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ある日の閉店三十分前に、レジでスタッフの女の子に何か尋ねている男性の姿を見かけました。対応できているかしら、と近づくと、彼女が困ったように「店長~、代引きができるか、っておっしゃってるんですけど」と言うのでバトンタッチしました。

がっしりとした体格で年の頃は二十代後半か三十代前半、ちょっと猫背。大きな目でじっと私を見つめます。
「代引きできますか」と同じことを繰り返します。
「できますけど、送料と手数料がかかりますよ」
「大丈夫です」
はっきりとした口調で答えます。

「じゃあ、どうぞ」と促すと、タレント本と鉄道の雑誌があるかどうか訊いてきました。案内したあと五分足らずで、旅行雑誌を含めた十冊程度をレジに持ってこられました。

ちょっと失礼かしら、と思いましたが、「現金はお持ちじゃないんですか」と訊いてしまいました。
「持っていません」と答えます。
彼は手ぶらで、ジャージパンツの両ポケットには色んな紙がはみ出さんばかりに突っ込まれています。たぶんほとんどフリーペーパー。

「一万円以内なら大丈夫なんです。いくらになりますか」と急いたように訊いてきます。レジにすべてを通したら八千円くらいでした。これに送料と代引き手数料を加えてちょうど一万円以内に。
それを伝えると納得した表情で、宅配便の伝票に住所と電話番号を書き始めます。しっかりとした字。

まあ大丈夫か、と、商品を預かり「ありがとうございました」と見送ると、すぐに帰ってきて、「ぜんぶでいくらでしたか」と尋ねます。
紙に書きますねー、と本の金額と手数料、何日に荷物が届くかを記し、そして店舗印を押して渡しました。彼はそれをくしゃっとポケットに突っ込み帰っていきました。

翌日、荷物を発送したあと、昨夜より少し早い時間に彼は姿をあらわしました。そしてまた、金額と着荷日を訊いてきます。そのポケットの様子だとメモがどこにいったかすぐにわからなくなりそうです。落とすかもしれないし。だから現金を持っていないのかもしれない。ここまでくる電車賃はどうしているのか。いろいろ想像しながら、昨夜と同じことをメモに書いて渡しました。

荷物の受け取りもあるし、「宛先の住所には一人で住んでいるんですか」と訊いたら、「そうです。お父さんとお母さんは奈良県にいます。明日(着荷日)奈良から来て家に泊まるので(荷物の受け取りは)大丈夫です」と答えました。

その時にふと、彼の黒いポロシャツの胸ポケットに小さく二つの漢字が黄色の糸で刺繍されていることに気がつきました。
ラーメン屋かな、と思いました。
彼が帰った後にネットで検索すると、ここから特急で二つ目の駅にあるお寺の名前だとわかりました。そこに障害者作業所の表示がありました。

職場がわかってしまった。でもこれで何かあったときは対応できそう、と一安心しました。

すると帰ったはずの彼から電話がかかってきました。表示は公衆電話です。
「お父さんから電話があってもこのことは言わないでください」
このこととは……。
「本を買ったことですか」と訊くと、「そうだ」と答えます。
なんだか混乱しているわ、と思って、そのあと伝票に書かれた家の番号に電話してみました。

お父さんが出ました。もう奈良からやって来たのかしら。
尋ねると、伝票の住所に彼と二人で住んでいると言います。
「あいつ、そんなこと言うてましたか」
ええ、それでこれこれこういう事情でお電話しました、と言うとあやまってこられました。
「いえいえ、なにもあやまっていただくことはありませんが、状況をお伝えしていたほうがいいかと思って」などとごちゃごちゃ言っていたら説明してくれました。

彼は本を買うのが好きで、お金を持たせたらすぐに使ってしまう。それで苦肉の策として代引き発送で月一万円以内までとルールを作ったが、そうするとあちこちで「一万円以内」をしてしまい、一時は支払えなくてほとんどキャンセルしたこともあった。今回も他所で買っているかもしれないので、もし払えなければ、送料は負担するので受け取り拒否で送り戻してもよろしいか、ということでした。

それはまったくかまいませんが、今後また息子さんが来店したらどうしましょうと訊くと、「売らないでやってください」と言います。
せつなくなってしまいつい、「後でキャンセルされるのはかまわないので、本はウチで買われたらいかがでしょう。その都度ご連絡差し上げますので」と返答しました。
「そうしていただけると助かります」そうおっしゃられて電話は終わりました。

町の本屋の(というか、周囲の人たちの)役割とは……、としばらく考え込んでしまいました。
今回、本は買っていただきましたが、私が出しゃばりすぎたせいか、それきり彼が姿を見せることはありませんでした。

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茶屋ひろし

茶屋ひろし(ちゃや・ひろし)

書店員
75年、大阪生まれ。 京都の私大生をしていたころに、あたし小説書くんだわ、と思い立ち書き続けるがその生活は鳴かず飛ばず。 環境を変えなきゃ、と水商売の世界に飛び込んだら思いのほか楽しくて酒びたりの生活を送ってしまう。このままじゃスナックのママになってしまう、と上京を決意。 とりあえず何か書きたい、と思っているところで、こちらに書かせていただく機会をいただきました。 新宿二丁目で働いていて思うことを、「性」に関わりながら徒然に書いていた本コラムは、2012年から大阪の書店にうつりますますパワーアップして継続中!

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