VOL.66 「イラク叩き売り! 後編」




 こんにちは。アジ原ゲバ子でございます!みなさん、いかがお過ごしであられましょうか。 日本シリーズが終わって5日経ったいまでも、阪神タイガースが連夜のサヨナラ勝ちを思い出すと、ただでさえ血中アドレナリン濃度が高いのに、アドレナリン出っ放しの、アジ原ゲバ子です! 声は応援しすぎでかすれ、感動で涙は出尽くしましてございます。 負けはいたしましたが、今は、ココロから選手と監督にお礼が言いたい!! ほんとに、ほんとに、素晴らしい試合をどうもありがとう! よくやった!! 感動をありがとう!!

さて、世界の「禿げタカ」に売りに出されたイラク。 今や、「自由」とか「民主主義」とかという大義名分を堂々と掲げ、その実、その自由とは「禿げタカ」が望む「私有財産権の保障」という資本主義経済の基盤を確立することを主眼にする、しかもその確立を時に「暴力」を用いてもやろうとする、今のアメリカ政府の政策。 陥落後のイラクの略奪、暴動について、「失う自由もある。それが自由というものだ」と言い放った、ラムズフェルド国防長官。

しかしながら、イラクのみならず、アメリカの、というより、アメリカの一部の富を得る勢力のいう、「市場に任せさえすれば、すべてうまくいく」という「市場化」の世界化戦略=グローバリゼーションは、今や確実に日本を征服しているのは明らかである。

「イラクを対岸の火災視している日本人ですが、暴力による強制的「新自由主義的市場化」の対象がイラクだったのであり、これに対してやや長い時間をかけ、ゆっくりと同じ目的を達成されてしまったのが、ほかならぬ日本だったということです。違いは「先行の同化国」と「後発の同化国」という一点にあるにすぎません」(内橋克人「もうひとつの日本は可能だ」光文社P17)

そうなのだ。 「市場に任せさえすれば、すべてうまくいく」、「規制緩和」、「郵政民営化」「小さな政府」…・。 今、日本中を呪縛しているこれらの言葉!!ここ10年そこらしきりに言われている言葉である。 この言葉が、さも新しく、唯一の真実であるかのように吹聴されている。そして、これに反対するものは、守旧派としてバッシングされる。

では、これらの言葉が、どれほど真実なのだろうか???

例えば、国鉄がJRに民営化されて、それが社会に活性を与えたであろうか?

国鉄のやり方(夏暑いのにネクタイを上まで締めろとか)にもっとも反対してきた労働組合に参加する人員を皮切りに何千人という人が不当に解雇され、その問題は今だに解決せず、この問題を「民営化すればすべてうまくいく」という幻想の下に隠したために、現在の企業にとっての「リストラし放題」の温床になってしまった。

それに、国鉄が有していた沿線周辺の土地を、民営化が決まったとたん、大手企業が根こそぎ買収していった。しかも、JRはいまだに債務を抱えている。不採算路線は切られる。 一体何かいいことがあっただろうか?

また、例えば、この10年言われてきた「規制緩和」だが、その規制緩和を唱えていた人々が言っていた「既得権」は、本当の意味での「独占権」ではなく、その重要な標的は社会保障の観点からの「社会的規制」ではなかったか。

「彼らにとって最大の目障りは環境という名の既得権であり、労働基本権という名の既得権であり、社会保障から最低賃金、教育、ナショナル・ミニマム(人間らしく生きるための最低限の生活条件)全てにいたるまで、およそ企業経営・利潤追求にとって重荷となるような、被雇用者の基本的権利もひっくるめての「既得権」ということでした。」(前出「もうひとつの日本は可能だ」)と内橋克人さんは、「日曜日、お休みできるというのも(打破すべき)既得権ですよ」と公言する経営者を例にあげて言われる。

それに「郵政民営化」、である。今や、銀行は、2002年3月期に不良債権処理6兆2000億円をしたのに関わらず、新に発生している不良債権がそれを上回り約10兆円で、不良債権残高26兆7000億円。銀行国有化か? なんていわれるときに、郵政民営化である。一体なんのために? さらにさらに、「市場にまかせ、競争にまかせればうまくいく」、そして、その「競争」で、「努力するものが報われる社会を」というが、働く意志、能力、必要のそろった人たちをみすみすホームレスを含んだ非労働人口(4300万人史上最多)に追いやっておいて、放置しておいて、何が「努力するものが報われる」だ?? 努力すらできない、努力すら追いつかない過酷な状態があるのにである。

このように、今言っている、「市場万能主義」にどれだけの真実があるのか???? そして今やろうとしている「市場化」は一体誰のものなのであろうか??

経済評論家の内橋さんは、「呼吸する人間にとって、ここで絶対とされる徹底した「競争至上主義」は何をもたらすでしょうか。現実は、しばしば破壊的競争の結果、繰り広げられるのは「レース・トぅ・ザ・ボトム」(ドン底に向けての競争)であり、そのような社会をそのままにした競争至上主義では、結局、もたらされるのは「低位平準化」(人間生存の条件において低いほうにサヤ寄せされる)のほかにない、そういう方向に向かわざるをえないということなのです。」という。

ここ数年、「企業の競争力」が叫ばれる一方で、リストラし放題の解雇ルールが確立したり、都合のよい安い労働力としての派遣労働への切り替えが進んでいる。そして、「どん底に向けての競争」のあとに残されるのは、分断と断絶と対立!!

さて、ここでいきなりカミングアウトをしてしまうが、実はゲバ子、フェミになる前、この「市場化」を世界的に進める、つまり「グローバリゼーション」を推進する国際機関である、「WTO(World Trade Organization:世界貿易機関)」について研究していたりなんぞしていた!!

大手多国籍企業の雇われ敏腕弁護士が作成したと言われる、膨大な量のWTOの条文と、その前身であるGATTの条文をくまなく読んでいたり調べていたりなんぞしていたのである。 そう、ゲバ子は何を隠そう、グローバリゼーション推進派、なんといっても、「市場に任せればうまくいく」という信念を何の疑いもなく持っていたのであった!!!!

しかも、それを「斬新な真理」として疑わなかった。もちろん、私の周りの人も先生も疑っていなかった。どういう気分かと言われれば、おそらく「宗教」のようなものであった。 なんの根拠もない。ただそこに確信だけがある。アメリカもそれでやっているし、世界がその流れになっている、という確信。それが新しく、正しいのだという確信。そして、今自分はその最先端にいるんだという確信と自惚れ。

その頃にだって、グローバリゼーションの推進で、貧しい国はさらに富める国に搾取され、貧しい人はより貧しくなり・・というデータがなかったわけはないのであるが、とにかく自分の中に入ってこない。なぜならそこに確信があるから。きっと今のブッシュや小泉もそうなのであろう。迷うことなき、恐るべき確信。

しかも、「市場にまかせること」が「自由」であり、国際的市場で競争力を持つ製品に特化して各国は製品をつくり(食料も含め)、それ以外の産業は衰退するが、その各国の依存関係がひいては「世界平和」を作るなどという、「自由」とか「平和」っていう聴こえのいい大義名分を出されちゃあ、おぼこでおバカなゲバ子は、ころっと信じちゃったのである。「市場にまかせること」がどういう暴利をどこに集中させるのかなど露ほども思わずに。

さらにさらに、「市場に任せればすべてがうまくいく」と信じられていたということは、「努力するものが報われる社会」ということも信じていたのだ!! なんと恐るべきことに!! そう、その時のゲバ子はフェミではなかった。人よりも長い学校化社会の中で、知らず知らずのうちに、幾多の競争をくぐりぬけていた。

「女性差別」という言葉がピンとこなかった。「女性差別」をダシにした甘えだと思っていた。努力をして、実力をつけていけばいいと思っていた。「女性差別」をいう人はきっと努力していないのだと思っていた。今思えば、「市場万能主義」を唱える人々は、ゲバ子を含め、先生や当時友人だった人も、共通点は「自分は自分の力でここまできた」っていう自負があったなと思う。頑張ってえ、頑張ってえ、ここまできた、と。

頑張れる家庭にあったこと、頑張らせてもらえる家庭にあったこと、頑張ることを信じていれる家庭にあったことをなどとは全く思わずに。 そんな、頑張ってエ、頑張ってエ、頑張ったゲバ子は、周りの人とも、社会とも、何よりなにより、ゲバ子自身と厳然と分断されていたのである!!!

仲間だと思っていた男の友人からのセクハラも、蔑みも、「選ばれたパートナーシップ」と自負していた異性との関係のゲバ子のすさまじい感情労働も、それに伴う自己否定感も、自分の今「痛い」を全部聞かないよう、見ないようにしていた。 ゲバ子にとっての、「市場化」そして、グローバリゼーションはまさに、ゲバ子自身が自分から断絶されることから始まっていたのである!!!

そして、今、ゲバ子はフェミのオナニストのはしくれとして、ここに生きている。

先日、翻訳家で環境評論家の枝廣淳子さんの言葉でこんな言葉があった。
「ゆっくりとできるところからでいいから、自分なりの「腑に落ちる生き方」をすることができたら、環境問題や多くの社会問題の根っこである「つながりの断絶」をつなぎ直すことができる」

そうなのだ。「市場万能主義」やそれを世界的に普及させようとするグローバリゼーションが、そこに生きる社会の人々と土地の間に、文化の間に、人と人の間に、分断と断絶と対立を煽るのであれば、その「つながりの断絶」は、断絶された自分自身とのつながりをつなぎ直すことしかないと思うのだ。

そうすると、今、ゲバ子は、断絶された自分と自分自身と、いろんなところを必死につなぎ直している最中なのだと自分で思う。 オナニーを通じて、ゲバ子自身とつなぎ直す。女同士の分断からマンコ持ち同志との信頼をつなぎ直す。

同じ町に生きている障がいもちのマンコ持ちやチンコ持ちやそれを支える人々と、助け合ったり心配しあったり笑ったり遊んだりして連帯をつなぎ直す。 なるべくこの町で作られた、顔の見える食べ物を食べて、この土地とつなぎ直す。 「このカレーパンのこのマヨネーズは僕が塗ったんだ」というカレーパンを買ったりしながら。 貯蓄され、投機され、利子がつく「円」ではなく、この町にしか通じない利子がつかずに循環する「地域通貨」を用いて、買い物して、知り合って、お話して、交流して、この町全体と自分をつなぎ直す。

今まで、分断・断絶・対立を強いられてきたゲバ子は、今、必死に「つなぎ直し」ているんだ!! そういう、穏やかな確信に満ちているゲバ子である!!

同志諸君!! つなぎ直そう!! 自分と人と社会と!! 内橋さんに習えば、競争一本やりの自分でなく、社会ではなく、もう一つの自分も社会も可能である!!



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「生・美津!!」
VOL.71 [2004/02/28]
「ゲバ子、CDデビュー!!」
VOL.70 [2004/01/31]
「ゲバ子の1・27!」
VOL.69 [2004/01/17]
「年始から夜露死苦!」
VOL.68 [2003/12/27]
「世のフェミ集まれ!」
VOL.67 [2003/12/01]
「土井さん、辻元っさん、川田さんへの連帯を忘れまい!!」
VOL.66 [2003/11/01]
「イラク叩き売り! 後編」
VOL.65 [2003/10/11]
「イラク叩き売り! 前編」
VOL.64 [2003/09/26]
「ゲバ子の乳房もゲバ子のもの!」
VOL.63 [2003/09/12]
「血沸き肉踊る今週末!」
VOL.62 [2003/08/30]
「ゲバ子‘sホリデイIN八重山」
VOL.62 [2003/08/30]
「ゲバ子‘sホリデイIN八重山」
VOL.61 [2003/08/18]
「黙祷?!」
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