(S=ハッカパイプス:さいとう / A=ハッカパイプス/あきお)
S 先日行われた我々の初単独ライブにご来場くださった皆様、ありがとうございました。アンケートでも、嬉しいご感想をたくさん頂戴しました。ご満足いただけましたら何よりです。
A やってよかったね!!! そして、場内のBGMもよかった! っていう感想も結構いただけて、嬉しかったなー! いやぁ、実はこだわったからね。アレサ・フランクリンに始まり、アレサ・フランクリンで締める、アレサ・サンドにしたもんね。あと、”I'm Every Woman”をホイットニー・ヒューストン・バージョンにするか、チャカ・カーン・バージョンにするかで揉めたりね。
S あなたの中で揉めてただけでしょう。お得意ですものね、ひとりで揉めるのが……。
A うん。私は頑固だから手ごわかったが、そこは私もさるもので、最終的にはチャカ・カーンで決着したよ。
S そして、ライブ後に「これからのライブ情報は、どこで入手すればいいですか?」とお尋ねくださった方へ。告知については、本連載中で適宜行います。
A あと、もっとリアルタイムで更新できるように、実はインスタやってます!(リンクはページ下部)
S あなたがね。
A そう!! 私の個人コメディアンアカウントで細々やってたんだけど、今はユニットハッカパイプスの一員なので。まあ、まだライブ情報はゼロで、私のオシャレスナップが100割なんだけどね。私のオシャレスナップでよければ見てくれよな。
S ライブ? ライブは疲れたのでしばらくやりませんよ。次は結成50周年ライブでお会いしましょう。
A おーそーいーよ! またやろうよ。生きてるだけで、フェミニストネタは尽きないんだから。
S 我々のネタが尽きる世界こそ、本来目指すべき姿だと思うのですが。
* * * *
S さて、第二回のテーマは、吉屋信子『わすれなぐさ』です。
A Netflixの最新クィアドラマのお次は、一気に時代が巻き戻って、クラシックな元祖乙女小説だ! 正反対の性格の女学生2人が、もう1人の女学生を奪い合うごきげんな三角関係ストーリー(品質保証)なんだ。
S まず登場人物の名前が美しいんです。相庭陽子、佐伯一枝、弓削牧子。この時点で、吉屋信子は信用できる作家だということがよくわかりますね。
A 本編でも冒頭にメインの登場人物紹介があるんだけど、もう、名が体を表しちゃってるから。わかるもんね。女学校の中でも、陽子が派手でミーハーな軟派の大将。一枝がその逆で真面目一筋、硬派の代表。牧子はどちらにも属さない個人主義、しかもハンサム。
S そして、陽子と一枝が牧子を巡って……というわけです。皆さんは誰がお好きですか?
S では、いよいよ推しの紹介に移りましょう。私は一枝。
A 陽子に決まってんだろう。いやね、初読時は、こんな自分勝手な高飛車セレブ、勘弁してくれと思ったよ。でもいつのまにか虜になっていた。
S 陽子は初心者向けじゃありませんか?
A そりゃ悪いことじゃないさ。誰にでも愛されると言ってくれたまえ。じゃあ、一瞬にして誰もが陽子に心奪われちまう部分を引用するよ。陽子が、夏休みに、牧子を軽井沢の別荘に誘うシーンだよ。
「あの軽井沢の御招待は折角ですがお断りいたすように母が申しましたから、だって浅間山が此頃よく爆発するからあぶないって申しますの、ホホホホホ」牧子はその口実がおかしいので自分で笑った。「あら、素敵じゃありませんか。火の山の赤い熔岩に打たれて埋もれてしまって軽井沢がポンペイの廃墟のようになればろまんちっくだと私いつでも思うのよ。でも貴女はおいや? 私と一緒に熔岩に打たれるの、ホホホホ」
-----「夏の計画(プラン)」 http://a.co/ed9dXda
S 「ホホホホ」じゃありません。たとえ誰と一緒でも溶岩に打たれるなんて御免です。
A とにかく、こんな具合に陽子は牧子にご執心で、あの手この手で牧子を手に入れようとする。
S 実際に陽子が居たら嫌ですよ。
A いや、それは私も嫌だぜ。さすがに困っちまわあ、こんな傍若無人なリッチバッドガールが居たら。コンテンツの中に存在するからこそ、その非常識な輝きが一段と眩しいの。彼女が物語に躍動感を与えているでしょ。その証拠にアクションシークエンスには必ず陽子がいるじゃない。カーチェイスのシーンとか。おっと、これはネタバレギリギリか?
S 明らかに一線を踏み越えています。「ネタバレ注意」の表示を入れてください。
A 「ネタバレ注意」!
S 時すでに遅しですよ。
A 「カーチェイスがある少女小説って何だよ!」って思って読みたくなるひともいるかもしれないよ。この小説の中でも“勝手に着せ替え事件”“ホカホカスイカ事件”に並ぶ珠玉の名シーンだと思うんだがな。「ネタバレ終了」!
S 私は実際に一枝がいたら嬉しいですよ。硬派の代表にして、あだ名はロボットさん。誇り高く、陽子に侮辱されても常に毅然とした態度を崩しません。好きですね。なぜ牧子ともあろうものが陽子のほうに惹かれるのか理解に苦しみます。
A 一枝の父親も牧子の父親も家父長制に毒されたトンマでしょ。長男だけを大事にして、女きょうだいに負担を強いる。そんな中で、裕福な家庭で自由に蝶よ花よと育った陽子のぶっ飛んだふるまいが、牧子をクラクラさせてたんだと思うね。
S 家父長制といえば、『わすれなぐさ』は、フェミニズムの観点からも素晴らしい作品と言えるのではないでしょうか。牧子がとってもフェミニストなんです。作中屈指のフェミニズム名シーンを紹介しますね。牧子は丸善の洋書棚でトルストイのWhat should we do(我ら何をなすべきか)? という本に出会うんです。人間は何をなすべきかについて思索を巡らせる牧子に、父親の弓削博士が言うんですよ。
「男は頭をよくして学問で科学であらゆることで研究をして業をなし人類社会に貢献しなければならないのだ、そして女は結婚して家庭をおさめ子を養育する天職が義務だ。ただそれだけの話だよ、わかったか」
ーーーーー「我ら何をなすべきか」 http://a.co/83CUpq9
A すげえ! なんてあからさまなセクシストなんだ! でかい的だぜ! と、今読むと思うけど、これって同時代からしたら、博士の方が“普通”の意見だったんだろうな、どうせ。解説にもそう書いてあらあ。
S ええ、父親は大したセクシストなんですよ。ピアノが好きな息子のことも頭ごなしに否定するし。そんな父親の心ない言葉に対して、牧子は考えを巡らせるんです。
「(我ら何をなすべきか?)それは真実父の言ったようなつまらないことなのだろうか? 牧子はじっと考えた。──いいえ、ちがう、きっと外にいろいろのことがあるのよ、女性のためにも何をなすべきか、たくさん、まだ心の踊るように生々したことが書いてあるのにちがいない──。牧子はどうしても、そう考えずにはいられなかった」
ーーーーーー「我ら何をなすべきか」 http://a.co/9tzllr0
S この場面は本当に悲しくも頼もしい気がしました。『わすれなぐさ』は1932年に連載された小説ですから、時代による制約ももちろんあったでしょう。作者の吉屋は最大限の努力をしたと思います。
A もちろん、全編を通じて、明日使える昭和ロマンフレーズもてんこ盛りなんだよね。「美青年(ボウ・ギャルソン)? 素敵(シャルモン)な?」「否(ノン)」「女性(フェミナ)?」「ウィ」もう今すぐ竹久夢二美術館に駆け込みたくなるようなろまんちっくぶりよね。私もお友達とシャルモンなフェミナの話に華を咲かせたいわ。
S なんと言っても、吉屋信子は同志なんですよ。WIkipediaにも書いてあるでしょう、「カテゴリ:レズビアンの著作家」って。
A 嬉しいね。凹んだときに眺めたいWikipediaのカテゴリナンバーワンだね。「ムーミンのトーベ・ヤンソンも入ってる!!! しかも、パートナーをモデルにしたキャラクターをムーミン谷に登場させてる!!」ってね。
S 元気になりました。
A 同志吉屋信子はねぇ、私、初めて手に取ったのが『返らぬ日』という短編集で。表題作はタイトルで盛大にネタバレしている通りの悲恋なんだけど、時代背景と相まったとびきりの切なさ、そして『わすれなぐさ』と同じくろまんちっく少女小説節にハマって、今に至ります。この『返らぬ日』には、渾身の短いエッセイ「同性を愛する幸い」、少女たちが置かれた同時代の社会を吉屋が胸いっぱいに嘆く「讃涙頌」などが収録されてて、今でも読み返したくなる。『わすれなぐさ』とあわせておススメです!
インスタグラム (ハッカパイプス あきお)
https://www.instagram.com/akiohackapipes