
秋である。普段、ペンキの匂いが充満している、ここゲバ子の部屋にも金木犀が香
っている。うーーん、こんな時は私の中の沸き立つ血潮もひとまず優しく癒され、
しばらくはチンコ星人にすら微笑むことができそう…・?
そんな折、「スペキュラム・ワークショップ」に誘われた。スペキュラムという器
具を使って自分の子宮口や膣壁を見ようというものだ。
子宮口。膣壁。今まで27年間生きてきて一度も正面きって会ったことのない私の一
部。ゲバ子、「私のからだは私のもの!」というスローガンのもと、毎日のオマン
コ・チェックは欠かさない(色・形等)。そして「オナニーに市民権を!」のスロ
ーガンのもと、オナニーも欠かさない(バリエーション豊富)。指等ではお会いし
ている子宮口や膣壁。しかし、面と向かって会ったことないんである。これは是非
お会いせねば。とりわけ、「女=子宮=○○」(○○はなんでもよい。「しかるべ
く子供を産め」だの「大らかで男を包む」だの「自然と調和した存在である」等)
という公式がはびこる昨今においては。
そして対面のとき。
それは、昔みた、のどみたいだ。
膣壁はノドの側面みたいで、子宮口はノドチンコや扁桃腺みたい。 子宮口も膣壁も私の内臓の一部であるというごく
当たり前の事実の重み。 子宮口は黄金に輝いてもいなけりゃ、ブラックホールにな
っていて「人がしばし甘えに入ってこれる」もんでもなけりゃ、胎児がいつ入って
もいいように大きいわけでもない。慎ましやかに、普通に、胃や腸や肝臓と同様た
たずんでいた。そしてそれは美しい。
「女は子宮で考える」だ?「子宮があるんだから子供を産め」だ?「子宮を持つ女
というものは寛大でやさしい」だ?「子宮がない女は女じゃない」だ?「しばし子
宮に入って安らいでいたい」だ?
これら子宮にまつわるあらゆる幻想・言説は、チンコ星に住むチンコ星人が作り出
している。即刻、子宮にまつわるあらゆる幻想・言説を粉砕し、自分の子宮をチン
コ星人から解放せよ!なお、「子宮で感じるオンナ」を描く渡辺淳一先生には、ゲ
バ子の子宮口の写真にゲバをつけて謹んで進呈する!
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