ヘヤビアンの部屋 第1回 ワンデイ
2019.03.27
【はじめまして!フェミニスト・コメディ・ユニット、ハッカパイプスです】
A:はじめまして!! 皆さんご存じハッカパイプスのあきおです!!
S:誰も知りませんよ。はじめましてなんだから。我々はフェミニスト・コメディ・ユニット、ハッカパイプス。フェミニズムの叡智を広めんとして普段は漫才やコントなどを行なっておりますが、この度はこちらに連載の場をいただく運びとなりました。
A:ありがたい! 自己紹介しなよ。
S:皆さんご存じハッカパイプスのさいとうです。
A:誰も知らないんじゃなかったの!
S:今ご紹介しましたから、もう皆さんご承知かと。
A:ああそうかい。
【ヘヤビアンの部屋とは?】
A:それで、なんの連載なの?
S:始まりましたよ、ヘヤビアンの部屋が。
A:突然始まるね。そもそも、ヘヤビアンって何?
S:現在、日本のレズビアン界では、Spindleを巧みに駆使し、クラブに行っては踊りまくるスタイルがメインストリームとなっていますよね。
A:そうなの? 知らなんだ!
S:しかし、それとは対照的に部屋で過ごすのが好きなレズビアンも存在するのです。彼女たちをヘヤビアンと名付けました。もちろん私たち自身も立派なヘヤビアンです。
A:いいぞー! やんや、やんや! で、ヘヤビアンは部屋で何するの?
S:音楽を聴いたり。でも私あんまり音楽の趣味はクィアではないんですよね。クィアなのはチャイコフスキーぐらいです。
A:私もディスコミュージックばっかり聴いてたよ。
S:十分クィアじゃないですか。さては、クラブビアンだな。
A:ちがうよう。で、他には?
S: Netflixを観ます。
A:いよっ! テレビと違ってNetflixはストレスが少ないからね。よかった、全力でおすすめした甲斐があった。
S:はい、あなたに脅されて入りました。そしてヘヤビアンは、読書もします。たとえば、吉屋信子やロクサーヌ・ゲイ。今の注目はやはり韓国のフェミニズム作品でしょうか。『82年生まれ、キム・ジヨン』『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』など、非常によかったです。
A:韓国のほかにも、海外のフェミニズム本が最近たくさん翻訳されていて、読みたい本には事欠かないよね!
S:このように、部屋の中で音楽・文学・映像作品などに親しむレズビアン、それがヘヤビアンなのです。もちろん、クラブに行ったあとで思いっきり部屋ライフを楽しんでもいいんですよ。
A:この連載では、そんなヘヤビアンの私たちが、おすすめのコンテンツをご紹介していこうと思います。よろしくお願いします!
【謎の邦題、だけどオススメ! Netflixオリジナル ワンデイ】
A:さて、ヘヤビアンの部屋、記念すべき第1回のテーマは、Neflixオリジナル作品「ワンデイ」です!!! ああ!! これを紹介したくてこの連載始めたようなものだよ!!!
S:すごい情熱ですね。
A:こんなに面白くてクィアな作品なのに、まだまだ日本ではご覧になってないって方が多いなと感じているんですよ。
S:というわけで、今回は「ワンデイ―家族のうた―」です。謎の邦題ですね。
A:しかたないよ。ハイ・スクールはダンステリアだし、愛はきらめきの中に。君の瞳に恋してる。君は完璧さ。
S:どうして急に20世紀の名ポップスの迷邦題を並べ立てたんですか? ちなみに「ワンデイ」の原題は“One Day at a Time”といいます。キューバ系の家庭を舞台にした、「フレンズ」「フルハウス」の系列に属するホームコメディです。主な登場人物は祖母のリディア、母のペネロピ、その十代の子供たち。まず姉のエレナ……。
A:レズビアンです!
S:レズビアンです。あとは弟のアレックス。そして家によく遊びにくる大家のシュナイダーといったところですね。
S:この「ワンデイ」は現在シーズン3まで放送していて、シーズン1では、エレナのカムアウトが大きなテーマとなるわけですが。
A:あっ! 私、シーズン1に出てくるカルメンが超タイプなんだよね! あの目元!
S:シーズン1では、エレナのカムアウトが大きなテーマとなるわけですが……。
A:ごめん。
S:率直に言って、レズビアンが観て楽しめるドラマだと思いましたか?
A:うん、レズビアンはもちろん、誰が観ても安心して楽しめるドラマだと思ったよ。日本のドラマだと、いつ差別的な表現が出てくるかとハラハラして、落ち着いて観てられないんだもん。だから、傷つかなくていいってところが好きだな、「ワンデイ」は。
S:確かに、制作陣の倫理観が信頼できるなと感じますね。LGBTについてはもちろんのこと、様々な社会的問題を扱っているから、毎回学びが得られるのもよいところです。
A:時事ネタの鮮度がすごいんですよ。「マンスプレイニング※」って新語ができたとき、早くからそれを取り上げたり。
S:もちろん、トランプ批判も忘れない。
※man(男性)とexplain(説明する)をかけ合わせた言葉。
「男が女に何かを説明する時に、女が知ってるのに教えようとする 上から目線でね(『ワンデイ』字幕より)」
【レズビアンが安心して観られるドラマとは?】
S:あとは、「レズビアンあるある」ジョークもしばしば出てくるので、そういう面でも楽しめると思います。
A:ヘテロの女子がレズビアンに告白されたときのものまねとかさ!
S:“Ohhh! (I'm not gay but you think I am.)” 「あ~~~!(私のことレズビアンだと思ったのね) 非常に面白かったです。
A: Ohhh! だけでカッコ内の気持ちを全部伝えるという。わかっちゃうんだな。ほかにも、レズビアンはスバルに乗ってるとか。
S:学校の二枚目の男子よりもクリステン・スチュワートにときめくとか。
A:あるある。
S:昨今の海外ドラマでは、徐々にレズビアンのキャラクターが登場する機会も増えていますが、ここまでコミカルに、かつ頷きながら観られる描き方は珍しいのではないでしょうか。
A:まして、従来の日本のドラマにはそもそもいない! たまーに、おっ、レズビアンの登場人物がいるぞ! と思っても、描き方がいただけない!
S:よくあるのが、同性愛を思春期の一過性のものとして扱う作品ですね。例えば、女子高校生が先輩に惹かれるが、卒業とともにその恋は終わり、最終的には男性と結ばれる……。問題ですよ。"大人になる"ことが異性愛への帰着として描かれるというのは。同性愛が未熟さの証であるかのようだ。
A:「女の子が好き」っていうと「一時の気の迷いだよ」とか「はしかみたいなものだよ」とか言われるアレでしょう! それは漫画に多いかな?
S:様々なメディアにおいて、若いうちの同性愛は一過性のもの、という描写が見られますね。こうした描写は若い当事者の自尊感情を傷つけるおそれがあります。まして「禁断」扱いなど言語道断。
A:だよなぁ。日本のドラマではいまだに同性の登場人物同士のキスが「禁断のキス!」つって大々的にそのシーンだけが番宣でフィーチャーされてたりとかするし……とにかくヒデェもんだよ。
S:国内においてはレズビアンが出てくる作品の宣伝もよくない部分が多いです。たとえ同性愛者という設定のキャラクター同士でも、「禁断の」という枕詞は必ずといっていいほど付きますね。「性別を超えた愛!」もそうだし、「大物女優が体当たりの演技で挑む」……とかも。見飽きましたね。どなたか、「この作品は心安く観られた」という作品がありましたら、教えてくださいね。
【ロマンスが”中心”ではないレズビアンの登場人物】
S:私、レズビアンの出てくる作品であっても、恋愛ものはあまり得意じゃないんですけど。この作品はどうでしょうか?
A:ほほお。そりゃ苦労したろうね。海外作品ならレズビアンの出てくるものも今じゃ珍しくないけど、ほとんどロマンスがメインテーマだもんね! 有名どころだと「Lの世界」とか、「キャロル」とか。
「ワンデイ」はね、シーズン2からエレナに恋人ができるから、恋愛が中心になる回もあるね。なんとシーズン2の第3話では……
S:ちょっとネタバレが過ぎやしませんか。
A:おっと失礼! それで、ラブコメっぽい部分もあり、性教育を扱った部分もあり。
S:セックスのときのセーフ・ワードのこととか。プレイを中止してほしいときの合言葉。
A:二人の合言葉は、「ギンズバーグ」!!
S:アメリカの連邦最高裁の著名な女性判事の名前ですね。最高です。最近、彼女を主人公にした映画『ビリーブ 未来への大逆転(原題:"On the Basis of Sex")』も公開されましたね。
A:相変わらずヒデェ邦題だな。「ドリーム」の次は「ビリーブ」と来やがる。やべ、また謎の邦題の話になっちゃった。
【ワンデイに感じる当たり前の性の尊厳】
S:「ワンデイ」に戻りましょう。セクシュアル・コンセント(性的同意)の話もありました。「肩に手を置いてもいいですか?」「手を握ってもいいですか?」というやりとり。エレナたちがロールプレイして家族に見せるんです。あと、レズビアンであることとは別に、エレナは将来子どもを持たないという選択をしている。それに対して、周囲は頭から否定するわけでもなく、踏み込まないでいる。あなたはあなた、というスタンスで。エレナのセクシュアリティに対する家族の対応は、大変リアルで見ごたえがあります。
A:母親のペネロピが娘の性教育に戸惑う場面があるんだよ。ヘテロだったら避妊に気をつけろとかある程度想像がつくけど、レズビアンの娘に性についてどう教えたらいいのか、サッパリわからない。で、友人のレズビアン・ヨーダに相談するんだ。
S:教え導いてくれるレズビアンということですか。それでレズビアン・ヨーダはなんて言ってました? フィンドムとデンタルダムを使えって?
A:それは本編を観てのお楽しみということで。
A:「ワンデイ」はリベラルな世界観のドラマですが、ときどき反面教師としておばあちゃんのリディアが出てくるんですよ。「私の若い頃の男たちは、好きな女が振り向かないときは車に無理やり乗せてデートに連れ去ったもんよ」とか言って。
S:だめじゃないですか。犯罪です。
A:世代によるもので、悪気はないんだけど、でも悪い例には違いない。
S:ジェネレーション・ギャップですね。
A:だからこそ、「もうそんな時代じゃないんだよ」って周りがきちんと諌める。そのバランスが絶妙なんです。ほかにも、リディアは敬虔なカトリックで、孫のエレナがレズビアンであることについて思うところもあるんだけど、でも彼女を愛している、と。
S:母親のペネロピも娘のカムアウトに戸惑って、なぜかゲイバーでゲイを質問攻めにしたりしてましたよね。
A:そうそう。ペネロピといえば、シングルワーキングマザーの彼女が、色々な男性とデートしまくるのもいいところ。
S:とにかく、多数の社会的な問題を取り扱っているんですよ。セクシュアリティについてはもちろんですが、人種、宗教、環境問題や、アルコール依存症についての話も。そういった問題をテーマにしながらも、説教臭くないというか、押し付けがましくないんです。
A:最初に挙げた「フレンズ」や「フルハウス」も、もちろん大好きだし、不朽の名作なんだけど、政治的なメッセージはそれほど含まれていないよね。作られた時代のせいもあるんだけど。「ワンデイ」は面白さと意義の両立ができているところがすごいんだよ。あと、すでに海外ドラマたくさん観てるよ! ってヘヤビアンの皆さん……特に「ブルックリン・ナイン=ナイン」をご覧の皆さんの脳内に語りかけます……「ワンデイ」シーズン3第1話を観るのです……我々の夢が叶います……
S:何してるんですか?
A:いや? 空耳か?? 疲れてるんじゃない?
S:いいえ。なんと、「ワンデイ」は一話25分程度なので、観ていて疲れないんですよ。この点も素晴らしいですね。
A:イヤッホウ! 最後に一つ難点を挙げるとすれば、日本語字幕があまりよくないんだよね。
S:ああ。特に、毎度毎度「lesbian」が「レズ」と訳されているのはいただけないですね。
A:でも、それを補って余りある魅力いっぱいの作品だよ! こんな素晴らしいドラマを打ち切りにするなんて、Netflixは何を考えてやがんだっ。
S:そのNetflixを新たに契約してでも観る価値のあるドラマだと思います。
A:みんな観てね!
=追記=
S:ということで、連載第一回のメインテーマとなった「ワンデイ」。この原稿執筆時点では明らかになっていなかったのですが……なんと、シーズン3で打ち切りとのアナウンスがありました。
A:許さん。許さんぞNetflix。このために連載を始めたと言っただろうが!!!
S:ええ、確かにいつも物凄い熱量で語っていましたもんね。
A:いや!! 希望を捨てるな。この連載を読んでくれた日本のヘヤビアンのみんながいっせいにワンデイをイッキ見してくれれば、あるいは……!
S:ということで、連載第2回もよろしくお願いいたしますね。
A:私は信じているよ。いつか「ワンデイ」シーズン4の話がここでできる日が来るってネ……。
3/29 ハッカパイプスの初単独ライブがあります!!!