“放送禁止歌”…。邦・洋問わずこの烙印を押された曲の数々に、私を惹きつけるものは多い。その多くは、反権力ソングだからである!RCサクセション、頭脳警察、泉谷しげる、マドンナ、モリッシー、マリリン・マンソン、ジョン・レノン(9.11テロ直後「イマジン」が放送自粛)などなど、偉大なるアーティスト達の素晴らしい歌の数々が放禁又は発禁の栄誉に輝いている。
放送禁止歌になる理由として、いわゆる放送禁止用語に順じた言葉使用からというものから、反体制的・反権力的・差別発言・不道徳・猥褻のどれかがたいがいあてはまると思う。ストレートな権力批判を込めたメッセージを歌うもの、風刺とユーモアが見事に効いたものなど手法も多様だが、それらには核心をついたものが多い。
今回ご紹介させていただく小林万里子も、満を期してのレコードデビューをこの放禁&発禁によって見事に打ち砕かれてしまった不遇なアーティストである。既に当HPのフェミドルインタビューに登場されていたので、アーティストの略歴などはそちらをご参照願いたい。かくいう私も、小林万里子をきちんと知ったのはこのインタビューを読んでからだ。こんなすごい経歴の女ミュージシャンがいただなんて…。即ネットからCDゲット。瞬く間にそのパワフルにぶっとんだ。日本人ばなれな一唱入魂のうたいっぷりに、いっきに惹き込まれる。日本の女歌手のこんなド迫力なうたいっぷりに出会ったのは、元メスカリンドライブ&ソウルフラワーユニオンの内海洋子(いまはソロです)以来かも。そういや小林万里子も内海洋子も関西人だ。内海洋子に関してはまた後日くわしく書こう。
ということで、小林万里子の歌についてである。復刻された『ファーストアルバム』は79年の作品だが、まったく古さを感じない。黒人たちが奴隷生活を強いられ、きつい労働の際に口ずさんだ歌がブルース。小林万里子の歌にはそのブルース魂が宿っている。さらに「自己本位の男」、「Woman to Woman」には、ジャニス・ジョプリンを彷彿とさせるロック魂までをも持って聞く者をしびれさせる。「日の丸ブギ」のアンチなフォークもめちゃくちゃかっこいい。高田渡や泉谷しげる、なぎら健壱など、おもに70年代のフォーク系男ミュージシャンがうたっていたようなジャンルでもある。そして彼らの歌も次々と放禁&発禁処分になっていたりする。「自衛隊に入ろう」という反戦歌(高田)、警官をおちょっくった「黒いカバン」(泉谷)、相撲協会の怒りをかった「悲惨な戦い」(なぎら)などなど。風刺を効かせて表現した歌詞はユーモアのわからんヤツラには、ストレートに怒りを表すよりもさらに腹が立つものらしい。規制する側の頭の固いお偉い方々にはそういうオヤジ衆が多いようだ。
小林万里子の「れ・い・ぷフィーリング」も例外なくおとがめを受けてしまった。彼女の歌詞は、男性と対等に身を置こうとする女性であれば少なからずや共感できる怒りであり、男社会に対する異議申立てなのである。彼女自身が体験した数々の苦汁からくる憤りが、そうそうそうなんだよと20年経ったいまでもすんなり受けとめてしまえる内容なのだ。この「れ・い・ぷフィーリング」、例えばいまこの曲のビデオクリップを作るとしたら、自民党のあのおっさんたちの御姿を切り刻んでコラージュしてみたくもなるが、あのおっさんたちのことだから、“男はみんな、れ・い・ぷ フィーリング…”なんて歌詞に喜んでしまいかねない危険性は大いにある。日本では政治風刺が通用しないと、「ニューズウィーク」のコラムでピーター・タスカも言っておった。
フェミドルインタビューでも触れていたが、放送禁止歌なんて本当はないのである。ここに森達也著の『放送禁止歌』を手引きに調べてみた。正確には民放連という所が1959年に発足させた「要注意歌謡曲制度」なるシステムが、ガイドラインとしてセレクトする「要注意歌謡曲」が正式名称。その一覧表には、ランクAからCにわけて取り扱い方が表示されている。「れ・い・ぷフィーリング」はやはりAだ。なんとピンク・レディの「S・O・S」はCで入っている。ただし、これはあくまでもガイドラインなので罰則などはない。そしてこの制度も83年には消滅状態。規制するメディア側が、勝手にタブーを作っているだけだ。いまも当時もあまり変わらない。
発売禁止に関しては、50年代にエロ歌謡への非難から「映倫」にあやかって「レコ倫」が作られレコード業界自主規制の権威となる。当時はそれに抗ってインディーズ・レーベルができたのだ。だが新人ミュージシャンにとってはラジオ・テレビでの放禁、メジャーレーベルでの発禁は命取りである。
小林万里子の「れ・い・ぷフィーリング」の確かな放禁理由はわからない。まずレイプという言葉がNGだったのではないか。だが実際は男社会に楯突くオンナの異議申し立てを封印したかったのだろうと私は思う。彼女の曲のどれもが、男&男社会のダメダメ部分の核心をつきまくっている。これはヤバイと蓋をした男達は果たして、客観的に考えて物議が起こる前に規制したのか。お偉いおっさんが実際に聞いて逆鱗にふれたのか。どっちだろうか…。
さあ、ここで「レコ倫」こと「レコード製作基準委員会規定」の1部をみてみよう。
�国家及び社会公共の安寧秩序を乱したり、良い習慣を破壊し、悪い風習を助長して、国民の健全な生活を害するような事柄は取扱わない。
―とんで―
�いたずらにみだらな性的観念を刺激するような事柄は取扱わない。
以下�までは省略。
規制する男社会・業界からすると、男&男社会に楯突くことはきっと�にあてはまっちゃうんだろうな。被害妄想な男であれば�も当てはめてしまう可能性も無きにしもあらず。
禁止処分となる歌には、部落や身体障害者に関するものも少なくない。辛い差別の現実を歌い、その現実に対処しようとする力(表現)を封じ込める、規制という共同幻想。実体のないからっぽな権力によって大きく奪われていく社会的弱者の闘うエネルギー。小林万里子のオンナ歌もそんな被差別者の轍を走らざるおえなかった。
最後に参考文献となった本と同名の「放送禁止歌」という歌についてちょっとだけ。山平和彦という往年のフォークミュージシャンが71年に作った歌です。作詞は白井道夫。男女同権・売春禁止・皇室批判・脱税小者・汚職大者などなどひたすら4文字熟語の羅列が歌われている。これが入った山平和彦「ファーストアルバム/放送禁止歌」はもちろん放禁。そんな「放送禁止歌」が「平成今日歌」として甦った。トランジスターレコードから発売されている。喜多恭佳という女性が痛快にうたっている。カラオケ付なので、自分だけのオリジナル放送禁止歌も作ってみるのも面白い。
<ラブピースクラブよりお知らせ>
2004年2月25日(土曜日)ラブピースクラブ・イベントにて小林万里子さんのライブを行います。詳しいパーティ情報はwebニュースにてお知らせいたします。