけると、マラカスや打楽器を持っていた人たちがリズムをとり始め、周りの人たちも踊り出す。「あはは、お祭りだね、なんだかカーニバルみたい!」そうそう、ケルンはカーニバルの街なのだ。それに今日は月曜日、「これはローゼンモンターグ(カーニバルのクライマックスの日である「バラの月曜日」のこと)の行列だよ!」と皆が笑い合っていたら、本当に誰かがカーニバルの音楽をかけ始めた。

いいねえ、こういうケルンっ子のユーモアのセンス! 掲げるテーマは重くて暗いものでも、参加者の間には明るくて優しい愛に満ちている。そういえばあちこちに、ハートのプラカードを手に持つ人たちもいる。ときどき、道沿いの店舗の人や通行人が手を振ってくれたり、一緒に飛び入りして加わったりする人もいる。行列の中に友人を見つけて抱き合う人もいる。そんな様子を見ながら何度も思う。そしてその思ったことを周りの人たちも何度も口にする。

「こんな平和的な行進なのに、マスコミが報道する過激なデモってどこのことなの?

旧市街を抜けた私たちの列は大きなショッピング街へと入っていく。すると先月までクリスマスマーケットが立っていた広場に、青いランプをつけた警察の車が何台も止まっているのが見えた。ここまでは警察官の姿は時折交通整理をする以外はほとんど見えなかったのに、急に増えたなと思ったら、何やら大勢の叫び声が聞こえ始めた。その声のほうへと私たちの列が進んでいくと、沿道に立っている人たちがこちらの列に大声で何かを叫んでいる。ん? 何、この人たち? 黒っぽい服装にマスクの人たちがそこから200メートルほど立ち並び、こちらへ向けてプラカードを掲げているのだ。

その不穏な様子に一瞬ぼうぜんとしたが、プラカードを見てすぐに理解した。
「ワクチン+マスク=団結」
「ワクチンが皆を救う!」
これ、うわさに聞くカウンターデモってやつだ。

ニュースでも報道されている「反ワクチンデモに対抗するデモ隊」である。初めて見たが、ええと、ちょっと怖い……。皆さん、道の柵から身を乗り出して叫び声を上げているのを、数々の警官たちがその前に立って見張っているんである。えーと、ちょっと待って。過激派って「散歩」の参加者ではなくて、カウンターデモの側にいたのか!と、目が合った隣の白髭のおじさんに思わず言ったら、だよねえ、と彼も大笑いしている。

彼らが大声で叫んでいる言葉もかなり過激だ。
「社会の団結を守れ!」
は、まだしも、
「反社会者!」
「差別主義者」
ん? なんで? 差別されているのは未接種の人たちなのに。
「ナチスは出ていけ!」
ナチス? 誰が?? 
私たちのすぐ後ろにいた4人連れの若い女性グループが笑い出した。
「ポーランド人の私たちにナチスって言うだなんて!」
私の友人も彼女たちに加わる「日本人の私にナチスって言われても……」。

カウンターデモ隊が叫び続けている中、「散歩」の人たちは、時たま本気で言い返す人もいるものの、皆やれやれと苦笑いをしながら相手にせずに粛々と先へ進んでいく。

しかしまあ、このカウンターデモ隊は一体どこから集まってきているのだろう。見たところ、一部は黒っぽい服装の20代から30代くらいの若者たちのグループがいてどこかの団体なのかとも思ったが、マスクだけではなくて、顔をピエロのように塗りたくったり、プラカードの内容やスローガンの言葉もどぎつかったりして驚く。

マスコミの報道では、デモには過激なグループがいて危険だから行かないようにと呼びかけているし、とある知人はFacebookに自宅の窓から見えたデモの参加者の写真を投稿し、ドイツ国旗を掲げていて恐ろしかったと書き、別の人は「小さな子連れの母親たちもいて驚いた」と書いていて、それらを読むとまるで「散歩」の参加者が過激で危険な人たちなのだという印象を持ちかねないのだが、うーん、現実は全然違う。その乖離具合に気づくとゾッとするくらい。

もっともその恐ろしい光景は、でも幸いその通りのみ。その後、すごい形相で道を横切ろうと自転車で無理やり列に突っ込んできた白髪の女性や、道沿いの家の上階の窓から再び「ナチスは出てけ!」と叫んだ女性がいたりと小さな出来事はあったが、そのたびに参加者はやれやれと苦笑いをしながら楽しそうに進んでいく。

その対比を見ながらふと思った。圧力を受けて抗議をしている状況なのにこの「散歩」の参加者はどこか幸せそうで、それに対して対抗の叫び声をぶつけてくる人たちのすさんだ雰囲気とその心理のほうがむしろ心配かもしれないと。まあ、余計なお世話か。他人のことを心配しているほど、私も余裕があるわけでは全然ないけども。

寒い夜だったし、途中で切り上げて帰ろうと思っていたのに、結局私たちは最初のスタート地点まで戻る2時間の散歩に最後まで参加した。ゴール地点では、先に着いていた人たちが拍手で皆を迎えてくれる。その後、スタート地点だった広場で何人かのスピーチがあり、帰宅する友人と別れた私は少しだけその様子を見ていった。保育士として接種を強要される状況を変えたい、子どもたちを大人のエゴから守りたいと訴えるスピーチの中、私の目の前にいた男性が、隣の女性の肩をバシッと叩いて抱き締め「お前もだろ? がんばれよ!」と励ましていた。彼女は保育士なのかな? とその二人のやりとりに心がほっこりして家路についた。

残念ながらこの「散歩」の実情がドイツのマスコミできちんと報道されたことはいまだない。すべて「陰謀論」である。そんな中、先日Facebookで知人が書いていたコメントの指摘がピタリはまる。「陰謀論というより、ワクチンについての負の面をちゃんと開示しなかったり報道しなかったりすることに対して、不安や不満があるのではないか」

散歩の参加者には未接種者だけではなくて、接種者もブースター接種者すら多くいる。だから反ワクチンという定義は間違っているし、反政府や反社会主義のイデオロギーと結びつけるのも間違っているし、ましてや過激派や陰謀論者とくくるのもレッテル貼りどころかデマになりかねない報道だと思う。

この散歩に参加してよかったことは何より、誰が実際にそこにいるのか、そして疑問を持っているのは自分一人ではないと勇気づけられたことだろうか。どんな人が参加しているのか、この目で実際に見ることができたし、マスコミが伝えない現実を知ることができた。マスコミは反対側の意見をほとんど採り上げないし、それどころかその存在すらきちんと伝えない。「だからもう自分たちが外に出てその存在を示さないといけないんだ」と、とある参加者の言葉に、「散歩」の意義がある。

私が参加したこの日は1万人以上の人が集まったそうだ。それ以降、残念ながら私は散歩に参加できていないが、参加し続けている友人や他からの情報によると、参加者数は今も増え続けているそうだ。その参加者の声がどこまで届いているのかはわからないが、それでも国として無視できない動きになっているのは確かだ。3月半ばからとされている医療従事者と介護者のワクチン接種義務化の実施にバイエルン州首相がいったんの停止をかけようとしたが政府は認めず、最高裁への申し立ては却下された。

一方で連邦議会でのその他を対象にした義務化の審議はずれ込み、すでに接種義務化が実施となった隣国のオーストリアでここにきて急に義務化を取りやめる政府筋の声が報道されたり、北欧諸国ではワクチンパス制度が撤廃になったりしたのを受けたのか、ドイツ財務相もワクチンパス制度の撤廃を示唆するなど、風向きが少し変わってきた感じがする。

もっとも、10月からの1年間の間に3回接種もしくは罰金、しかしこれまで3回接種した人はなぜか対象外という非科学的なわけのわからない内容の義務化法案が議会に提出され、マスコミは相変わらず「ワクチンで社会の団結」だの「接種者への感謝」だのをうたうので、ドイツの先行きはまだ暗そうだわ〜と、明るい春がひと足先にやってきそうな北国のほうをまぶしく見てしまうのだった。やれやれ。

写真:©️: Aki Nakazawa

 楽しげで平和な「散歩」と必死の形相のカウンターデモ。「散歩」の参加者数のほう方が圧倒的に多数で冷静なので、変な騒ぎにならなくてよかったです。「散歩」の情報が記載されているサイトは他にもいくつもあり、この「散歩」には別のデモを主催する団体も加わる一方で、多くはこれらの情報を見た人たちが個々で参加しているようです。上記のサイト「Wir sind das Volk(https://volksbewegung.wordpress.com/)」 では、各地の散歩の様子が動画でアップされています。

毎週どころか日々、政府やマスコミの情報が二転三転して論理破綻状態なので、まともに聞いていたらこちらの頭までおかしくなりそうですが、冷静に情報を読もうとしている人たちの存在を知ることだけでも心が少し落ち着きます。カナダで始まったトラック運転手たちの抗議行動「フリーダムコンボイ」がフランスやベルギーでも始まり、ドイツでもという噂うわさ聞きます。カナダがその抗議行動を制圧するために発動した緊急事態法は、ドイツではすでに昨年から発動し、集会禁止令はその一つです。しかし緊急事態って何でしょう? この2年のコロナ禍とは実際のところは何が起きていたのか。あらゆるデータが集まっているはずですから、そろそろそれをもっとオープンに多角的に、そして現場の声も聞きながら検証していくべきだと思います。政府はそもそも国民の生活や意思を押さえつける立場にありません。上記のサイトのタイトルのように、主権はあくまで国民にあるのです。民主主義=多数決ではないし、ましてや国民の4割以上が反対している状況は多数決とも言い切れないもの。でも今の政府やマスコミのやり方では社会の分断がもっと進んでしまうかもしれません。

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中沢あき

中沢あき(なかざわ・あき)

映像作家、キュレーターとして様々な映像関連の施設やイベントに携わる。2005年より在独。以降、ドイツ及び欧州の映画祭のアドバイザーやコーディネートなどを担当。また自らの作品制作や展示も行っている。その他、ドイツの日常生活や文化の紹介や執筆、翻訳なども手がけている。 

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