昨年末、父が急死した。母が昼食の買い物から帰って来たら、出かける前は普通に話をしていた人が2階の階段から逆さまに落ちて踊り場で頭を打って心停止状態だった。今も頭の整理がつかないのは父がアルコール使用障害、子ども時代の言葉で言う酒乱だったことも大きい。
臨床や精神保健の現場で使われるDSM-5、という精神障害の診断と統計マニュアルの最新版では、俗に言う依存症を物質「使用障害」と呼んでいる。自分もこれで訓練してきたので、このコラムに限りこちらに統一したい。
自分が物心ついて成長していくのが、ちょうど父の障害が進行するのを見ていくのと重なっていた。戦前生まれの父の家父長制のもとで、自称が「あたし」でリカちゃん遊びをし、中高でも女性装ばかりして20代になっても髪を腰まで伸ばしたままの、性表現が女性の次男という構造で更に傷が深まった。なので他人の物質使用障害について考えるのも正直しんどい。客観的にはなれないので自分が感じたことを書こうと思う。ユチョンのことについて考えている。
元婚約者が2月に薬物を使用したのは彼女自身が認めている通り事実と考えて良いだろう。ユチョンが精神疾患の治療で向精神薬を処方されていたのも弁護士が明らかにした通りだ。その上で日本で言ったら科捜研が、ユチョンの部屋で採取した足の毛から陽性反応を得て逮捕になったというのも本当のことだろう。
弁護側が他人の体毛の混入の可能性を争わないところを見るとDNAを押さえられているのかもしれない。だが体毛を処理したと報じられたユチョンも髪を染めたものの、過去にブリトニー・スピアーズがしたように頭髪を剃ったり酒井法子のように雲隠れはしていないので、彼らに較べたら少し悪質性が低いのかもしれない。
所属事務所はユチョンとの契約を解除したが、過去にはそのC-JeS事務所の代表の前科が当時の日本のエイベックスのコンプライアンス上問題視されて、日本でのJYJ(ユチョンたち3人が東方神起時代に所属していたSM事務所を訴えた後新しく立ち上げたユニット)の活動が休止したことがあったとも聞いている。
舞台裏の事情はわからないが、SMAPの3人が新しい地図を立ち上げた経緯の舞台裏のわからなさ加減が記憶に新しい。所属会社とメディアと代理店利権とファンの構造的不調である。ともあれこれを書いている時点で(GW中です)報道を見た範囲では、ユチョンの自白で十分に責任能力を問えることになるだろう。
こんなことになるずっと前、自分のイチ押しグループ2PMの事務所所属アーティスト全員でのフェスJYP NATIONを観にソウルの蚕室体育館に行った時に、同じ夜に隣の蚕室スタジアムでJYJのコンサートをしていて、本国での人気の桁の違いに圧倒された。武道館と日産スタジアム以上のスケールの違いと言えば良いだろうか。国民的スターとはこういうものなのだと感心した。
ユチョンは引退したが、現時点ではTSUTAYAやAmazon、タワーレコードでも彼のドラマやCDは楽しめる。過去の作品に罪はないと思いたい。では一概に物質使用障害に被害者がいないかと言うと、それはそれでケースバイケースだと自分では思っている。
交通事故を起こす人もいるし、そうでなくても少なからず周囲の人が傷つかずにはいられない障害であるのも事実だ。酔っ払った父の影響で母や自分たち兄妹が受けた被害は計り知れない。アジア数千万人の聴衆を魅了したスーパースターも、家族や周囲が心配したり傷ついたことだろう。
さて、2015年に麻薬使用で逮捕されるも送検されなかった件で現在贈賄の再捜査が開かれている元婚約者は、今回の逮捕前に元BIGBANGのスンリらが運営していたクラブ、バーニング・サンの従業員と薬物を使用していたのが警察で確認されている。誰と使った使わない、回数等の主張が食い違うのも、「否認の病」と呼ばれる物質使用障害ではよくあって、治療上誰も得しないし刑事手続きが複雑化する。
この一連のバーニング・サン・クラブ報道では、別件で被害者のいる事件も起きている。性を搾取する内容のチャットルーム履歴の流出に際して、ナヌムの家のアン・シンクォン代表から、
「チャット内のあんな語彙で女性を誹謗した彼らへの怒りを禁じ得ない。社会に影響力を持つ有名人たちのこうしたぞっとする歴史認識には失望だ。被害者は会話の中で言われた内容で傷つけられた。我々も日本から謝罪を聴くためにこれだけ懸命に闘ってきたのに加害者から見下されているのに重なる」
といった内容の声明が出されたばかりだ。
内外の批判を受けて文在寅政権は、文化芸術界や教育現場での性差別と性暴力に体系的に対応するため、教育部・法務部・文化体育観光部・保健福祉部・雇用労働部・最高検・警察庁・国防部に男女平等担当部署を新設する閣議決定をした。ユチョンは兵役中買春と詐欺の容疑で書類送検されたが、告発女性たちにとっての #MeToo だったのだろうか。今も被害者がいないだろうか。引続き汎政府セクハラ性暴力通報センターや170以上あるという性暴力相談所との#WithYouムーブメントに注目したい。
今回のニュースの登場人物の誰に物質使用障害があり、誰になく、誰が無実かはこちらからは判断不可能だ。ただ日本で韓国でこの障害に苦しんでる人たちには、現在の医療では完治はなくても、必ず回復がある障害だということも強調したい。
実際これまでたくさんの回復中の当事者と、アメリカで日本で韓国で公私共に出会ってきた。それぞれの回復の物語にふれた経験が、現在の人生の財産になっている。一方でこの障害を持ち亡くなるかたの医療にも少なからず立ち会った。その体験の全てが父の物質使用障害の影響で受けた心の傷を癒す手助けになっていたことに今気づく。
韓国の中央日報は「麻薬製造・流通事犯は特に厳罰に処さなければならない。ただし物質使用障害者は法律違反者であると同時に治療が必要な患者と見なすべきだ(中略)。出所後も多様なプログラムで回復をサポートする時、本当に麻薬の罠から抜け出すことができる。動機づけ面接・認知行動治療・ストレス対処方法・家族治療・霊的治療・代替療法・職業リハビリなどが必要だ。自助グループ(NA)にも欠かさず参加するように誘導するべきだ」とかなり突っ込んだ時論を出している。
治療することなく死んでしまった父に関しては、今はツラく苦しい記憶の方が嬉しかった思い出よりも多いが、そこからも自分の心の回復があると信じている。近いうちにこのテーマで続報がお伝えできることを願っている。
現在日本のメディア向けにも薬物報道ガイドラインが提唱されているので、一部を最後に抜粋したい:
●「人間やめますか」のように物質使用障害当事者の人格を否定するような表現は用いないこと
●物質使用障害であることが発覚したからと言ってその者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと
●逮捕された著名人が物質使用障害に陥った理由を憶測し転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと
●「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと
●車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと
●「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと
●家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと
今日のニュース: 中央日報「時論・麻薬事犯は法律違反者であり治療・リハビリが切実な患者だ」