
こんにちわああ!アジ原ゲバ子でございますうう!!
メリークリトリス・アーンド・ア・ハッピイニューイヤーな日々を皆様、いかがお過ごしであられますか?
先日の同志キタハラの報告にもあった、12月6日付けの産経新聞の同志キタハラに関する記事をお読みになられたであろうか??
そのあまりにズサンな取材内容と、ばかばかしいにもほどがあるような書きっぷりに呆れると同時に、いえそれ以上に、「ああ、日本ってここまできてしまったんだ!」な憤怒と驚愕を覚えてしまった!
いみじくも、同志キタハラが言ったように、あれは現代の「憲兵」だ。
民間の憲兵だ。民間の特高だ。思想警察だ。
これは、民間の「思想警察」による、軍隊を世界に派遣する「軍事大国日本」を支える、勤勉な「女子国民」から逸脱する者に対する攻撃に他ならない。
「フリーセックスを助長したり中絶を容認する発言を繰り返す「セックスグッズストア代表」」は、大国を支える「勤勉な女子国民」の範疇から大きく大きく外れるわけだ。
しかも! その後の同志キタハラと産経新聞デスクのやりとりで、産経新聞ともあろうおっきなおっきなデカチンコのようなメディア様が、同志キタハラという一介のバイブ屋、一介のオナニストをここまで執拗に、かつ幼稚な取材で大きくとりあげる理由を同志キタハラと我々は、、知ってしまうんである。それは・・
連載でやっていたヤ・ス・ク・ニでのあのヌードである。
「公然わいせつ罪だよ」とデスクは言ったというではないか(公然わいせつ罪の条文や要件をみてもらえばわかるが罪には当たらないので念のため)。
「お国のために命を捧げる」思想のまさに精神的支柱として機能し、そして戦犯をはじめとした第二次大戦の日本の蛮行の、そして日本を悲惨な爆撃にさらした責任者たちの眠る「靖国」の前で、アッハッハーな楽チンポーズで写っていたあれである。
あの傑作写真を、「右翼が何か言ってくるかなあ。街宣カーとか来たりして。キャッキャっ」と笑い合っていたものだがね。まさか、街宣カーでなく「産経」が来るとは。
それにしても、わかったのが、結局同志キタハラに象徴される「オンナ」像への「私怨」から発した記事であるということである。そこに根拠はない。
ところが、やはり、新聞というメディアを使うなんざ下品で卑劣だ。
新聞を発行し、頒布するには認可が必要である。しかも、大きな資本をバックに何十万何百万人という読者に一気に情報が行き渡るのである。
しかも、新聞は、憲法上、日本の「民主主義」がきちんと機能するために、国民の「知る権利」に奉仕する情報を、政治権力に犯されずに伝達する役割が与えられているから、「報道の自由」に守られているのである。要するに安全な場所からの攻撃だ。
そして「公益を図る」目的でなされば場合、たとえそれが「真実であることの証明がない場合でも、行為者が真実であると誤信し、それが確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは」おとがめなし(「夕刊和歌山時事事件」昭和44年)、という判断がされると思うのであるが(正確にはご自分でお調べください)、ここでいう「公益」とは、同志キタハラが税金を使う講座に出るということが「公益」にあたるというふうに「産経」は考えているのか。我が国有数の宗教団体の会長の行為が「公共の利害に関する事実」として認定されたことと比較すると、一介のバイブ屋であるキタハラにそういう意味での「公共の利害」はないから、要は、「税金を使う」ということに「公共性」を見出しているのであろう。
ならば、ならばよ、同志キタハラが品川区から何百万何千万というギャラをもらうことがありえない以上、なあああああああぜ、もっともーっと高額な税金がらみの「巨悪」「巨チン」と闘わない????
どーんなに何億・何兆という税金が銀行に注入されても、その当時の経営責任者にお咎めなしよ。
それは、新聞メディアも含めてお咎めなしよ。
「フリー乱脈経営やバブル助長の言動を繰り返す銀行経営者に抗議の声があがっている」って書かないのかしらあ?
さらによ、あんた、何千億というお金が「復興」という「軍隊派遣」に使われて、福祉がどんどん削られて、あっちで復興どころかイラク人殺したらあんた、書くんでしょうね?あ、これは書かないんだ。だって、「大国日本」を支えるんだものね! イラク人の命なんてちっちゃいちっちゃい! なんでしょうね? それで日本人が殺されたり、日本でテロが起きたら、「今こそ専守防衛からテロとの闘いに乗り出すとき」とか書くんでしょうね!
さらに、「産経」は、その単なる「私怨」からはじまり、「報道の自由」にわが身を守られた記事を、「客観」というチンコの薄皮で巻くのである。
「区民から抗議の声があがっている」と。我々はその「区民の声」を聞いているのだと。
「ジェンダーフリー」とか「男女平等」、それも一つの声だろう、でも、そうでない声もあるんだよ。それもあるけど、これもある。みんな違ってみんないい…。
あたかも中立な立場を装って書いてあるが(そうでもないか)、どうだろう?
そもそも、オンナが自分を丸ごと生きれない、生きさせない社会がここに厳然とあって、
「愛」の名のもとに感情も性感も何もかもちょっとずつちょっとずつ男のほうに吸い取られる世界が現実にあって、「五体満足のいい子」を産むのを暗に強制されて「母」としてのみ生きる道が絞られる現実にあって、
そこからオンナが「いや、あたしはあたしを丸ごと生きる」「オナニー大好き」「愛ってなにさ」「中絶して何が悪い」って言ったのが、同志キタハラやフェミであるならば、圧倒的少数者でありマイノリティであるフェミの声こそ聞け、とはいえるが、
産経の拾うのは「チンコの声」であって、要するに「権力の声」である。
(ただ、新しい歴史教科書をつくる会にも見られるように、草の根で支える人々もいるからどういう理由でそういう思想に惹かれるのかは要研究である。)
つまり、産経は「報道の自由」という安全圏内に守られながら、「客観」という皮に自らをくるんで、強大な「体制権力の声=チンコな声」を放っているのである。
なんという暴力!! なんという卑劣さ!!
どれだけ同士キタハラにいろんな感情を起こさせたか! 強大な権力であるばっかりに!!
そして、そんな産経の卑劣な暴力は、同志キタハラに象徴される「フェミなオンナ」(あるいはフェミなオナニスト)に対するものであることを考えれば、この暴力は我々に向けられているも同然である!!
さて、その産経は、12月22日付けの新聞紙面で、宮崎県都城市で採択された「「性別又(また)は性的指向にかかわらずすべての人の人権が尊重され、社会の平等な構成員として、(中略)均等に政治的、経済的、社会的及(およ)び文化的利益を享受することができ(る)…」とうたった男女共同参画基本条例に触れている。
以下、抜粋。
「条例案に反対した内村仁子市議は「将来に禍根を残す条例が成立してしまった」と
涙ながらに語った。「健全な男女共同参画条例をつくる都城市民の会」の岩元順一代
表も、「この条例がもとで、静かな都城に同性愛者が押しかけ、同性愛天国になった
らどうするのか」と懸念する。」
そうなのだ。産経は「健全な男女共同参画」を目指しているのだ。
「軍事大国日本」を支える、自らの性役割に基づいた「健全な男女共同参画社会」。
同性愛天国でも、フェミ天国もない、健全な男女共同参画社会。
納得である。
さて。年末。
この師走の慌しい時期を狙うかのように、自衛隊の先遣隊がイラクに派遣された。
産経の望むように、軍事大国として、一つの日本という国が軍隊を海外に派遣したのだ。
「復興」を名目に。これで日本は「平和」を推進する忍耐と努力と強さを完全に放棄して、みずから恨みと攻撃の対象となり、それを押さえるための戦争をする体制が整ってしまった。
産経とはいえ一メディアが平気で一介のオナニスト兼バイブ屋を攻撃すること、そしてそれに象徴されるすべてのフェミを攻撃すること、イラクへの自衛隊派遣、テロの拡大、生活保護をはじめとした福祉予算削減、多摩教職員組合への銃打ち込み事件、…・・。
一連の大きな暴力的な流れを前に、少し前までのゲバ子は、ずっと眉間に皺を寄せていた。
どうしたらいいんだろう?? どうしたら??
ゲバを描こうとするも、なにか正しいことを言わなきゃ、とかいう、ゲバ子の中のイヤラシサが出たりして、描いたビラの言葉はどうも自分を裏切っている気がして描けない。
じゃあ、デモとかガンガン行くかというと、そうでもなく、黒い服をきて愁傷な顔してたたずめない自分もいる。そのくせ、したり顔で言葉をこねくりまわしては、「どうしたら大きな平和運動を…?」などとチンコな夢を語りだす。
でも、最近、ほんと最近なのであるが、石川真生さんという沖縄を撮る写真家のHPや本で真生さんのエネルギーに触れるにつけ、「美津と千鶴子のこんとんとんからり」を読んで美津さんの言葉に触れるにつけ、からだの調子がいいにつけ、好きな人たちといろんなクリトリパーティをやるにつけ、ウクレレ弾いて風と波を感じるにつけ、何より、「あああ、生きてるって素晴らしい」って青い空みて叫ぶにつけ、ゲバ子は、来年一年、いろんな自分を救いつつ「ふしだらに生き、ゲバり、運動する」ことを決意した所存でございます!
それでは、みなさま、よいお年を!!
バイブの大掃除も忘れずにね!
ゲバ
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