人が亡くなると、遺された家族はもろもろの手続きが大変で悲しむ間すらない。役所の手続きひとつとっても、死亡届を出したら、後は役所がやってくれる……わけはなく、介護関係はこちら、医療関係はこちら、税金はこちら、戸籍の関係はこちら、水道はこちら、と、役所の内外を走り回る。担当が違えば、提出する書類も違う。何度も何度も、住所氏名を書いて、親子関係を証明する書類――戸籍謄本と住民票と免許証をセットで――を見せてコピーをとられて。そのたびに、何のためのマイナンバーだよ、と思う。
年金だって、そう。父は、勤め先や勤務形態が何度か変わっていたこともあり、種類の違う年金の給付を受けていた。だから、給付の停止や未払い分の請求手続きも、市役所に行き、年金事務所に行き、なんとかセンターとやらに行き、違う年金事務所の窓口に連絡し……。そもそも、平日に窓口に行って手続きをすること自体、フルタイムの仕事を持っている身には、大変難しい話である。ワンストップで手続きはできないものか。個人に割り当てられている年金番号は何のためにあるのだろうね、とここでもグチる。
そして、輪をかけて大変なのが、名義関係の変更だ。電話番号や家にしたって、故人のものを引き継ぐには、それなりの手続きを経なければならない。凍結された銀行口座を解約して預金を引き出すのにも、故人の生まれてから死亡までの戸籍を全部集めないといけない。父の場合、一カ所ではすまず、しかも、戸籍がややこしいことになっており、どの窓口でもすんなりと謄本を発行してはもらえなかった。
渡された除籍謄本には、わたしの知らない父がいた。見ても良いのだろうかと、戸惑う。戸籍の情報は、個人のプライバシーのはず。それが、直系親族というだけで、曾祖父にまでさかのる戸籍が開示される。それに問題はないのだろうか。
戸籍には、オンナコドモが、あっちにやられたり、戻されたり、かと思えばくっつけられたりしていることが記録されている。オンナコドモが、まるでモノのように扱われている、と思う。本人たちの意思や感情はどんな風に扱われたのだろうと、その人たちの面影を思い出しながら。イエ制度の問題が、歴史上の事実や研究対象などとしてではなく、まぎれもなく生きている個人が巻き込まれていったものであることを、わたしの知る人たちの名前が書かれたその紙を握りしめて思う。
選択的夫婦別姓が話題になるたび、絆だー、とか、家族の一体感だー、とか、両親の姓が違うと子どもはかわいそうだ-、とか、夫婦や家族は同姓でなければならぬ、というリクツが述べられる。しかし、家族はみな同姓が当然と考えられた頃に、その構成員全員に、一体感や絆が感じられていたとでもいうのだろうか。家族が一人ひとり、個人として大事にされていたとでもいうのだろうか。いやいや名乗らされた人はいなかっただろうか。大事にされていたのは、守られていたのは、イエという制度でしかなかったのではないのか。
今年春の、特別定額給付金のときも、10万円は世帯主の口座に振り込むこととなっていて、イエ制度の亡霊は2020年にもうろうろしていることを改めて知らされる。
選択的夫婦別姓といえば。一昨年、パスポートの期限が切れるのを前に、旧姓併記での申請をしようとしたときのこと。普段から、研究者として研究成果の公表はもちろん、大学まわりの仕事も旧姓(って言い方もどうかと思うが)で通しているし、何の疑問も持たずに、旧姓併記でのパスポート発行を申請した。資料として、海外で出版された旧姓で執筆した本の情報、海外での研究活動の状況が分かる書類、旧姓で授与された学位記のコピーなどを持参して。
そうしたらなんと、わたしの場合は認められないといわれたのだ。結婚前に、旧姓で書いた(っていうか、そのときは旧姓という概念はないわけだが)論文が公表されていなければ、旧姓併記の条件に該当しないのだという。
かくして、わたしのパスポートには、旧姓が記載されていない。パスポートには旧姓併記ができるから別姓制度を導入しなくても問題がないなどと言っている政治家がいるようだが、「はああああ??」と申し上げたい。わたし、申請すらできなかったのですけど!
研究者の場合、旧姓併記が認められるのは、結婚前から研究活動をしており、結婚で姓が変わることで論文の執筆者名が変わってしまうと、同一人物の研究成果として認められないという不利益があるときのみということだった。わたしのように、結婚後、つまり、姓を変えた後に研究者としてのキャリアをスタートさせた者には、結婚前の姓を使う必要がなく、改姓による不利益が生じようもないから、旧姓併記は不要であるというリクツだった。結婚後に、研究者としてのキャリアをスタートさせた者には、旧姓を名乗る理由や資格がないと言われているようだった。
旧姓で活動しているという現実は、誰かの決めたリクツの前に無視される。その現実こそ、わたし自身の人生なのだけれど。