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捨ててゆく私「交友関係はありません」

茶屋ひろし2022.01.24

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去年の11月に、万引きで捕まえた男性は48歳でホームレス状態のひとでした。警察の事情徴収を背後で聴きながら、そのあと本人から少し聞いた内容を併せるとこんな感じになります。

7月に、同罪で入っていた刑務所から出てきたところで、保護観察施設を抜け出し、この間ずっと漫画を盗んで売っていたとのこと。昼間は大阪城公園にいて、夜は西成へ行く。住所不定で携帯電話も使えないので仕事は決まらない。小中高とずっといじめられていた。仕事は20代から勤めていたが、人間関係がうまくいかなくて転々としていた。親兄弟とは音信不通になり、35歳からホームレスになってしまった。

小声ながらすらすらと語るので、言いなれてるのかなと、ふと疑問が頭をもたげました。あとで、傍で一緒に聴いていたスタッフに、「あそこで店長が同情しちゃって許してしまうんじゃないか、とハラハラしてしまいました」と言われました。

捕まえてから警察が来るまで、警察が来てからも、私は彼とほとんど口をききませんでした。腹が立っていたわけではありません。表で彼の体を無言で制したときに、あまりにあっけなく無抵抗になったことにショックを受けていたからです。

全身から漂う諦念、それを私もかぶってしまって無口になりました。

持っていたのは、何も入っていないナイロンのリュックに、電源が入るだけのスマホと、免許証、現金が1500円くらいでした。

被害届を出すか出さないかをこの場で決めろと警察に言われ、出したら再び刑務所へ、出さなければわからない、人の人生を数分で決めろ、と。悩みましたが諦めの気持ちで出しました。

「なんでこんなことになってしまったのか、自分でもよくわからないんですよ」と言った彼の言葉だけが耳に残りました。

橋本治の後期の長編『巡礼』と『リア家の人々』を読んだ時の衝撃を思い出しました。どちらも戦中に生まれ戦後を生きた男性が主人公で、何に驚いたかと言うと、彼らが思考しない人間として描かれていたことでした。

学校、就職、結婚……すべてが「そういうもんだからした」ということになっている。たまに浮気をすると女たち(妻や娘)が怒るが、なぜ怒っているのかは理解できない。「それをすると女が怒る」ということしかわからない。

日本人男性で、家父長制の型にはまって生きてきただけの人生。

『巡礼』の主人公はゴミ屋敷の住人となるわけですが、そうやって型から外れてもなお、「なぜこんなことになってしまったのか、自分でもよくわからない」。

12月には、梅田の雑居ビルで放火事件が起きました。今年に入って、容疑者の61歳男性の動向がいろいろと報じられ始めています。朝日新聞が詳細に追った記事を毎日のように載せていて、それをむさぼるように読んでいます。半年前から計画されていたこと、所持金はほとんどなかったこと、持ち家はあったが電気やガスは止められていたこと。生活保護の申請を二度していたが却下されていたこと。警察が彼のスマホを分析したら5年さかのぼっても、電気とガス会社に電話をかけた記録以外は見つからなかったこと。電話帳の登録もゼロ。

25歳の時に結婚、48歳で離婚、50歳で会社に黙って職場を去り、51歳で長男を刺して刑務所へ、「道連れがいたら死ねると思った」。8年間勤めた板金工場の社長によると、離婚した後「寂しいから再婚したい」と漏らしていたこと。「寂しい」という気持ちの行き場が、「結婚」か「殺人」しかなかったということ?

板金工場の社長78歳男性が、容疑者のことをまじめで腕のいい職人だったと振り返り、当時は結婚相談所を紹介したことや、今回の事件で彼の困窮ぶりを知り、「そんなに困っていたんだったら、何か仕事はないか、とひとこと声をかけてくれたらよかったのに」と話した、という記事を読みながら、女性が彼を敬遠するのはよくわかるけれど、ホモソーシャルですら彼には機能していなかったんだわ、と思いました。

離婚した、さみしい、結婚したい、できなかった、じゃあ人を殺す、って、どういうことよ。「どういうことよ!」って、大文字で思います。

結婚は、女を自分に従わせて、身の回りの世話をしてくれる第二の母親を手に入れることで、そうするとずっと子供のままでいられて寂しくないし安泰だし、だから結婚したいのにできないということは、この先の俺は(オレにしちゃった)不幸にしかなれなくて、そんな人生はごめんだから、でも死ぬときに一人も寂しくていやだから人を巻き添えにして死んでやるんだもん、てことか。

比べることじゃないけれど、まだ万引きした48歳男性の諦念のほうがいい。自分の幸不幸を女のせいにしていないように見えたから。ほんとかしら、わからない。

あの時、私たちよりずいぶん若い女性の警察官が彼を叱り飛ばしていました。「お前の人生なんか店の人には関係ないんじゃ! 言い訳すんな!」と、自己責任論を説きながらも、「西成行ってんねやったら○○とか××の支援団体も知ってるんやろ、なんでそこを頼らへんかったんや! 万引きせんでも生きていく方法はいろいろあるやろ! もっと自分の頭で考えて行動せえ!」と、ところどころ助言を含ませていたところが幸いでした。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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