TALK ABOUT THIS WORLD フランス編 ワクチン・パスポートの社会へ
2021.09.01
とうとうフランスはワクチン・パスポートの世界になった。日本から帰国した時は空港で、ワクチン接種済みを示すQRコードを提示するだけでスムーズに入国できて万々歳の気分だった。なんせ、日本入国の時は、72時間以内のコロナ陰性証明に加えて、空港でも抗原検査を受けさせられ、アプリを3つもスマホに入れさせられて3日間ホテルに隔離されるなど、大変だったのだ(7月の記事を参照のこと)。このQRコードは、日本入国の時だって持っていたのだが、全く提示を求められなかった。フランスでは水戸黄門の印籠のように効果を発揮するワクチン・パスポート、実に良い気分だった。
ところがいったん、フランスに入ってみると、これが煩わしい。ちょっとカフェに入るたび、レストランに入るたび、美術館に入るたび、映画館に入るたび……。 「衛生パス」という名のこれを求められる。バタバタとカバンを開けて、スマホを取り出し、アプリを開いてQRコードを読み取らせ、はい、一丁あがり。だけど行く先々でこれをやるとなると、まあ、なんとも面倒くさく思えてくる。第一、私がどこで何をしたか、いちいち記録されるみたいで変な気持ちがする。
しかしこれがあったおかげでフランスは第四波を悲惨なことにならずに乗り切れたのだと、オリヴィエ・ヴェラン保健相はうそぶく。デルタ株の流行で、フランスはこの夏、第四波に入ったが、ロックダウンをすることもなく、医療崩壊を起こさずにバカンス時期を過ごせたのだと。
ワクチン効果について、8月30日に研究者が初めて試算を発表したが、今年1月以来、もしワクチンがなかった場合と比較して、ワクチンによって救われた命は4万7000、避けられた集中治療が3万9000件だという。保健省によれば、救命救急センターの入院患者は、87%がワクチン未接種だそうである。
8月末現在、フランスでは、ワクチンを2回接種済みの人口は、摂取可能年齢である12歳以上の人口の65%、成人に限れば78.6%になった。この余勢を駆って、政府は、新しい段階に踏み出そうとしている。つまり、ワクチン接種を前提に、今までのコロナ対策を終わりにするのだ。
8月30日の月曜日から、飲食店、美術館、映画館、長距離列車など、公衆と接触する職種に携わる人々に対し、ワクチンが義務付けされた。対象はおよそ200万人に及ぶ。この人たちは、以後、ワクチンを打っていないと仕事ができなくなる。
今まで保険で100%還付されていた(つまり無料で受けることができた)PCR検査と抗原検査は、10月半ばから有料になる。衛生パスは、ワクチン済証明だけでなく、72時間以内のPCRまたは抗原検査の陰性証明でも良いのだが、有料の検査を3日に一度、繰り返さなければならないのでは、ワクチンを打ちたくない人も打たざるを得なくなるだろう。こうしてワクチン接種をさらに進めるとともに、健康保険の出費を抑えることになる。
コロナ(コロナ対策)によって打撃を被った企業への支援策も、打ち切りに向かいつつある。政府は2020年3月の最初のロックダウン以来、小企業や自由業者への援助、休業中の従業員手当の肩代わり、雇用者の払うべき社会保障費積立金の免除、企業への融資の国家による保証などなどの支援策に2400億ユーロを投じて来たが、どうしても必要な部分を残して、9月30日でこの支援策を打ち切る。
リモートワークを推奨して、企業にリモートワークの最低日数を定めるよう課して来たが、これも火曜(8月31日)の夜からなくなる。
こうして来る先にあるのが、ワクチン・パスポートの世界なのだ。今のところ、11月15日までの措置だと言っている。けれど、ワクチン接種が90%まで進めば集団免疫が得られて元の世界に戻れるという話が、もう今はなくなっている。90%の人間がワクチンを打っても、コロナはなくならない。ワクチン接種済みの人間でも感染は起こる。もう重症化しないということで満足して、コロナと一緒に生きていくしかない。マスクもソーシャル・ディスタンスも終わりにはならない。そんな世界で、ワクチン・パスポートが終わりにできるのだろうか。後戻りのできない道に足を踏み入れてしまったのでなければ良いのだが。