フレディ・マーキュリーがエイズを公表した時は誰もが驚いた。それまでエイズをカミングアウトした著名人はロック・ハドソンだけだったが、全盛期から数十年経った過去の俳優さんだった。知らない人がいないフレディのような現役バリバリの有名人が声明を出す事態に、社会の準備が一切無かったのだ。筆者も驚いた。その時彼はまだ生きていたのだが、翌日愛する人たちに見守られて逝去した。
さすがにボヘミアン・ラプソディーのようなクラシックはリアルタイムでは経験しなかったが、子ども時代バイシクルレースやフラッシュゴードンなどの歌は日本のAMラジオでもFMラジオでもよく流れたポピュラー音楽だった。その美しいメロディーラインとハーモニーで、グラミー賞からはクイーンの音楽はロックらしくないと一度も受賞がなかったし、皆真剣なロックはハードロックだと思っていた。
その後筆者が思春期を迎えた時期、フレディはドイツでソロ音楽を追求していて、親日家で新宿二丁目のカラオケバーにも良く一人で来ていたが、テレビ等の話題になることはなかったくらい、皆表に出す情報に気をつけていた時代だった。誰からも孤立し、孤独と親しむ時間の長かったフレディは、人権活動家からは一番縁遠いシャイな人柄だった。その彼があの時代に、生きているうちに声明を出す決意をしたのを、とても重く受け止めたのを昨日のことのように覚えている。
21世紀も5分の1が過ぎようとしている現在、今も聴き継がれている20世紀のロック音楽はビートルズでありストーンズでありクイーンだ。ライブエイドでのステージには、それだけの時空を超えた、音楽の普遍性の持つ力が宿っていた。
昨日BTS(防弾少年団)のワールドツアー、LOVE YOURSELF speak yourself ロンドンコンサートのディレイビューイングに行ってきた。爽やかな夜だった。夜と言っても時差の関係で日本は早朝で、衛星で送られてきた生映像をそのまま編集・通訳なしに、数時間後日本中の朝の映画館で何万の観客と共に体験した。ちなみに現地からのライブ配信が視聴可能な国・地域では、世界中から14万人がアクセスしたそうだ。
BTS好きな畏友と観に行ったのだが、好きなくせに共にファンクラブに入っていない。ようやく入手できたチケットは東武練馬イオンシネマ板橋という境界の地だった。しかし、こうしたていたらくの一般ファンでもローソンチケットで購入できるのが有り難い。(詳細は本文末の告知リンクを参照)
日本のライブビューイングでは事前のカメラ割り通り、各曲中ボーカル担当中のメンバーの顔のクローズアップばかりつないで中継することが多い。今回英国のクルーは全身中心に写してくれて、グループ全体が分かりやすかった。背景グラフィックもよく映り込んでいて、全体のデザイン上の美しさもスクリーン越しに感じられて大満足だった。
昨秋冬の日本ドームツアー、LOVE YOURSELFをご覧になった方には特にお勧めしたい。と言うのもライブ中の挿入VTRが同じなだけで、それ以外は同名ツアーのバージョンアップと言うには新しい演出が多すぎる、新ツアーと呼んでも良いくらいの仕上がりなのだ。
まず今回新たに加わった、Diorによる衣装がとにもかくにも効果的だ。それぞれパステルカラーの異なるプリント柄のドレスシャツを羽織って踊るシークエンスがある。ジミンの澄んだボーカルと中性的なダンスが衣装デザインと相まって、地上の夢のようだった。Diorの衣装が加わったのに、メンバーによってはシャネルのアクセサリーをコーディネートする遊び心が見られたり、決して一色だけにならない多様性のグループの持ち味が良く出ていた。
日本ドームツアー終了後しばらく経ってから新曲が多数リリースされたこともあって、曲順も舞台造りも大きく変わっていた。やらないと思っていた曲をやったり、メンバーそれぞれのソロ曲もジャミロクワイの Travelling Without Moving や、J.P.ゴルチエが衣装を担当したマドンナの Blond Ambition Tour へ直接のオマージュがあって盛り上がった。空気で膨らませる巨大な遊具が出現した時は、この人たちはワンダーランドを現実に作りたいのだという意思を感じた。
6月のロンドンは白夜のようにいつまでも薄暮が続く。3時間後、ようやく暗くなったスタジアムの天蓋を開けてのアンコールの花火に、ウェンブリー・スタジアム6万人の観客と(メンバーからコンサート中に声をかけられた全国の映画館の)日本のファンの感動が一つになった。
衣装の内側に着る白Tシャツのプリントもメンバーそれぞれで、ロゴがレインボーカラーだったり、虹柄ベルトを付けたメンバーがいたのも一部の欧米ファンのSNSで指摘があった。丁度日本のレインボープライドの数倍規模の欧米のプライド月間初日だった当日、アジア出身で韓国語で歌うBTSがウェンブリー・スタジアムで公演すること自体がダイバーシティーの実現だと感じた欧米人もいたのだ。
第一次・第二次韓流ブームでは市場規模の最大手は日本市場だった。「カンナム・スタイル」が欧米チャートを賑わせた珍事もあったが、あくまでランバダやマカレナと同じ際物枠の扱いだった。しかしBTSで初めて、普通に欧米の若者がアジア出身の彼らを格好良い・可愛い・セクシーと、地上波やYouTubeで愛で追いかける現象が出現したのだ。
6年前防弾少年団の名でデビューしたBTSは低迷期が続いた後、東方神起とは異なる楽しい群舞、BIGBANGのパーティーラップとも異なる時事問題を織り込んだ同時代性の強い自作ラップで徐々に国際的にファンダムを拡大し、遂に英国のグループ、ワン・ダイレクション休止後世界最大のボーイグループとして、ウェンブリー公演を実現した。
韓国には当地のボディーランゲージがあり現地のホモフォビア問題もあるのだろうが、日本や欧米のグループではあり得ない、これでもかというメンバー同士の濃いボディータッチの数々と、ステージ上のメンバー間の親密な愛情表現で、Love Yourself のツアーメッセージを感じた多国籍ファンも多かったのだろう。
公式ペンライトでウェンブリー全体をレインボーに包んだ演出は、ライブエイドでウェンブリーのステージを圧倒して、でもプライベートではどこまでも内向的だったフレディが夢見た世界かもしれないなと思った。
BTSはあくまで現実にこだわって社会にコミットする。差別や偏見の苦痛の中から空想する夢のような世界も、みんなで少しずつ助け合えばこの世に実現できるかもしれない。だから失敗から学び、より良い社会を作るための努力を続けた6年間だったのだ。
NHK「SONGS」出演時は、度胆を抜くワンカメラ・ワンカット・ワンシーンで一曲全部を演出したり、日本でも創造的な工夫をしていた彼らが、昨年ジミンのいわゆる原爆Tシャツで表舞台から暫く退いた。
二回の原子爆弾とソ連参戦で旧日本軍がポツダム宣言受諾をしたのは史実だが、光復節とキノコ雲を併記するのは、例えばアウシュビッツとドイツが占領したポーランド独立を共にプリントするのとは大きく異なるのだ。それに対する謝罪が心に残っている。
所属事務所Big Hitの代表者が、直接日本原水爆被害者団体協議会を訪れて状況の説明と謝罪を行ったのだ(韓国の被爆者団体へも同様の訪問を行った)。原因と自らの過ちの精確な本質を明らかにし、責任を謙虚に認め、言葉の上の謝罪だけでなく、同様の過ちを再び犯さないための防止策と、傷つけた人のダメージを償うためにも当事者と触れ合いながら学ぶ約束を交わし、受け入れてもらっていた。
「撤回する」「不快感を感じた人がいたら遺憾である」一点張りの社会の文化とは大違いで、大いに学びたいと思えた謝罪だった。ロンドンでのメンバーの挨拶も一語一句全部聴いたが、一人も英語のネイティブスピーカーはいなかった。でも全員韓国訛りの強い英語で堂々と、それぞれの思いを自分の言葉で正直に伝えていた。夢ではない。みんなとならどこまでも行ける。それを世界に示したウェンブリーの夜だった。
今日の告知: BTS WORLD TOUR ‘LOVE YOURSELF: speak yourself♡
Japan Edition 静岡最終公演 ライブビューイング