文部科学省発信の「#教師のバトン」が炎上している。文部科学省のもくろみでは、教師冥利につきるような、キラキラ感動エピソードが書き込まれることを期待していたようだが、そうはいかなかった。
過酷な労働環境・労働条件に何の対策も打たないまま、若者に教員を目指してもらおうとは、虫がよすぎる。炎上しないほうがおかしい。
だが、「定年まであと何年」のカウントダウンが始まっている筆者としては、若い教員に何かしらのバトンを託したいと日々考えながら働いているのも事実だ。
自分に何ができるか。まぎれもなく託せるものがあるとしたら、ジェンダーの視点だろうか。
世界経済フォーラムが3 月31日に「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数 2021版」を発表した。森喜朗前会長の女性差別発言に象徴されるように、旧態依然としている日本。前年よりさらに順位を落としているのではないかと思っていたが、世界156カ国中120位(前年は153カ国中121位)と順位はほぼ変わらなかった。
評価分野をそれぞれ見てみると、経済117位(前年115位)、教育92 位(前年91位)、健康65位(前年41位)、政治147位(前年144位)だった。
新型コロナの影響が女性により多く出ていることが、順位を下げた要因の1つだろうか。「健康」の順位が25位も下がり、経済・政治はもとより、教育までもが下がっている。
購読している「週刊金曜日」1324号(2021年4月9日発行)の「今週のジェンダー情報」にも、ジェンダー・ギャップ指数2021版のことが詳しく取り上げられていた。
「週刊金曜日」の記事によると、日本の政治分野の順位が147位だったことについて、三浦まり上智大学教授が「政治が足を引っ張っている」と指摘。バイデン政権で女性閣僚が増えたことにより、米国が23位も順位を上げ、30位になったことにも言及されていた。
三浦さんはさらに「政権の意識が変われば政策も変わるので、経済業界や社会の意識も変わる。政治が率先してジェンダー平等を実現できるはずなのに、日本は逆で政治が変わらないから社会を変える政策が実現できない」等々、鋭い指摘をされている。
「週刊金曜日」の同記事では3月31日に東京永田町で行われた駐日EU代表部主催のイベント「ジェンダー平等と若者世代」についても取材されていた。
その中でのモルドバ共和国のアンナ・ヴァタマニュク臨時代理大使の言葉が、教育に携わる者として、心に響いた。「ジェンダー平等の教育が最も重要だと思う。わが国は教育こそが貧困や差別に対する解毒剤になると考えている」。
ジェンダー平等教育を行うには、教員自身がジェンダーの視点もしっかりと持っておかなければ成し得ない。
かつて、学校の児童・生徒名簿には、「男女別男子優先名簿」が当たり前に使われていた。ジェンダーの視点で見れば、そんな名簿はおかしいよという指摘があり、性別で分けない名簿が普及し、今日に至っている。
今日では、制服にも変化が起き、女子の制服にスラックスが導入されたり、ジェンダーレスのものが取り入れられたりしている。
そういえば、先日の入学式の日、職員集合写真を撮影する際、写真屋さんの言葉かけがこれまでと違っていたことに気づいた。
以前は座っている職員に対して、女性には「両手を重ねて膝の上に、足はそろえて少し斜めに」、男性には「手は軽く握りこぶしを作り、左右の膝の上に、足は広げて」などとポーズを要求していたが、今回は手の位置の要求はなく、男性職員に対して「膝を少し閉じて」と声をかけていた。
進路指導に関する生徒に対する言葉かけ一つとっても、かつて「女子は文系、男子は理系」「女子は県内、男子は県外も視野に」「女子は短大でいい」等、その言葉を口にしている教員は無自覚なまま差別がまかり通っていた。
教師のバトンとしてのジェンダーの視点。今年度初めてクラス担任をする教員が、同じ職場に2人いる。その2人には、男女問わずワーク・ライフ・バランスを取りながら豊かな人生が送れるような進路指導ができるよう、しっかりとバトンをつなぎたい。