私の通っていた幼稚園はお寺がやっている仏教系のところだった。だからか知らないけれど、ふと仏教っぽいことを考えることがある。
先日、嘘をつくと死んだ後に地獄に落ちて閻魔大王に舌を抜かれる、という話を思い出した。
私は、嘘なら小さいものから大きいものまでつきまくっているので、嘘をついたくらいで今さら驚かないし、閻魔大王のことなんて考えない。
こんなことを考えたのは、最近ほんとうに余計なことを言ってしまい、青ざめるほど後悔したからだ。
しかも、余計なことを言いながら、「ああ、そうじゃないのに」と私はわかっていたのだ。口が動いている間、脳の別の部位でずっと考えていた。なのに、余計なことを言い終わった後で、私は軌道修正しなかった。
最近、話しても、書いても、こういうことがとてもよくある。
余計なことをこれ以上言うくらいなら、ほんとうにもう舌を抜いておいたほうがいいかもしれない。私はちょこちょこ書いたりもするから、舌を抜くだけでは足りなくて、腕も切ったほうがいいだろう。今はパソコンもあるから、右手だけじゃなくて左手も。手段を選ばない性格だから、念のため両足も。
小学生の頃、子どもは読んではいけない雑誌を読んでおぼえた「モウモウ」という都市伝説を思い出す。手足を切断されて、舌を抜かれた日本の女たちが東南アジアで性奴隷にされているという話で、手足がないから逃げ出せず、舌がないから言葉も言えず、助けを求めたくても「モウモウ」とうめくことしかできない──そんな話だった。
アジアに対して性加害をしてきた日本人の加害のトラウマの匂いさえするこんな怪談を大した脈絡もなく急に連想してしまうなんて、この話はよっぽど私のトラウマになっているのだろう。ある種のコンテンツは子どもの目に触れさせてはいけないということの意味が本当によくわかる……。
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さて、そういうわけで、サイゾー・ウーマンに掲載される対談をしてきたのだった。
その対談全体の目的はたぶん、若い読者に向けて「フェミニズムは怖くなくて素晴らしいからどんどん参入してください」というものだったんじゃないかと思う。「初心者向けで」と最初に言われた。
事前にもらっていた質問には、「あなたにとってフェミニズムとは何ですか」「フェミニストは怖い、男嫌いというイメージがありますが、どうですか」などだった。
竹村和子が『フェミニズム』(岩波書店、2000年)という入門書で「一冊でフェミニズムの全体像を示すなんて無体な」という主旨のことを言っていたことが頭をかすめた。
私は、なぜ自分が呼ばれたのかよくわからなかった。
(途中で、コミックという手に取りやすいフォーマットのフェミニズムの作品を翻訳していたからだと判明した。ほかの3人の対談相手の方たちも、それぞれに見せ方を工夫したフォーマットでフェミニズムについての発信をされている方たちだった)
そもそも私は数人の会話でのキャッチボールがひどく苦手で、事前の質問の難しさもあり、なんとなく少しだけ混乱していた。
それでも、自己紹介から始まって、対談はどんどん進んでいった。怒りのこととか、ツイッターでまともに論戦するのは無理とか、クソリプをどうするかとか話していて、おもしろいこと言うなあとか、的確だなあと思いながら、聞いていた。
それで、ちょうど、ツイッター上でフェミニストがバッシングを受けているという話になったときだったと思う。「フランスではどうですか?」と司会の方に振られ、フランスのことを聞かれるなんてまったく予想していなかった私はひどく不本意な答えをしてしまったのだった。
質問を受けた時、私の頭をよぎったのは若い女性ジャーナリストへのネットハラスメントが大問題になったLOL同盟というネットコミュニティのことだとか、トップレスで抗議行動をするフェメンという団体のデモのことだとか、オゼ・ル・フェミニズムなどのフランスのフェミニズム団体の活動のことだった。
それから、フランスでは日本に比べて社会運動が盛んで、デモのハードルが低く、連帯ということが大切にされている印象がある、ということも。
で、それが頭の中で混ざった私は、「フランスでは、もっと、なんというか、連帯する感じがありますね。女性が」みたいなことを口走ってしまったのだった。
違う。なんかまるで、日本の女性は連帯しないみたいだし、ツイッター上の連帯って具体的に何? って感じだし……。
フランスのことをやっていると、「フランスでは?」と聞かれることが多い。ふだん考えていることや、よく知っていることだったら、私だって自信をもって答えられる。でも、そうじゃないことは、よくよく整理しないと答えられない。
だったらそう言えばいいのだけど、その場ではできなかった。
私はさらに続けて「石川優実さんがツイッターで闘っていて、支援したいけど、あそこまで熾烈なバッシングにさらされているのを見ると、私は闘いに参入できない」という、バッシングする側の思うツボみたいなことを言い、さらに「でも、そうやってバッシングで人の口をふさぐんですよね」という完全に他人事みたいな感想を言ってしまった。
言いながら、「ああ、違う」と思っていたのだけど、そのまま会話は流れていった。
小さなことかもしれないのだけど、というか、書いてみるとオチとしては退屈で、ゆえに小さな問題なのではないかという気が自分でしてきて、少し気持ちが楽になるのだけど、とにかく私にはこういうところがあるのだ。
話しても書いても、自分の表現が下手なことに後から気づいて、真っ青になる。恥ずかしいし、もうそういうことが二度とできないように、舌や手足をどうかしたほうがよい、みたいな気持ちになるのだ。
よく、「そんな細かいことを言っていたら何も言えない」と言うのを耳にするけれど、私に関しては当てはまらない。どうせすぐ何か言う。だから、余計なことを言わないように気をつけておくか、言ったらすぐ軌道修正できる瞬発力を鍛えておくか、こんなふうにどこかで懺悔するか、なにか対策をとらないといけない。
ちなみに今回の件は、あとで記事を校正がでるそうだから、もし上記の発言が入っていたら抹消する所存だ。
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ところで今回の対談では、私も含め4人の参加者は自分が思うことを誠実に正直に話したと思う。男嫌いとか怖いイメージとか、「フェミニズムとは」といった問題について、それぞれが考えて、なるべく言いたい放題に話していた。
もしかしたらそれは、今フェミニズムに苦手意識のある人や、興味がない人にまで届くのは難しい話になってしまったかもしれない。
でも、私たちの対談を偶然にでも読んで、どこか少しでも響くところがあったら、フェミニズムに興味を持つきっかけになるだろうし、その時のフックになる言葉には嘘がないほうがいいと思うから、あまりキャッチーではなくても正直な話ができたのは、価値のあることだったと思っている。