TALK ABOUT THIS WORLD フランス編 普通の生活への一歩
2021.06.01
5月29日の夕方、パリのベルシーにあるアコールホテル・アレナのコンサート・ホールで、伝説のロック・グループ、アンドシン(インドシナ)のボーカル、ニコラ・シルキスは、「もしかしたら、今晩、ぼくたちは世界を変えるかもしれない」と言った。
これは大げさでもなんでもなく、観客5000人を集めたロックダウン解除後初のこのコンサートは、結果次第で、今後コンサートが再開できるかどうかを見極めるための大規模実験だった。
まだ夜9時以降の外出は禁止だから、夕方6時の明るいうちから始まり、観客は全員マスクをきちんと着けての参加だ。けれどソーシャル・ディスタンスはない三密の空間。長い長い間、剥奪されていたスペクタクルを共有した参加者たちにとって、それは素晴らしい体験だったようだ。
観客は3日間に及ぶテストを受けてコロナ感染者でないことを条件に選ばれた18歳から45歳までの7500人のなかの5000人。他の2500人は「コンサートに行かなかった」グループを形成する。2週間後にもう一度テストを受けて、感染者がいるかを調べる。これにより、マスクをするなど一定の条件下で、コンサートを行っても感染が広がらないかどうかを調べるのだ。
スペインでは3月にすでに同様のテスト・コンサートが行われており、感染者はわずか6人という成功を収めている。規模や組織方法は違うが、イギリスやドイツでもテスト・コンサートが行われ、いずれも肯定的な結果を得ている。フランスでも、もっと早い時期に計画されていたのだが、再々度のロックダウンで延期され、5月19日のロックダウン解除を待って実施された。フランスのコロナ患者数は減っており、入院中のコロナ患者は5月29日現在で1万6847人、1週間前には1万9765人だったから、ロックダウン解除後も順調に減っているということになる。
5月半ばのロックダウン解除。カフェやレストランもテラス席だけは開けて良いことになったので、街は活気を取り戻している。去年の11月以来だから、本当に長い間、町に人々が集う姿がなかったのだが、店が開いてみると当然のことのように人々がテーブルを囲んでいる。あまりにも変わりがないことに軽い違和感を感じるくらいだ。昨年もこの時期、わっと人々が町に繰り出したのだけれど、あの時はもっと不安だった。道を歩く人々がおとなしくマスクをし続けているのが大きな違いかもしれない。違反したら罰金付きで義務化されているからかもしれないが、まあ、よく定着したものだと思う。
しかし何より昨年と違うのは、ワクチン接種が進んでいることだ。今はリアルでもSNSでも、人々は二言目にはワクチンの話をしている。いつ予約が取れたとか、ワクチンは「ファイザー」か「アストラゼネカ」かとか、一度目か二度目かなどと。みんな、バカンスを前に、ワクチンを打って安心しておきたいと思っているのだろう。ワクチン反対派はだんだん旗色が悪くなってきて、昨日は「ワクチンはやめておけ」と高圧的に言っていた人が、「ねえ、あんたもワクチン打ったの?」などとこっそり訊いてきたりする。ワクチンの順番はとうとう、5月31日をもって18歳以上の全員が受けられるようになる。12歳から17歳のティーンエージャーたちにも、ファイザーは打てることになった。
現5月29日現在、すでに一回以上ワクチン接種を受けた人口は2500万人を超えた。総人口の37%が少なくとも1回は接種を受け、16%は2回目の接種も終えている。5月21日に発表された調査会社Cevipofの調べによれば、フランス人の65%がワクチンを受けることに積極的で、2月より16ポイントも上昇している。だが、パストゥール研究所によれば、集団免疫を獲得するには80から90%の人がワクチンを受ける必要があるのだそうだ。初めは70%と言われていたが、変異株の出現により、ハードルが上がったという。専門家と政府は、この数値を達成できるかどうかを心配しており、バカンス地で2回目の接種が受けられる、自宅前で接種が受けられるようにするなど、接種率を上げる対策を考えている。ワクチンの効かない変異種の出現も心配されていて予断は許さないけれども、とりあえずワクチンが行き渡ることでコロナ危機の出口の希望が芽生えた。
テスト・コンサートの結果が出るのは、6月の末になる。