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ここからは、連載その11を受けて、刑法で守られている妊娠中の女子の生命・身体、母体保護法で守られている母体の生命健康とは、いったい何なのか、具体的に考えていくことにする。

 刑法第212条には「妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懸役に処する」と定められている。この法律が作られたのは、明治40年=1907年である。法律制定時には、この条文は確かに「女性の健康」を守る機能を果たしていた。なにしろ、当時、女性たちが望まない妊娠を終わらせるために用いていた「薬物」は、まがいものだったり、毒物だったりしたためである。

 一方の、母体保護法は1948年に制定された優生保護法を改正した法律で、中絶に関する条文は優生保護法からそっくり受け継いでいる。以前、指定医師必携において中絶はソウハ手術を前提していたと書いたが、優生保護法が制定された1948年当時、ソウハ手術しか中絶方法しかなかった時には、トレーニングを受けた医師のみに中絶を許可することは、「母体の生命健康」を保護するためにある程度は有効だったと考えられる。

 しかし、現代の中絶薬、すなわちミフェプリストンとミソプロストール(この2つの薬はセットで用いるので「ミフェ・ミソ」と略すことにする)は、危険どころか、国連保健機関(WHO)が「安全な中絶」として推奨している方法であって、WHOの必須医薬品リストのコアリストにも掲載されているほど「必要不可欠な医薬品」なのだ。

 むしろパンデミックのために中絶手術ができない現在でも、中絶薬を使えば安全に中絶はできるし、世界では(たとえ政府が中絶薬を認可していない国でも)WoWなどのサービスを使って薬を手に入れ、妊娠を流産させることは可能なのである。ところが日本では、刑法堕胎罪のためにそれができない。それは理不尽なことなのだ。ミフェ・ミソがどのような位置づけの薬なのかを知れば、なおのこと理不尽さが分かるはずである。

 中絶薬については連載の「その2」でも書いたので、そちらも参照してほしいが、簡単に説明を加えておく。妊娠を終わらせるミフェプリストンと、子宮の内容を外に排出させるミソプロストールをセットにしたものだ(「ミフェ・ミソ」と呼ぶ)。第二薬のミソプロストールは胃潰瘍などにも使われる薬で、日本でもサイトテックという商品が使われている。じつはこのミソプロストール単独でも妊娠を終了させることができるが、ミフェ・ミソの方がより確実性が増す。

 ミフェプリストンは1980年に開発され、1988年に中国とフランスがそれぞれ自国産の製品を認可した。つまり現在では開発されてから40年、最初の認可から32年経っている。「ミフェ・ミソ」は2005年にWHO必須医薬品リストの補完リストに掲載されるようになり、2019年には補完リストからコアリストに移された。その意味については、以下で説明する。2019年末現在、75か国で認可されるまでに広まっているが、今回のパンデミック騒ぎでますます注目を集めている。

 WHOの「必須医薬品」とは、人々の優先的な医療ニーズを満たし、効果と安全性が証明されていて、妥当な価格で、コスト効果が高い医薬品である。そうした医薬品のラインアップしたリストには、コアリストと補完リストの2種類がある。

 「コア」とは「中核」の意味で、コアリストに載るということは、必須中の必須、人々の健康のためには絶対外せない医薬品だということを意味している。その選定基準は「専門的な診断や経過観察、特別なケア、特別な訓練も不要」なほど安全で、効果が高く、コストも安いことである。

 2005年にWHO必須医薬品リストの補完リストにミフェ・ミソが入った時には、専門的な経過観察が必要だとする注意書きと次の但し書きが付けられていた。

 >ただし国内法および文化的に許容されているところに限る。

 2019年のリスト改版時、上記の注意書きも但し書きも削除すべきだとの議論があった。結果的に注意書きは消えたが、おそらくプロライフ派から圧力がかかったのだろう、この但し書きは残されてしまった。医学的には「必須」な医薬品を選択することが、政治的に阻まれているのである。

 このジレンマを解くヒントになるのがイギリス連邦の中絶状況かもしれない。イギリスでは新型コロナ危機に際して、時限法でいちはやく中絶薬のオンライン処方を認可し、それと同時に、イギリスの産婦人科医師たちは、中絶薬オンライン処方のための分厚いマニュアルも発行した。

 どうしてこんなに素早かったのだろうと不思議に思っていたら、どうやらイギリスではパンデミック以前に「医学的メリットもなく、女性にとっての利益もないのに、無意味に中絶へのアクセスを妨げていた」従来の中絶医療の見直しが進められていたことが分かった。その背景にあったのは、女性や少女の健康とウェルビーイングを改善するために行われた徹底的な研究であり、その成果物である『ベター・フォー・ウィミン(女性のためにより良く)』と題されたという全84頁の提言書である。

 この提言書には23の提言が盛り込まれている。提言1の冒頭にあげられているのは、「女性の健康への信頼のできる情報へのアクセス」で、その内容として挙げられている5項目の筆頭が、「避妊、中絶、生殖関連サービスへの容易なアクセス」である。実態調査、研究、議論などの末に、こうした目的が掲げられ、具体的に中絶医療の改善も進められてきたということが分かる。(ちなみに「少女や女性に対する暴力」も上記5項目の中に含まれている。)

新型コロナウィルスのために医療崩壊の声が聞こえてきたとき、「中絶薬のない日本の中絶はどうなるだろう?」と思ってぞっとした。ウィルスが猛威を振るっている今、まさに危機は現実化している。高価でアクセスの悪い避妊薬、OTC化されない緊急避妊薬、ソウハしかない中絶医療、刑法堕胎罪、女性差別の視点に欠けた「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」といったすべてのつけが、今、回ってきているのだ。

 ウィルスとの闘いに疲弊しそうになる毎日だけど、オンラインでなら集まれる。心の距離なら縮められる。諦めないで一緒に声をあげていきましょう。

 

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塚原久美

塚原久美(つかはら・くみ)

中絶問題研究者、中絶ケアカウンセラー、臨床心理士、公認心理師

20代で中絶、流産を経験してメンタル・ブレークダウン。何年も心療内科やカウンセリングを渡り歩いた末に、CRに出合ってようやく回復。女性学やフェミニズムを学んで問題の根幹を知り、当事者の視点から日本の中絶問題を研究・発信している。著書に『日本の中絶』(筑摩書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(Amazon Kindle)、『中絶問題とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)、翻訳書に『中絶がわかる本』(R・ステーブンソン著/アジュマブックス)などがある。

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