東京大学医学部の保健学科感染防御学専攻を志望したのは、当時日本上陸するも決定的な治療法がなかったエイズ禍に関わる仕事に就きたいと思ったからだ。修士修了後、博士課程では医学科に転科して病理学専攻になった。実習で廻ってくる学部生(研修医の卵ですね)の指導も行った配属先の微生物学研究室、旧細菌学教室は(行ってみて驚いたのだが)現首相の祖父も戦時中関わっていた731部隊の医師たちの所属部署だった。
中国大陸で行った戦争犯罪である人体実験全データを、アメリカ政府に引き渡す取引きで不起訴になった戦後処理の経緯を示す文書が、米国連邦公文書館で確認されてテレビで報道されていた医師たちだ。戦後彼らは緑十字など国の政策と医療ビジネスの中核にいたまま、汚染された国産治療薬と知りつつ安全な輸入滅菌薬を拒んで他国にはない薬害エイズを起こした。患者集団訴訟の裁判所命令もあって、当時の細菌学教室も感染症施策に深く関わっていたのだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、学部が京都だった自分は、アメリカで客員研究員になるために必要な所属元として、自分なりの覚悟を持って子ども時代のツラく苦しい暴力と抑圧の記憶のまだ癒えないふるさとの東京に戻ったつもりでいた。しかし医局という封建組織での抑圧は思った以上で(ボストンに移住するまでの短期間だったとはいえ)新たな傷跡を残した。
研究室の自分の机にいたら、何の前触れもなく先輩の博士学生にいきなり横から耳を強く殴られ、椅子から転げ落ちて一時的に聞こえなくなった。女っぽい性格が気に食わなかったそうだ。指導教官がすぐ隣りの医局の耳鼻科に連れて行ってくれて器質的損傷がないか確認したが、その際「カルテには転んだことにしておいて」と頼んでいた。ここの医者たちはエリートかもしれないがモラル面では子ども以下だと思った。殴った博士生は現在、国立感染症研究所の部長(コロナ担当ではないです)になっている。
「自身の内面の同性愛的指向」を意識させる他者によって自己アイデンティティが脅かされると、ヘイトクライムの暴力が強化されるという原理を学んだのは、無事ボストンで安全を手に入れてからで、当時はどこかで「またか」という二次的被害の意識だったように記憶している。というのも高校時代のいじめトラウマ後も、すでに(未診断だったが)うつ症状を発症し逃げるようにたどり着いた京大でも、アカデミズムによる抑圧は強化された気がしていたのだ。
うつのために今でいう引きこもり状態となり、2浪2留2年休学後に今年卒論書けなければ除籍、という年に一念発起してこのままでは自分は死んでしまう、死ぬ前にアメリカでエイズについて学んでみたい、と思い立ち地元東京の大学院を受験したのだった。その前、引きこもり真最中に学園祭企画で、先輩浅田彰先生が平安女子短大(当時)の上野千鶴子先生を呼んでのトークがあった。サブカルチャーで目にしていた二人には自分の苦痛をわかってもらえるかもしれない、という希望で必死の思いで寮を出て参加した。
勇気を振り絞って通学できない自分の生きづらさについて質問したら、壇上から上野先生が「あなたオカマちゃんでしょ、オカマは女性学から学ばなきゃダメ」男性特権に胡座をかいてるから…と持論を繰り出したのだった。顔から火が吹き出た気がした。浅田先生も何のフォローもなく二人でニヤニヤ楽しんでいる様子だった。羞恥心で、今で言う「アウティング」とはこういうことなのかと思うが、引きこもりを更にこじらせたのは言うまでもない。アカデミック・ハラスメントは権力ゆえに起こる構造的抑圧なのだ。
今回帰国して、上野先生がその随分後にゲイについて自己批判したのを知ったのは40代になってからだった。その言い訳が「当時知っていた同性愛者が三島由紀夫と美輪明宏だけだったので、彼らのミソジニーを告発する使命感のあまり」弱者に思いが至らなかったとのことで、これは最近の「みんな貧乏で移民を受け入れない日本でいましょう」発言同様眉唾だと思っている。女性学研究者で浅田彰の友人でこの歴史上の権力者たち以外に同性愛者を知らないはずがない、先生は嘘をついたのだと理解した(何なら青春を返してほしい)。
心ある読者には理解してほしいが、晴れてボストン到着日から安全と平穏を手にした当時のオガワフミちゃん(20代終わりでしたから)は、その後幸せな30代を送ったので安心してもらいたい。だから尚更、日本での構造的抑圧が透けて見えるようになったのだと思う。今回の新型コロナ騒ぎの五輪利用を見て心から思う。この人たちに市民の生命と財産を守る意識など最初から無いのだ。日本の医学部教育では感染症や遺伝子領域をほとんどの医者が国試合格後、ローテーション後忘れてしまう制度設計になっている。
早期発見・早期隔離が、治療法の確立していない新興感染症拡大防止の基本中のキだ。2009年の新型インフルエンザで感染爆発地のメキシコを訪れて調査させてもらってつくづく思う。海外の医療は自粛しない。武漢で治療に当たられた医療者たちも、メキシコで出会った臨床家たち同様大変な献身で時間をかけて制圧したのだと思っている。
そして。感染症対策に最も有害なのがスティグマ(先入観・偏見の烙印)だ。日本はこれでつまずいた。G7地域で唯一若年層のエイズが増加しているのも、同性愛者差別を解決しないまま検査を受ける人が増えず、無症状のまま水面下で流行が潜伏拡大したからだ。筆者がボストンで治験に関わったHIV感染予防薬も「日本社会には馴染まない」理由で15年遅れて、やっと治験が始まろうとしているところだ。コロナ検査もHIV検査同様、民間の臨床検査会社(一般検診で血液や尿検査結果の紙にSRLとかBMLとか書いてあるアレです)ラボを活用できれば、今すぐに韓国・ドイツ並の安定した1日1万件検査体制のロジが国内で確立されている。なのに、やらない。
決定に関わる部署が市民の健康ファースト、よりも権力側を向いている国だからだ。40代で帰国後最初の仕事が厚労省の特任研究員だったので、医官たちを見てそう思う。アメリカの連邦研究員だった時と較べて、あまりに組織が向いている方向が逆なのだ。医療エビデンスには各レベルがあって、公衆衛生学上データの量と質にかけるインフラが日本は二桁以上少なく、今後更に減らすことが決まっている。政権交代を望みづらいからなのかもしれないが、与党政治家ファーストにしておけば自分の身分は安泰だという構造が強過ぎる。亡くなった財務省の一般職の職員さんのことを知り心底そう思う。
楽しみにしていた韓流エンターテインメント見本市、KCON 2020も全席払戻しになった。全国一斉休校等の自粛要請を受けてだ。筆者は3日間のコンベンションの2日目、推しアイドルバンドのグループDAY6(有名どころで言うとCNBLUEやFTISLANDの次世代バンドですね、古くはモンキーズや男闘呼組)出演日の抽選を申込んだら、その後同日に同事務所のTWICE出場も発表されて、久しぶりにうつの仲間ミナちゃんに会えるかもと期待していた。でも確かに国際展示場でのミート&グリート(通称ミーグリ)、と呼ばれるマーケット形式は飛沫リスクがある(そもそも通常型コロナ自体は普通の風邪の大半を起こすウィルスなので、抗生剤は効きません。一番効果あるのは石鹸です、アルコールよりも)。
残念ではあるが、一方一連の騒動で観られて本当に良かったのがカンギョンファ韓国外相が出演したBBC番組「Andrew Marr Show」だ。筆者が念願かなって客員研究員をしたボストンの大学で、コミュニケーション学の博士号をお持ちの女性だ。透明性・公開性のあるメッセージを堂々とした英語で、「死亡率を低く抑えているカギは、国が先導した大規模検査の体制です」と明確に説明して、社会パニックを予防するのが政府責任という、公僕の矜恃を伝えていた。これも100万人市民によるキャンドルデモによる政権交代の成果の一つだ。ぜひ見てみて下さい、字幕付きです。
今日のニュース: 韓国外相、国内の新型ウイルス感染「安定化が見られる」https://www.bbc.com/japanese/video-51903494