ラブピースクラブ25周年、おめでとうございます。北原みのりさんとラブピースクラブとともに同時代を生きてこられて本当によかったと感謝しています。北原さんのおっしゃるように、「フェミなことを書ける」場として、「痛みや怒りが共有できる」場として、ラブピースクラブがこれからもずっとずっと続きますように。
さて「怒りが共有できる」と言えば、先週、日本オリンピック委員会の会合で、組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言して、日本国内はおろか、世界中で物議をかもしている。火消しに躍起になったのか、組織委員会は「東京2020大会と男女共同参画(ジェンダー平等)について」と題する声明を、公式ホームページで発表したようだ。森さんの発言を「五輪の精神に反する不適切なもの」とした。
ここへ来てまで、わざわざ「男女共同参画」という言葉を使うセンスを疑う。そんな組織だから、会長があれで許されてきたのだろう。あんな発言をする人物を「会長」に据えなければならないほど、人材不足なのかもしれない。情けない限りである。もしその場に自分がいたら、「わきまえない女で結構!」と、たんかを切りたいところだ。
2月9日の東京新聞によると、2月4日の午前、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会に到着した森さんが、「『(辞任の)腹を決めた』と告げると周囲から、『とんでもない。みんな納得しない』などと翻意を促された。安倍晋三前首相からも電話があったという」。この段階で辞任していたら、事態の収拾も早かったろうに、組織委員会の対応は、傷口を深めた格好だ。この問題は、森さん個人ではすまされないところが根深い。彼があの発言をしたとき、その場にいた人たち(おそらくは男性)から笑いがもれたというから、さらにたちが悪い。口には出さないが、森さんと同じようなことを心の中で思っているのだろうと想像される。
森さんのまわりには「わきまえて」いる人が多いのだろう。「わきまえて」いたから、彼に何も言わずに、これまでそんな発言を許してきたのだ。
改めて世の中を見回すと、「わきまえて」いる多くの男性たちがいることを実感する。「わきまえて」いたから、先輩議員の後について行って、緊急事態宣言下で銀座のクラブをはしごしたのだ。緊急事態でも銀座のクラブに行くのだから、平時から行っていたであろうことは想像に難くない。そして、先輩として「わきまえて」いたから、後輩議員をかばい(結果的にそれは裏目に出たが)、銀座のクラブへは1人で行ったとうその説明をした。時を少しさかのぼれば、立場を「わきまえて」いたから、某地方議員たちは逆らうことなく、某国会議員から票集めのための金を受け取ったのだ。
これらの「わきまえて」は、前政権時に話題になっていた「忖度」の使われ方に似ている。長い物には巻かれろ体質とでもいうべきか。おかしいと思っても、反論したり質問したりせずに、黙ってつきしたがう。権力を握る者にとっては、都合のいい取り巻きだ。女は黙って男の言うことにしたがっていれば良い。形だけ頭数合わせのためだけに、女性を「参画」させておけば、「平等」でなくても許されてきた日本社会だ。政治の世界ではその「参画」すら満足に進んでいない。
世界経済フォーラムが2019年12月に発表した「ジェンダーギャップ指数2020」では、世界153カ国中、日本は121位だった。政治分野に限って言えばさらに低く、125位という結果だった。前回は149カ国中110位だったから、悪化していると言える。今年3月に発表される予定の「ジェンダーギャップ指数2021」では、いったい何位になっていることやら。
衆議院議員が1人も出たことがない都道府県が8県、参議院議員が1人も出たことがない都道府県が11県あることは以前このコラムでも触れたが、社民党党首の福島みずほさんが、雑誌『部落解放』2021年2月号に書かれていたコラム「なぜ女性議員がいない」では、地方議員についても書かれていた。福島さんによると「地方議会で女性ゼロの議会は18%」。「女性議員がゼロと女性議員が1人の議会を合わせると、なんと45%」とのこと。全国の地方議会の約半分に、女性がゼロか1人しかいないのが、日本社会の実態なのである。
私の地元の、ある県議会議員の女性から、「議会で質問に立つと男性議員たちから、からかいのヤジが飛んでくる」と以前聞いたことがある。情けない地方議会のありさまだ。こんなことだから、議員になりたがる女性が少ないのだろうし、議員になっても、議会の女性蔑視の雰囲気に、エネルギーをそがれているに違いない。会議に「参画」させるなら、「わきまえた」女性に限る。男たちの既得権を脅かすことなく、男たちの意見に素直に従う。そんな、自分たちに都合の良い女性だけを望んでいるのだろう。日本中、いたるところにまだまだ森的なものが残っていると、今回の女性蔑視発言を聞いて、多くの女性が思ったのではないか。森さんがたたかれただけ、これまでの日本より一歩前進した感があるくらいだ。
経団連の中西宏明会長も、2月8日の定例記者会見で、森さんの女性蔑視発言について「日本社会には、そういう本音があるような気がする」と述べたと報道されていた。この中西さんの「日本社会」には、女性が入っていないような印象を受けるが、どうだろう。いや、中西さんのいう「日本社会」は、女性が入っていないのではなく、多様性を認めない男たちだけで構成されているかのようだ。今回の森さんの発言には、男性からの批判の声もたくさん上がっている。日本も少しずつ変わってきていると実感する。
それにしても、立場をわきまえていたなら、こんなおろかな発言をして世界中からバッシングを受けなかっただろうに、一番立場をわきまえてらっしゃらない方は、森会長自身だったという、なんともお粗末なお話である。ここで立場をわきまえて森さんが辞任すれば、ジェンダー平等を推進する東京オリンピック・パラリンピックに大きく貢献することになるだろうし、「女性蔑視は許せない」と国内外にアピールできるいい機会になるだろう。